仮面武闘会
温泉イベントを完遂させた琥珀は、より一層育成効率をあげることができた。この手の育成ゲームで頭を悩ませる疲労の回復によるコマンドの消費。その回数を低減できるのは、かなりのアドバンテージと言える。カードゲーマーがよく言う爆アド。1枚のカードを消費して増えるリソースが2枚、3枚。相手に与える損失も2枚、3枚。そういう頭のおかしいカードが刷られたようなものである。
「ちょっと、1週間の行動を整理しますね。自由行動は疲労度が溜まらないから多めに振っていましたが、温泉が手に入ったから鍛錬に多くの時間を割けますね。自由行動を少し減らして、もっと力をつけましょう」
『イケメンを攻略する気なくて草』
『一応恋愛要素がある乙女ゲームの要素もあるんですけどねえ』
『自由行動をしないという自由だぞ』
人は一切の強制をされない自由を求めがちである。だが、同時に組織に属して自ら不自由に架す生き物でもある。不自由な生き方を求める自由こそが、自らが望む不自由を手に入れることこそが本当の自由なのかもしれない。
パワーと知力を上げて、疲労が溜まった頃に自由行動で温泉に入るというループを繰り返すこと3ヶ月程。時間にして見れば長く思えるかもしれないけど、1週間のスケジュールを一瞬でこなす主人公にとっては、たった13週程度の出来事である。13回行動したら次のイベントがやってきたのだった。
1週間の終わりに画面が暗転して、とあるパーティ会場が映し出された。そこにいるモブの生徒たちは全員仮面を身に付けている。
「なんですかこの人たちは? ビナー様のファンですかね?」
自らの娘を弄っていくスタイルを取るショコラママ。娘がバタフライマスクを付けている設定を付けたのは自分だということを完全に棚に上げている。
『いくらファンでもバタフライマスクはつけたくないでござる』
ディアナ:(今日は年に1度の仮面舞踏会の日だ。私は初めて参加するから緊張するなあ)
「仮面舞踏会。ああ、貴族様のお遊びですね。私みたいなメイドには縁遠い世界の話ですね」
『ショコラちゃんは、仮面舞踏会で踊るよりもキャンプファイヤーで踊る方でしょ』
『まーたお屋敷がキャンプファイヤーされてしまうのか』
ディアナ:(誰かと踊ろうとしても、みんな既に踊る相手が決まっていたのか、私は誰ともペアを組めなかった)
「ええ……なんですかこれ」
『ここで好感度を一定以上稼いだキャラと踊れるんだけど、ショコラちゃんは誰のイベントも進めてないから踊れない。ちなみに、ここで踊るイベントを発生させないと誰のルートにも入れない』
「そうなんですか。それじゃあ、おひとり様確定ですね」
『おひとり様……2人組……やめろぉ!』
『学生時代のトラウマを思い出した。訴訟も辞さない』
「2人組作って」というぼっちにトラウマを植え付ける魔法の言葉。奇数なら当然余る。偶数でもなぜか余る。なぜか不自然にできている3人組。その3人組を崩そうとすると、嫌な顔をされる。現代の数学的には決して解くことができないパラドックスが学校生活には存在するのである。
モニカ:あらあら、ディアナ様。あなた、踊るお相手がいなくて?
自然な流れで絡んでくる悪役令嬢のモニカ。
ディアナ:……そういうモニカも踊る相手が見えないけれど?
真理。当然の帰結。踊る相手がいるのであれば、ぼっちに構っている暇はないのである。“1人で”わざわざ絡んできているということは、つまりそういうことである。争いは同じレベルでしか発生しないとは良く言ったものだ。
モニカ:ぐぬぬ。よくも言ってくれましたわね!
図星を突かれたモニカがわなわなと震えて怒りを露わにしている。そして突然現れる2つの選択肢。
1.一緒に踊らない?
2.由緒ある令嬢なのに相手がいないの?
