サツキ『キミの地雷スイッチどこにあるんだろう』

 コンペの結果を受けて、サツキは入賞した4人を素直に賛辞した。個人的な感情を抜きにすれば入賞した人物の作品については文句はない。


 受け取った講評を見て、自分の作品が評価された点、評価されなかった点をきちんと分析して洗い出す作業をしている。それらの意見を参考にして、サツキは更なる高みを目指す。より、美しい花を咲かせるために。


「はあ……」


 ショコラの作品を見て思い出すのは、結婚の約束をしていた幼馴染の元カレのことだ。


「いつまでも引きずってバカみたい……」


 サツキは机の上にあった写真立てを倒した。元カレとのツーショット写真。人生で1番楽しかった時期だ。その時の写真を未だに捨てられないままいる。


 女の恋は上書き保存という言葉がある。個人の性格によって、もちろん異なるが、サツキの場合は新しい恋を未だに見つけられないでいる。だから、上書きするものがないのだ。


「でも決めたんだ。もう、過去とは決別するって。そのためにあの作品を作った。今度こそ新しい恋を見つけてやるんだから」


 そう意気込むが、恋愛には必ず相手というものが必要だ。サツキの周囲には目ぼしい男性が思い当たらない。匠とコクマーは既婚者だし、虎徹はうるさいのでタイプではない。琥珀は若すぎるし、ズミはイマイチ頼りない。直近で関わった人物がことごとく恋愛対象にならないのは、彼女にとって幸福だったのか不幸だったのか。


 一先ずは先の見えない恋愛のことよりも、今は仕事を優先しなければならない。丁度、案件のメールが届いていたので、サツキは打ち合わせのため担当者とオンライン会議をすることになった。ビデオ通話で顔が映ってしまうため、サツキは入念にメイクを整える。当然、彼女のお気に入りの地雷メイクだ。


 丁度メイクが終わった頃、サツキのアカウントに通話のリクエストが届いた。サツキはそれを承認した。


「おはようございます。サツキさん」


「はい、おはようございます」


 担当者はサツキと同年代の男性だ。彼は典型的な仕事人間で、現在はファッションにも無頓着なタイプだ。入社前は恋人がいたけれど、激務で中々会えなかったり、学生時代には気を遣っていたお洒落もしなくなり、結果的に恋人にフラれることになった。


「先日のコンペの動画を見ましたよ。サツキさんらしい、いい作品でしたね」


 仕事の前に軽い雑談から入る担当者。とりあえず、褒めておけば人というものは良い気になるのである。今後の仕事の円滑に進めるためにもそうしたコミュニケーションは重要だ。


「そうですか」


 褒められて照れるサツキ。結果的には入賞することはできなかったものの、自分の作品に思い入れがあるので褒められて悪い気はしない。


「どの辺が私らしかったですか?」


 サツキのその質問を受けて、担当者が固まった。サツキとは、それなりに交流がある担当者。なので、この質問でとんでもなく面倒な爆弾を投げられたと本能的に察知したのだ。回答を間違えると例の地雷が爆発してしまう。このコンペの作品は他人に制作の一部を委託することができる。もし、サツキが担当してない部分を答えたら、その時点で終了。それ以外にも何がサツキの地雷に抵触しているかわからない。爆弾処理班としての実力を測られる瞬間である。


「花嫁の心情が伝わるような演出というか……全体的な世界観ですかね?」


 逃げの一手。演出、世界観。そう言っておけば納得してもらえると思ったのだ。メインの制作者が、この2つを全て他人に委託するのは考え難い。演出や世界観の案を他人に委託することはあっても、最終的に仕上げるのはサツキである。だから、絶対に噛んでいる部分はあるはずだ。


