第10位 政井 夏帆

クールビューティとギャル

 中学生ながらに、クールビューティな外見をしていて近寄りがたいオーラを出している政井 夏帆。彼女には友人と呼べる存在はいなかった。女子からは、クールな美人で違う世界の住人だと思われて畏怖いふされているし、男子からは高嶺たかねの花扱いされて誰も彼女には話しかけなかった。


 夏帆の小学生の頃は、他人と過干渉しないながらも友人と呼べる存在が1人いた。しかし、その友人も父親の転勤によって小学校卒業と同時に転向した。中学生になり、第二次性徴を迎えた夏帆は身長が伸びて顔立ちも大人っぽくなり、スタイルも良いという恵まれた肉体を手にした。しかし、周囲より早く肉体が成熟した彼女は、まだ幼さが残る同級生たちと比べたら浮いた存在になってしまったのだ。


 だが、中学2年に進級した頃に夏帆に話しかける存在がいた。


「やっほー。美人さんだね。どう? うちの事務所に入らない?」


 生徒手帳を名刺に見立てて夏帆に渡そうとするギャル。髪の毛は脱色していて校則違反だと先生に何度も注意されているがやめる素振りは全く見せない。


「あんた誰?」


 夏帆はギャルを睨んだような目つきで見た。別に敵意があるわけではない。生まれつき目つきが悪いだけだ。


「もう、ノリが悪いな。そんなんじゃ友達できないよー」


「別に良い。友達がいなくても今までなんとかやってこれたし」


「あ、本当に友達いなかったんだ。じゃあ、ゆーきが友達になったげる」


「ゆーき? それがあなたの名前なの?」


「そ。浅木 優姫。よろすー」


 優姫は夏帆に向かって敬礼をした。夏帆はそれを怪訝な表情で見る。


「あはは。本当にノリが悪いねー。そこは敬礼で返すとこでしょ!」


 夏帆は内心、優姫のテンションについていけないなと思った。クールな美少女とやかましいギャル。水と油のような存在で2人は相容れないはずだった。


 事実、優姫も外向的な性格で友人がたくさんいたので、夏帆に構っている暇はなかった。この日を境に仲良くなったというわけではない。



 それから数日後、休日に私服を着た夏帆がバス停でバスを待っていた。彼女は待ち時間の間、スマホに接続したブルートゥースのイヤホンを付けて、お気に入りのバンドの曲を聞いていた。


 夏帆の私服は大人っぽいワンピースを着ていて、とても中学生には見えない。タチが悪い男がいれば、女子大生と間違われてナンパされてもおかしくないほどだ。


 曲がサビに差し掛かり、テンションが最高潮に達する直前に、夏帆の肩を何者かが叩いた。夏帆は不機嫌そうな顔で、イヤホンを取り振り向く。そこにいたのは、優姫だった。優姫の恰好は露出が多い格好でデニムスカートの丈も短い。一般的な男子であれば目のやり場に困ると感じる……どころか、女子である夏帆もその格好に衝撃を受けて目が泳ぎ出した。


「やっほー。夏帆。久しぶり。最近構ってあげられなくてさーせん」


「浅木さん。中学生がそんな恰好するのはどうかと思う」


 夏帆は率直な感想を言った。公序良俗に反さない限りは、どんな格好をしようと本人の自由ではある。が、まだまだ社会的には未熟な存在で周りの大人の庇護下にある中学生は慎んだ格好をすべきだと言う意見もある。


「あはは。夏帆おもしろー。お父さんみたいなこと言うんだー」


 優姫はけらけらと笑い、夏帆は優姫とは仲良くなれそうにないと感じた。


「ねえ、夏帆。なに聞いてたの? その曲好きなの?」


「多分言ってもわからない。マイナーなバンドだから」


 夏帆が好きなバンドはマイナーなガールズバンドであるエレキオーシャンだ。周りにこのバンドのファンだと言う人はいないし、好きなバンドだと周りに言っても話が盛り上がらない。みんなは、メジャーなバンドの話をしたいのであって、その話のネタの取っ掛かりのために好きなバンドを訊くんだと夏帆は理解したのだ。


