魚住 龍之介(ズミ)『よりによって3位』

「龍ちゃん! 3位おめでとう! うぇーい」


 テーブル中央に鍋が置いてあるタイプの居酒屋の個室にて、満面の笑みにて弟の成果を祝う姉。姉はビールを、弟はカシスオレンジで乾杯をした。


 ズミという名前で、クリエイターをやっている魚住 龍之介。獅子王 ツバサというVtuberの魂である魚住 加恋。2人が姉弟であることはあまり知られていない。


「ありがとう加恋お姉ちゃん……でも、僕は2位になれなかった」


「なに言ってるの龍ちゃん。あのメンツで3位なんだから十分、誇っていい順位じゃないの。お姉ちゃんの中では、龍ちゃんの作品が1位だから」


 弟に甘すぎる姉。確かに、1位と2位の相手が悪すぎたから、3位は十分な順位である。事実、下馬評では最下位に沈んでいたズミが3位になったことで、リスナーたちの度肝を抜いたのは事実である。優勝候補の一角である虎徹を下したのも実績としては大きい。


「ささ、今日はめでたい席なんだから飲んで飲んで。お姉ちゃん奢るから」


 そう言うとビールを一気飲みする加恋。その豪快さは正に獅子の如く。女の色香の欠片もない飲みっぷりは、宴会の席でやれば盛り上がることは必至だ。一方で、ちびちびとカシオレを飲むズミ。下戸というわけではないが、節度を守って飲むタイプである。


「お姉ちゃん。僕は……ネガティブな自分のまま変われないのかな?」


 ズミがそうぽつりと零した。その言葉を聞いて、先程は能天気な笑顔を見せていた加恋も真面目な表情になる。


「どういうこと?」


「実は……僕はこのコンペで2位に入れたら、自分は変われると思っていたんだ。ネガティブな自分を消し去って、ポジティブな自分になれると思っていたんだ。流石に1位は欲張りすぎかなと思って目標を2位にしたんだ」


「龍ちゃんは謙虚だなあ。流石私の弟」


「でも、僕は結局3位止まりだった。自分で決めた目標に僅かに届かなかった。それどころか、3位は2人もいるんだ。ちょっとした掛け違いが発生したら、僕は3位にすらなれなかったかもしれない」


 運命のイタズラとは恐ろしいものである。よりによって、仕事を奪われたことでライバル視しているショコラと同格という順位に終わった。これで、ショコラに勝てていれば、もう少し気持ちは楽になれたかもしれない。けれど、現実は幸運値が荒ぶるショコラのせいで余計な心配をしてしまうのだ。


「もし、審査員が変わっていれば僕は負けていたかもしれない」


 実のところ、審査員に救われたのはショコラの方である。審査員を総入れ替えしたら、高確率で負けるのはショコラであることをズミは知らない。


「うーん……なるほど。龍ちゃんの言いたいことはわかった。でも、私は龍ちゃんのネガティブは長所にも成りえると思ってるけどなー」


 そう言いながら、加恋はお通しで出てきたニョッキを摘まんでいる。


「龍ちゃんは実力が負けてるとわかったらどうしているの?」


「えっと……それは、もっと技術や感性を磨いて実力を上げてるよ。僕の実力はまだまだだし」


「そう。そこだよ。龍ちゃんは自分の実力を過小評価しているが故に、補おうと努力をしている。それが龍ちゃんの実力を支えてるんだと私は思う」


 店員がおかわりのビールと焼き鳥を持ってきた。加恋は慣れた手つきで焼き鳥を串から外しながら話を続ける。


「私の高校時代の話だけどね。同じ中学で、私より頭が良い男子がいたんだ。その男子と私は同じ高校に行ったんだ。学力は同程度だったから。その男子は、中学受験で成功を収めて自分の実力を過信したんだろうね。春の頃は成績上位だったけど、夏あたりに成績が下がっていって、秋ごろには学年でも下位の順位に落ちぶれていたよ。元々は、成績が上位だったという自尊心のみがモチベーションだった子だから、1度下位に沈んだら上がってこれる道理がなかった。その子の口癖はなにかわかる?」


