第9位 八城 辰樹

お前それサバンナでも同じこと言えるの?

 「学生時代に1番打ち込んだものは何ですか?」という問いに対して「キーボードです」と答えるジョークがあった。そんなジョークを現在進行形で行っているのが、大学の研究室にあるパソコンで作業をしている2人の男子大学生。八城 辰樹とその友人である賀藤 大亜。


 彼らは3Dプログラミングを学んでいて、独自のシミュレーターを作る研究開発を行っている。大亜は過去にペットボトルロケットの物理エンジンを開発した実績がある。プログラミング技術はかなり高いもので教授から評価されていた。しかし、実用性がないというごもっともな意見をもらい、今度は自動車の運転シミュレーターを開発している段階だ。


 一方で、八城は生物の進化シミュレーターを開発した。魚から始まり、それが両生類に進化してやがて人類に近づくというものである。このプログラムには非情にありがたくない機能が付いていて、リアルタイム連動機能も実装されていた。進化のリアルタイム。つまり、最初の魚の状態から人間になるまで現実時間で数億年の時間が必要だということだ。


 当然、人間はもちろん、コンピュータも億年も稼働できるわけがない。そこで登場したのが、時間の流れが1億倍になる課金アイテム。実際に課金システムも実装して提出したところ、教授からガチめに怒られた経験を持つ。


 八城は別のプログラムを開発している最中で、その詳細はまだ誰も知らない。


「なあ、八城。お前が今作っているプログラムってどんなものだ?」


「んー。そうだね。そろそろ形になってきたし、実際に見てみる?」


「ああ、見せてくれ」


 大亜は自分の席を離れて八城の席へと移動した。八城のディスプレイには、サバンナが広がっていた。


「なんだこれ? Savannah Simulatorか?」


「んー。サバンナがメインというよりかは。サバンナに住む動物がメインかな。このサバンナの環境で動物を配置して、自然の力で何世代残せるかっていうシミュレーションができるんだ。実際のサバンナの環境のデータを取り込んで、乾季と雨季のタイミングで環境が変わるようにしたよ」


「ほー。中々凄そうだな。ちょっと、やってみていいか?」


「いいよ。今は実装されているのは、ヌーとハイエナだけだから」


「なんで、その2匹なんだよ。真っ先にライオンとかシマウマを実装するだろ普通は」


 八城のマイナーなセンスに呆れつつも、大亜は動物の割合を考えてみた。草食動物より肉食動物が多ければ、草食動物はあっと言う間に狩られてしまう。更にそこから肉食動物の飢餓が始まり、あっと言う間にサバンナの生態系は滅んでしまう。そこで大亜は草食動物であるヌーを多めに割り振ることにした。


 ヌー8匹、ハイエナ2匹の配分にした大亜。ハイエナは繁殖するように雄と雌をつがいで配置。ヌーは雄3匹と雌5匹にした。雌を多めにしたのは繁殖効率を上げる作戦。雄は1匹でも生き残れば複数の雌と繁殖することが可能だが、逆はそうもいかない。


「よし、ヌーとハイエナの配置が終わった。それじゃあシミュレーションスタート!」


 ヌーとハイエナがそれぞれ好き勝手動き始めた。最初の状態は満腹スタート故に、ヌーは草を食べないし、ハイエナもヌーを襲うことはしなかった。


 しかし、ヌーが草を食べ始めた頃、ハイエナがヌーに襲い掛かってきた。ハイエナがヌーを仕留めようとしたその時、ヌーの蹴りが炸裂してハイエナは吹っ飛ばされてしまった。


「おい、ヌーが勝ったぞ」


「そりゃ、ヌーも生きているから、生き残るために必死でしょ」


「たしかに」


 肉食動物は草食動物に敗北しても命までは取られない。しかし、草食動物は敗北イコール死だ。その必死さが肉食動物に打ち勝つこともある。サバンナでは日常茶飯事の光景だ。


 しかし、狩りの失敗が続けば肉食動物側もいずれは死んでしまう。正に厳しい大自然の掟を体験できるシミュレーターである。


 そして、2回目の狩りを行うハイエナ。しかし、ヌーに逃げられてしまう。やがて、ハイエナの動きは鈍っていき……ハイエナが1匹餓死した。


「おい、ハイエナが餓死したぞ」


「死んだのは雌だね。残ってるのが雄ならお腹の中に子供が宿ってる可能性はないし、ハイエナの絶滅が確定したよ」


「なんてこった。人間のエゴでハイエナが絶滅してしまうなんて」


 種としての存続がなくなっても、ハイエナの雄はヌーを襲い食いつなごうとする。ハイエナに残されているのは生存本能のみ。ヌーを仕留めて食べて回復。ヌーの方は天敵が少ないことで繁殖し放題でどんどん増えていくから、ハイエナの餌に困ることはなかった。しかし、生き物には必ず寿命がある。ハイエナが老衰して、この世界に脈々と受け継がれてきた1つの種が途絶えた。