「んー? ゆーきがわかるかどうかはどうでも良くない? ゆーきは、夏帆が好きなバンドの情報に興味があるんじゃない」


「え? じゃあ何で訊いたの」


「ゆーきは、夏帆に興味があったから好きなものを訊いたんだよ。そのバンドが有名かどうかなんてどうでもいいの」


 この時、優姫は今までの同級生と違うと夏帆は理解した。自分が知っているバンドの話をしたいという前提で質問してくるのではない。自分に興味があって話しかけてくれる人。先程は仲良くなれないと思った夏帆だが、優姫となら仲良くなれるかもしれないと思った。


「私が訊いているのはエレキオーシャンの新曲。このバンドのメンバーは、私たちと地元が同じなんだ」


「そうなんだ。地域密着型ってやつ?」


「それはちょっとニュアンスが違うかな? 地元限定の活動じゃないし」


「へー。どんなところが好きなの?」


「えっと……その、やっぱりみんな可愛いし、メンバー同士の掛け合いも面白い。特にベースのマリリンがちょっとドジなところがあって可愛いんだ」


「なるほど。夏帆はドジっ子が好きなんだー。うん。夏帆のことを知れて良かった」


 満面の笑みを浮かべる優姫。夏帆は、ギャルだからとか、うるさいからという理由で優姫に偏見の目を持っていたことを恥じた。表面だけでは人間を理解することはできない。優姫が夏帆のことを知りたがっていたのと同じように知りたくなったのだ。


「あの、今度は浅木さんのことを……」


 夏帆がそう言いかけた時、バスが到着した。


「あ、バス来たね。それじゃあ、私はそろそろ失礼するね」


 元々、バスを待っていた夏帆。だが、優姫は夏帆を見かけたから一緒にバス停にいただけで、彼女はバスに乗るつもりはなかった。バスの乗車口が開く。早く乗らないと運転手にも乗客にも迷惑がかかる。


「浅木さん! また学校で!」


「うん。またねー!」


 バスに乗り目的地に向かう夏帆。そのバスに向かって手を振る優姫。夏帆が優姫に手を振り返すと、優姫はくしゃっと笑った。


 それから、夏帆は優姫と打ち解けて友人関係になった。それから交友関係が徐々に広がっていき、同級生の女子とも少しずつ仲良くなれた。外見だけでは、完全なクールビューティな夏帆も、内面は少しポンコツなところがあり、感受性豊かな面もある。そうした面に触れた途端に、女子たちは夏帆に対して親近感が湧いた。彼女たちの間にあった壁はベルリンの壁のように崩壊したのだ。


 だが、その交友関係の輪は男子にまで広まることはなかった。夏帆が親しみやすい面があると知った男子たちは、「俺でも行けそうな気がする!」と下心ありきで近づいてきた。それに対して、夏帆に相応しくない男子を夏帆に心酔する女子が裏で排除してしまったのだ。


 そんなことを知らない夏帆は男子とは打ち解けるのは時間がかかるな。とか、男子と女子はそう簡単には仲良くなれないのか。などと感じていた。


 そして、中3に進級した夏帆と優姫。進路を決定する時期になり、2人はどこの高校に進学するかお互いに相談した。


「夏帆と一緒の高校に進学したいなー」


「私も優姫と一緒の高校がいいな」


「まあ、2人共学力は同程度だから無理に合わせなくても一緒の高校になりそうだけどねー」


「それは言わないで」


 クールビューティな外見で頭が良いと思われがちな夏帆ではあるが、実のところ、ギャルの優姫とそんなに成績は変わらない。2人が自分が入れそうな高校を選ぶと偶然に一致したのだ。2人は一緒に受験勉強をして、お互いの苦手な分野を教え合って協力した。


 そうして、2人は受験に成功して、同じ高校に進学することができたのだ。


「優姫とクラスはバラバラになったね」


「うん。そだねー」


「せっかく、一緒の高校に入ったのに」


「まあ、2年と3年にチャンスはあるから、気長に行こうよー」


 優姫と離れ離れになって、若干不安ながらも高校生活をスタートさせた夏帆。この時の夏帆はまだ知らない。自分のクラスに、最推しのマリリンの弟がいることを。そして、その弟のバーチャルの姿に惚れこんでしまうことを。

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