兼定 虎徹『めっちゃ早口で講評してそう』

 コンペの結果を見て虎徹は荒れていた。視聴者投票では、匠に差をつけて勝っていたものの、審査員による採点では匠に追い抜かれて圧倒的敗北を喫した。匠が強かったのはわかる。その妹の操も実力者であることは虎徹も認めていた。匠に負けたのは悔しかったけれど、この2人に負けたのはある意味仕方ない結果だと受け入れられた。


 ただ、虎徹にはどうしても解せないことがあった。どこからどう見ても気弱でヘタレのズミと、そこまで高い評価をしてなかった作品のショコラ。この2人に負けたことである。


「うーん……」


 虎徹はタブレット端末を持って、ショコラの動画を繰り返し再生している。VHSが全盛期だった時代では、擦り切れるほどという例えがしっくりくるくらいだ。


「どこだ……どこにありやがる!」


 虎徹はショコラの作品の優れている点を探した。悔しいけれど、敗北は敗北として受け入れなければならない。『敗北を受け入れられないのは三流。敗北を受け入れるだけでは二流。自身の敗因を分析して次に活かしてこそ真の一流になれる』それが虎徹がたった今考え出した持論である。


「この作品のどこかに……俺ですら気付かないストロングポイントがあるはずなんだ。それを見つけなければ先に進めねえ」


 虎徹は既に自分の動画を何度も何度も見返している。提出する前からも、数日寝かせてから最終チェックという工程を怠らなかった。だから、自身の敗因は自作品に致命的なミスがないと判断したのだ。敗因があるとするならば、それは相手が自分より優れていたから。つまり、相手の勝因を探ることで、その技法を自分に取り入れるつもりなのだ。


 ショコラの勝因。それは、従者の少年が男の娘として完成系に近い存在であったことだ。だが、男の娘が好きでもなんでもない。その魅力を1ミリも理解していない虎徹がその勝因に気づけるはずがなかった。


 芸術と一口に言ってもその分類は多岐に渡る。絵画の専門家が彫刻の良し悪しの細微がわからないように、専門外の男の娘の良し悪しの基準がわからなければ、この疑問は永遠に解けないのである。


「うーん……城の造型。これは基本に忠実だな。きちんとした資料を見て作っている。ただ、それだけだな。加点要素にはならねえけど、減点要素にもなんねえ……」


 事実、昴が撮影した資料のお陰で、背景で減点されるようなヘマをやらかすことはなかった。そうした、点数の取りこぼしがないことも強みではあるが、それは虎徹も同じことだ。だからこそ、アクションシーンで大きな加点を得た虎徹が負ける道理が彼にはわからないのだ。


 虎徹はタブレットに内蔵されている時計をちらりと見た。その時間を見て、苦い顔をして、タブレットを机の上に置いた。


「時間切れだ……」


 自力で考えることもクリエイターというより、社会人全般に必須なスキルと言える。他人の考えに流されるままでは、単なる指示待ち人間で終わってしまう。


 一生を上司の指示に従うだけの平社員として生きるのであれば、その生き方も否定はできない。指示以外に余計なことをしないというのも時には役立つこともある。しかし、虎徹はそういう生き方を是としない。自分の頭の中で考えたものを形にするクリエイターは思考力が重要だ。


 だから、他人に答えを教えてもらわずに考える時間も必要だ。だが、残念なことに時間は有限であるし、自分が時間を消費した分、世界中の人間が平等に時間を代償に前へと進んでいる。自力で答えを出せないものに、いつまでも時間を費やすのも褒められたことではない。


 そのため、虎徹は予め分析する時間を決めていた。この時間までに、なにかを見い出せなかったら、誰かに相談する方向にシフトする。例え、個人で活動する個人事業主であっても、誰かに頼る選択肢は必要だ。他人に助けを求められるのも、またスキルの1つ。自分で抱え込んで潰れてしまう人は存外多いのだ。