「選択肢が出てきましたね」
『こんなの1を選んで百合ルート一択やろ』
『あら^~』
『キマシタワァ!』
ショコラ(琥珀)は、ノータイムで2を選択した。体に染みついた失礼な言動はゲームの世界での選択肢にも反映される。最早、呼吸をするがの如く。これは、賀藤 琥珀という人間の遺伝子に刻まれた本能なのである。
ディアナ:私は平民だから、相手がいないのはしょうがないけど……生まれた時から令嬢のモニカに踊る相手がいないのって、周りから相当嫌われているんじゃない? 親のコネを駆使してそのザマなの? 可哀相。
純粋なる煽り。シナリオライターも琥珀に負けず劣らずとも毒を持っているタイプだ。
『言いすぎぃ!』
「え? これくらい普通じゃありません?」
『え?』
『普通……?』
『普通ってなんだっけ?』
毒タイプを有している琥珀には毒に対する抵抗があった。それ故に、この程度の煽りが通用しない。単なる挨拶をしたくらいの認識なのだ。
モニカ:もう許せませんわ。こうなったら決闘を申し込みます! 仮面舞踏会ならぬ仮面武闘会にして差し上げますわ!
こうして自然な流れで戦闘が始まった。戦闘画面に移行し、モニカとの闘いが始まる。
モニカ:わたくしの華麗なるステップで、貴女の攻撃を全て躱してみせますわ!
戦闘開始と共にモニカがそんなセリフを言う。RPGでよくいる戦闘前に自分の戦闘スタイルを明かすボスキャラ。
・チュートリアル
仮面舞踏会仕様のモニカはダンスのステップを駆使して、回避率が高まってます。回避状態のモニカは攻撃や必殺技を打ち込んでも回避されてしまいます。しかし、攻撃を続けることでモニカに疲労が溜まっていき、回避行動を取れなくなります。
敵のフェイントや攻撃に気を付けつつ、攻撃を繰り返して敵に疲労を蓄積させましょう。
「チュートリアルどころか答えまで言ってますね」
ゴールの方向がわからないマラソンほど辛いものはない。ゲームにおいてもそれは同様である。このチュートリアルで攻略法を提示しなかったら、詰んでしまうプレイヤーも発生するのだ。それは、無駄だと思う行動の繰り返しを人はやりたがらないからである。
確実に回避されているとわかっているのに、攻撃を打ち込み続ける。ゴールまで辿り着ければ攻撃が当たることを知らなければ、無駄なことだと思って攻撃の手を緩めてしまう。攻撃が確定回避されるとゲームに慣れている者でも、それが不正解だと判断してしまうのだ。それで攻略法がわからずにゲームを辞めてしまう事態が発生しかねない。
本作は、女性向けのゲームであるし、女性はライトゲーマーが比較的に多い。攻略法を試行錯誤で編み出せというスタイルでは、詰んでしまう人もいるかもしれない。それが開発者の見解だ。
「とにかく攻撃しまくればいいんですね。鍛え抜かれたノーモーションタックル。この技は出が早いですよ!」
ディアナはモニカに向かってタックルを仕掛ける。しかし、その攻撃は回避されてしまう。続いてモニカの攻撃。攻撃をして隙が生じたディアナにモニカの攻撃が炸裂する。
「おっと。ダメージを受けてしまいましたね。今のは攻撃せずに自動防御するべきだったかもしれません。でも、攻撃の手を緩めたら勝てるものも勝てませんからガンガン行きますよ」
何度も何度も執拗にタックルをするディアナ。とんでもない巨体に襲い掛かられつつも避けるモニカ。しかし、回避行動に専念していたモニカもついに限界が来て……ディアナのタックルが命中。マッチョの体重補正がかかったその“重い”一撃でモニカは吹っ飛んだ。マッチョにタックルされたら人は吹き飛ぶ。たった一撃で沈められたモニカ。やはり、鍛え抜かれた筋肉には敵わない。
『タックル強すぎて草』
『必殺技ではありません。通常攻撃です』
『マッチョの通常攻撃は一般人の必殺技と同様』
当然のように
モニカ:く……やりますわねディアナ様。けれど、次は負けませんわ!
モニカがそんな捨て台詞を吐いて強制イベントは終了した。
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