 サツキが喉を鳴らして変な声を上げた。担当者が緊張する。その一方で、サツキの口角が上がり、明らかに喜びを抑えきれない様子が見て取れた。


「そうですか。ありがとうございます」


 地雷解除成功。悪しき爆弾魔ボマーは退治された。これで、円滑に仕事の話に入ることができる。


「そんなサツキさんに、やってもらいたい仕事があるんですよ。企画書のデータを送るから見て下さい」


 サツキは担当者が送った資料を確認した。それはゲームの企画書だ。ゲームの概要は、とある乙女ゲームの続編のようだ。その名も『漢女無双』


「なんですか? このゲームは?」


「普通の乙女ゲームに格闘要素を付け加えたゲームがあったんですよ。それが意外に売れたみたいなので、続編が出たんです」


「へー。そういうのがあったんですね」


 こんなのが売れるとは世も末である。


「ムキムキの漢女を操作して、雑魚的をばったばったとなぎ倒す爽快感のあるゲームですね」


 担当者の説明を聞いて、サツキは疑問に思った。


「これ売れるんですか?」


「さあ、前作から大幅に路線変更しているみたいですから、爆死の危険が高いと思いますよ。ただ、ウチはあくまでも3Dのモデリングを委託されているだけですからね。ゲームが売れようが売れまいがもらえる報酬に変化がないし、我が社の評判が下がることもありませんね」


 クソゲーが作られてしまった場合、責任を被るのはメーカーである。3Dモデリングを制作しているだけの下請けには一切の責任はない。


「ふーん……そうなんですね。ん?」


 サツキは企画書のゲームストーリーのあらすじを読んだ。内容を要約すると、幼少の頃から、王子と婚約関係にあった令嬢。令嬢は、暴飲暴食が祟り、王子から婚約を解消されてしまう。令嬢は王子を見返すために、ダイエットとしてトレーニングに励み、最強の肉体を手にした。王子は裏切っても筋肉は裏切らない。最強の美ボディで、王子に復讐を誓う令嬢のストーリー。


「サ、サツキさん?」


 鬼のような形相のサツキを見て、担当者は恐怖を覚えた。明らかに地雷を踏んでしまったという気配を感じ取ったのだ。


「え、えっと……大丈夫ですか? この案件やめます?」


 担当は恐る恐るサツキの身を案じるように尋ねた。


「1つ確認させてください。私は筋肉マッチョの令嬢を作るんですか?」


「そうですね。はい」


「その令嬢は、婚約破棄した王子をボコボコにできるんですか?」


「えっと……その辺はストーリーを確認してみないとわかりませんね。ウチで作っているゲームではないので」


「そうですか。わかりました。この仕事を受けさせてください」


「ええ……」


 担当者は困惑した。まだ具体的な納期や報酬や万一の時の賠責やその他諸々について、一切触れてない段階で、仕事を了承したサツキに若干引いている。何回か仕事している相手だから無茶な要求をされないと信頼されていると感じたけど……


「サツキさん。流石に契約内容くらいは確認しましょうよ」


「あ、はい。そうでしたね。すみません。つい先走ってしまって」


「全くですよ。あはは。私が悪魔だったら魂を取られてますよ?」


「悪魔……?」


 担当者はしまったと思った。また、不用意な発言でサツキの地雷を踏んでしまったかと後悔した。


「あはは。面白いこと言いますね。気に入りました。そのジョーク」


 どうやら、受けが良かったようで安心した担当者。報酬を含めた契約内容に不備がなかったのでサツキと無事に契約を締結できた。


 担当者と通話を終えたサツキは、早速マッチョの参考資料を探した。男女で骨格は違うものの、例のマッチョ動画が参考になるのではないかと再生した。


 相変わらず理解不能の内容だった。だが、このマッチョが役立つことになるとはサツキ自身思わなかったことだ。人生、何が役立つかはわからないものである。マッチョ動画が終了した後、動画の連続再生機能が発動して、ショコラの作品が再生された。同じコンペに参加してある作品だから関連動画に上がるのは無理はないが……サツキの地雷がまた踏まれるのであった。

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