「もしもし? 匠か? すまねえ。ちょっと訊きたいことがあるんだ……ああ、この前のコンペのことなんだけど、審査員の講評を見れるか?」


「委託していた会社に申請すれば本人の分は開示してもらえるはずだ。俺は、半分運営側の人間だったから全員分のは確認したけど」


「マジか!」


 虎徹も自分の講評を知りたいと思っていた。しかし、それとは別にショコラがなぜ高評価を受けたのかを知りたい気持ちの方が強い。


「他人の分はやっぱり見れねえのか」


「ああ、そうだな。ちなみに誰の講評を知りたいんだ? 俺のだったら開示できるけど」


「いや、お前のはいらねえ」


「ああ、そう」


「俺が知りてえのはショコラの講評だ」


「ふーん……それなら、本人に頼んで見せてもらうしかないね」


「そうか。わかった……忙しいのに悪かったな。それじゃあ、また」


「じゃあねー」


 匠との通話を終えた虎徹は、早速ショコラのSNSアカウントにダイレクトメッセージを送った。面識のない相手(と虎徹は思っている)に送る初めてのメッセージ。


『初めまして。私は、3Dデザイナーの虎徹と申します。先日、ショコラさんと同じコンペに参加しました。その節はお世話になりました。ショコラさん。3位おめでとうございます』


「最初は挨拶くらいでいいだろ」


 虎徹はショコラにメッセージを送った。そのメッセージを受け取った琥珀。虎徹の性格を知っているので、若干引きながらも同様に挨拶を返した。


『いきなりで申し訳ありません。ショコラさんの作品の講評をお見せしてもらうことはできますか?

 不躾なお願いなのは承知ですが、今後の自身の作品作りのため、ショコラさんの作品がプロの審査員の目からどのような評価を得たのか知りたいのです。どうか、よろしくお願いします』


「うーん……そんなに親しくないのに、このお願いをきいてもらえるのだろうか……」


 ダメ元で送ってみる虎徹。このメッセージを受け取った琥珀は、今後の作品作りの目的に使われるのであればと快く了承した。


 それから、数日後。ショコラから虎徹のアカウントに講評が送られてきた。


「おー……これが、ショコラの講評か。なるほど……」


 虎徹は自分の講評と点数と見比べてみた。全体の評価、4人の平均点で見れば虎徹は決してショコラに劣ってなかった。だが、例の美桜の点数が虎徹のと比べて圧倒的に高い。


「く……審査員5人の内、3人が俺の方を高く評価してんじゃねえか。視聴者投票を加味すれば、4勝2敗か。勝率で言えば俺の方が上だ。やっぱり、この花園 美桜って奴が全ての鍵を握ってそうだな」


『全体的なクオリティは可もなく不可もなく。3Dモデルは他の作品に比べたら見劣りする面もあるが、減点対象にならない最低限は保たれていた。ただ、この作品は作者の見せたいテーマが明確であった。その一点がある作品を私は評価したい。この作者の男の娘や女装少年に対する情熱は3Dモデルを見れば明白である。

 従者の少年の体型や骨格のバランスは奇跡的と言ってもいい。男の娘は骨格や肉付きを男に寄せ過ぎれば女装が映えない。かと言って、女の体をそのまま流用するのは男の娘というジャンルに対する冒涜に他ならない。従者の少年のプロポーションを設定するのに相当な回数の試行錯誤をしたはずだ。私は、女装する前の彼の姿を見た瞬間から確信していた。この子は女装すれば確実に化けると。

 更に女装してからの仕草や挙動も男性と女性の間で揺れているブレがあったのが良かった。普段の所作というものは意識しても無意識が必ず混ざるものである。わかってないコンテンツの代表として、初めての女装なのにいきなり女性のモーションを与えるというものがある。それまで、男として生きてきた歴史や積み重ねを……』


「なげえわ! 1度に読み切れる量じゃねえな……この美桜って奴、俺の講評は2行で済ませたのに」


 虎徹は、この技法を理解できないことを理解した。これを手に入れるには、住んでいる界隈そのものを変える必要があるのだ。その筋の人間にしかわからない輝き。そういうものもあるのだ。


「ただ、まあ……俺は今日一ショックな出来事があんだよなあ……」


 虎徹は自分の点数とショコラの点数を見比べた。その点差は僅かに1点。


「後、1点取れれば、俺も3位だったじゃねえか……!」


 たった1点に泣いた男、兼定 虎徹。3位が2人いたから、彼は5位。実質ベスト5じゃね? って思うことで、なんとか精神を保った。しかし、ベスト5というのは実のところあんまり聞かない。トーナメントで準決勝まで残ったのはベスト4まで。5は溢れるのだ。これが現実。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る