ティファレト『反省会』

 セフィロトプロジェクトのVtuberにして、自身のモデルを制作したティファレト。自分で自分を生んだママという異色の誕生ではあるが、V界隈ではそう珍しいことではない。


 ダークブラウンのゆるふわなウェーブがかった髪の毛で前髪がシースルーバンクになっているというデザイン。それが今日の配信時の髪型だ。ティファレトは、自分の髪型や服装のスキンをその日の気分によって変えている。マイナーチェンジ版のモデルを持っているVも昨今では多いが、ティファレトはその数が群を抜いて多い。


 自分が使っているアバターのお洒落にも気を遣っているのが、彼女らしいと言えばらしい。これらのスキンの数を全て外注した場合の金額は、「赤い投げ銭を貰っても赤字になる」というジョークが生まれるほどでなる。自力で制作できる技術と余力がある彼女だからこそできる芸当だ。


「みんなー。ただいまー。今日の配信始まるよー」


 ティファレトの「ただいま」に対して、『おかえりー』というコメントが大量に流れる。これが彼女とリスナーの最初のやりとりだ。メイド喫茶では、客に対して「おかえりなさいませご主人様」という定型句がある。が、ティファレトの場合は配信する側が「ただいま」と言っているのだ。それに関しては、別にこだわりはないが、その挨拶が受けたので続けているらしい。


 おっとりとした間延びした感じの喋り方は割と需要があるのか、ティファレトもファンが多い。主に男性の。おとぼけで天然的な要素が入っているせいなのか、女性受けは良くない。


「今日の配信なんだけどねー。コンペの反省会をしようと思うんだー」


『俺は、ティファたその作品にちゃんと入れてたよ』

『多分、これがティファたその作品だろうなーって思って入れたら当たってた』


「おー。私の作品に入れてくれた人も結構いるみたいだねー。ありがとー。結果は残念だったけれど、ちゃんと作品を評価してくれて嬉しいなー」


 訓練されたリスナーならば、推しの作品がどれかは大体予想がつくというものだ。作品の良し悪しで判断してもらうために、作者名は伏せられていたが、それでも推しの作品を暴いて投票したい層はいた。ファン心理的に仕方のないことで、運営側も不本意とはいえ自力で突き止めた熱意があるなら、仕方ないと判断した。ただ、全てのリスナーが推しの作品を嗅ぎ分けられる域に達しているとは限らない。


『マッチョがティファたその作品かと思って投票しちゃった』

『逆張りでマッチョに入れました』


「マッチョ……ふふ。ちょ、アレが私の作品だと思ったのー?」


『ティファたそは華奢な美少年好きだぞ』

『マッチョに入れるのは逆張りにも程がある』


「そうだねー。マッチョは嫌いじゃないけど……やっぱり美少年には勝てないかなー」


『ツチノコの夢見ている女の子が可愛さに振られているから、ティファたその作品かと思ってた』


「あー。ツチノコもあったねー。確かに、あの女の子のモデルの出来は良かったよねー」


 琥珀は、ツチノコ少女のモデルよりも、ティファレトの美少女モデルの方が出来は上だと判断していた。事実、多くの審査員もティファレトのモデルの方が出来が良いと思っていたから、その評定は間違いではない。しかし、どうしても芸術作品というものは個人の感性や好みが入ってしまうものだ。人によっては、ツチノコ少女の方が好きな人もいるので、一概に完全下位互換とは言えないのだ。


『俺はショコラちゃんの作品がティファたその作品だと思ってた』


「あー。確かに、あの従者の少年とか私が好きそうな感じだもんねー。でも、男の娘や女装少年とかそういうのは嫌いじゃないけど、そこまで好きって感じじゃないかなー。自分から積極的に摂取しようとしないというか。まあ、出されたら食べるんだけどねー」


『食べる(意味深)』

『どうすればティファたそに食べてもらえますか?』


「私に食べてもらえる方法? そうだねー。私は配信者だしファンの人を平等に大切にしたい感じだから、特定の人を贔屓はしないよー。でも、キミが10代の美少年だったら、後で私のDMに……」


『通報した』

『10代はアカン』

『はい、条例違反』 

『18歳以上ならセーフだから』


「あはは。冗談だよー。でも、みんなと話してたら元気でたなー。これでも、3位にすら入れなくて落ち込んでたからねー」


『話してたら元気でたって言われたら好きになっちゃうだろ。いい加減にしろ(コミュ症並の感想)』


 このコメントをした者は間違いなく童貞。だが、ティファレトのセリフも美人が言えば大抵の男性は落とせる魔性のセリフである。それこそ、彼女持ちでもクラっとくる危険性もある。でも、コメントしたやつはバキバキ童貞。


 一見、おっとりとした感じのティファレトであるが、男性を落とすためのテクニックを自然な所作で出せる計算高い面がある。冷静になれば、その計算高さに気づけるのであるが、恋愛中は冷静になどなれない。脳の機能が著しく低下して、ポンコツ化してしまう。それこそ、正に惚れた弱みである。


「それじゃあ、今日の配信はここまでにしようかな。それでは、いってきまーす!」


 「ただいま」で始まった彼女の配信は「いってきます」で終了した。コメントも『いってらっしゃい』とアットホームな感じを出している。


 自他の美を追求して、それを芸術レベルにまで昇華させたクリエイターのティファレト。彼女は本来なら実力的には3位以内に入れてもおかしくなかった。しかし、彼女はクリエイターの活動をサブにして、配信業をメインになりつつあるので、そうしたクリエイターの感覚、感性や勘は鈍っているのである。そこが綻びとなり、大きく点数を落とし敗北を喫した。


 本編ではサツキが指摘した通り、ティファレトの作品には勝ちの目がなかった。サツキはティファレトの作品の弱点に気づいていた。それは、全てのオブジェクトが美麗な仕上がりになっていたことに起因する。


 美桜がショコラの作品を高く評価した理由の1つに、制作者が見せたいテーマが明確とあった。その点がティファレトの作品には欠如していたのだ。


 ティファレトの作品は、正に目立たせたいものが視聴者に伝わらないという致命的な弱点を抱えていた。クオリティの高い美少女と美麗な背景が共存しているシーンが多かったのだ。


 本来なら主役として立てなければならない美少女であるが、背景の主張が激しすぎて、視聴者の視線が分散してしまったのだ。美少女を見せたいのか背景を見せたいのか不透明なのが敗因。要は、サツキの言う通り、ティファレトは美に頼りすぎていた。


 美少女を目立たせたいシーンでは、カメラワークを工夫して背景を極力映さない工夫や、あえてぼやかす等の演出が必要だった。背景の美麗さを伝えたいシーンがあれば、美少女を画面に映すべきではなかった。


 彼女自身、サツキの言葉に思うところがあったのか、あえて審査員の講評はもらわなかった。自分で自分の弱点に気づけたからだ。美を目立たせるために、あえて美しくない捨て石のようなものを作る技術も彼女には足りてなかった。


 1つ1つはいい素材だけど、組み合わせることによって両者が喧嘩してお互いの特性を食い合う。そうした現象は決して珍しいことではない。


 今回の敗北はティファレトを大きく成長させた。今後は、ティファレトはサツキの言う新しい花を咲かせる糧を得たのだ。


 一方で、虎徹がティファレトの作品を良かったと言おうとした理由。それは、単純に美少女しか視界に入れてなかったからである。勝手に脳内フィルターが背景をぼかしたせいで、素晴らしい作品に昇華したのだ。見ているのが、同じ作品だとしても、感性や先入観によっては別モノになる。それも上振れや下振れの要因となりえるのだ。

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