 加恋は口を尖らせて声色を変え「大丈夫大丈夫。俺、本気出せばまた1位に戻れるから」とその男子のマネをした風な感じで言った。


「ポジティブ故に自分の実力を見誤って努力を怠った。その後も高校3年間は進学校の落ちこぼれって扱いで、大学もあんまり良いとこいけなかったみたい。たった1度の慢心で取り返しのつかないことをしてしまったんだよ」


「そうなんだ……」


「別にポジティブが悪いってわけじゃない……でも、ポジティブさしか持っていなければ、その楽観思考はいつか身を滅ぼすってこと。あの阿呆に龍ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」


 ズミはなんとなく加恋の言おうとしていることがわかった。ポジティブさだけ持っていたら人は成長を辞めてしまう。自分の悪いところに気づくネガティブさ。それを持ち合わせていなければ、強豪ひしめく世界を生きていくことはできないのだ。


「要はポジティブとネガティブのバランスだね。計画を立てる時も、成功した時のイメージをするのはもちろん大事。でも、失敗した時のイメージもきちんとして対応策を考える必要がある。これができてなくて、事業を潰した経営者なんて腐るほどいるからね」


「つまり……僕は、ネガティブな自分を変える必要はない。ネガティブさを持ったまま、ポジティブな考えを取り入れろってこと?」


「そう! 龍ちゃんが自分を変えたいと思うなら、それは変えた方がいい。でも、龍ちゃんは自分のネガティブさを消して、自分を変えようとしている。それは長期的な目で見たら良くない。そこに気づくなんて偉いね龍ちゃんは」


「へへ。加恋お姉ちゃんが気づかせてくれたんだよ」


「ポジティブを得るためにネガティブを消す必要はない、ネガティブさを受け入れたまま、自信を手に入れることだってできる! 龍ちゃんなら、いつか絶対に理想の自分になれるから」


 姉の励ましによって、少し勇気が湧いてきたズミ。コンペの結果は、理想通りにいかなかったけれど、それはそれで良かったのかもしれない。ここで変に2位を取って、ネガティブを消していたら加恋の同級生の男子の二の舞になっていた。そう思うとズミはぞっとした。


「よし……! コンペも終わったけど、まだまだ僕の仕事は残っている。みんなは、新Vtuberダアトを期待しているんだ。期待というプレッシャーを跳ねのけて、がんばる!」


「そう! その意気だよ龍ちゃん」


 盛り上がる姉弟。とその時、隣の個室に別の客が入ってきたようだ。その客たちの声は非常に大きくて、個室の壁を貫通するほどだった。


「なあなあ。例のコンペの結果発表見たか?」


「見た見た。1位と2位は予想通りだったけど、3位が意外だったよなー!」


「ショコラとズミだろ。俺は、虎徹が入賞すると思ったんだけどなー」


「俺はティファレトに賭けてた」


 聞き覚えのある名前を聞いてビクっとするズミ。加恋を顔を見合わせた後に、2人は黙り聞き耳を立てた。


「ズミの実力はわからなかったからな。でも、3位になったってことは相当な実力者なんだろ?」


「ああ。そうだな。俺としては、あの動画は1位でもおかしくないと思うし、きっと新Vtuberのダアトのガワも歴代でもトップクラスのクオリティになるんだろうな」


「かもな。ショコラと同格なんだから、ガワ人気で言えばビナーレベルか? 期待が高まるな」


 Vtuberファンと思われる2人の会話に、急にプレッシャーをかけられたズミ。プレッシャーを跳ねのける決意をしたけれど……彼の顔は青ざめてガタガタと震え出した。


「龍ちゃん!?」


「ごめん。加恋お姉ちゃん。僕やっぱりまだ、プレッシャーに弱いかも」


 ネガティブは完全に消す必要はないけれど、度がすぎている場合はある程度は抑えたほうがいいかもしれない。そのバランスは難しいし、各人の永遠の課題なのだ。

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