「やらかしたか。こうなったら、ヌー! お前だけが頼りだ!」


 天敵がいなくなったヌーは草を食べ、繁殖をして数を増やしていった。サバンナはヌー天国になるかと思いきや、ある時を境にヌーの数が激減していった。


「おい、八城! ヌーの数が減ってきたぞ」


「ああ、それはだね。草不足だね」


「草不足……?」


「草だって生物に分類される。繁殖スピード、成長スピードは動物に比べて早いけれど、限界がある。草食動物が増えれば、草も絶滅してしまう。正に根こそぎやられるってやつだね」


「なにちょっと上手いこと言おうとしてんだよ! え? 草がなくなったってことは?」


「うん。ヌーの絶滅も確定したね」


 わずか5分足らずで絶滅したヌー。こうして、このサバンナは死の大地となりましたとさ。めでたしめでたし。


「残念だったね大亜君。生態系はバランスが重要なんだ。草食動物は肉食動物を恐れている。けれど、肉食動物がいなければ、草食動物もまた種として存続できなくなる。皮肉なものだね。あはは」


「なにわろてんねん。シミュレーターにしては難しすぎないか?」


「難しいのは当たり前。それだけ自然は奇跡的なバランスの上で成り立っているってことだよ。だから、自然は大切にしましょうってメッセージ性もあるんだ」


「たしかに」


 八城の意見には正論性があるので、難易度にクレームをつけ辛くなってしまった大亜。これが娯楽を目的としたゲームなら、難易度調整でヌーの反撃システムがオミットされるのが自然だ。そうした試行錯誤の上でゲームというものは成り立っている。


 大亜が開発途中のサバンナを体験してから翌日、八城は更なるアップデートに成功した。


「できたよ。大亜君。シマウマとライオンを実装したから遊んでみて」


「ああ……」


 大亜は考えた。2種類の動物ですら厳しかったのに、更に種類が増えたら余計にややこしいことになる。


「まずはシマウマとヌーの配分と配置場所を考えるか。草が集中している場所が複数あるから縄張りとか意識した方がいいか?」


「いや、それは一緒に配置しても大丈夫」


「え? そうなのか?」


「確かに、シマウマとヌーは同じ草を食べるけど、シマウマは草の上の部分を食べるのに対して、ヌーは下の部分を食べる。つまり、喧嘩をしないんだ」


「お前のその知識はどこから来るんだよ」


「好きこそ物のの上手なれって言うからね」


「縄張り争いをしないなら、なんで2種類の草食動物を用意したんだ?」


「いっぱい動物いた方がテンション上がるでしょ?」


「まあ、確かに。動物園はそれで稼いでいるようなものだしな」


 八城の変態的嗜好からくる発言もなぜか正当なものとなってしまった。正に論理的な変態だ。


「うーん。肉食動物も少し多く配置した方がいいか? ライオンの雄に狩りをさせて、そのおこぼれをハイエナに与える作戦でいくか?」


「大亜君。残念ながら、ライオンの雄は狩りを滅多にしない。主に狩りをするのは雌の方だよ。後、ハイエナが獲物を横取りするイメージがあるけど、逆にハイエナの食べ残しをライオンが食べる場合もあるからハイエナの狩り能力を甘く見ない方がいいよ」


「なあ、八城。思ったこと言っていいか?」


「なに?」


「このシミュレータ―めんどくせえな」


「うん。知ってた。作ってる僕が1番面倒だったし」


 こうして、誰も幸せになれないシミュレーターが世に誕生してしまった。ただ、この経験が後に活きて電脳世界で疑似的にペットを飼えるシステムを八城は開発することになる。それにより、幸せになった独居老人がいる。つまり、現代の幸福は、過去の不幸の積み重ねの上に成り立っている。それが世の常だ。

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