第8位 里瀬 匠

幼きライバル

 受験勉強を終えて無事に高校に入学できた里瀬家の長兄、里瀬 匠。受験期間中は、一切の娯楽を封印して勉強に励んでいた。その間に発売された漫画やゲームを買いそろえて、悠々自適な高校生活をスタートさせた。


 だが、受験期間中に我慢していたのは、匠だけではない。ずっと兄に遊んで欲しかった弟の昴と司も退屈な想いをしていたのだ。2人と比べてお姉さんである操は、兄に遊んで欲しくて拗ねるような年頃ではない。むしろ、家族よりも同級生の友人との時間を大切に想う年齢だ。


 里瀬家以外にも、匠の受験終了を心待ちにしている子供がいた。里瀬家と同じ町内に住んでいる兼定かねさだ家の長男、虎徹こてつ。昴より1学年下で彼の幼馴染である。


 小腹が空いた匠は近所のコンビニに買い物に行こうと出かけた。その通り道にある公園。近隣の小学生がよく集まって遊んでいる場所に、昴と虎徹がいた。彼らは携帯ゲーム機で遊んでいて、白熱している様子だ。外に出て遊んでいるのにやっているのが電子のゲームという正に現代っ子の鑑である。


「おー! 昴、こてっちゃん。外にいるんだから、ゲームでもしてないで体使った遊びをしたらどうだ?」


「兄貴ー! 体を使った遊びって2人で何ができるんだよ!」


「えーと……キャッチボールとか?」


「野球ボールもグローブも持ってないし、俺ら野球部じゃないし」


 平成の後期だった当時ともなれば、野球人気も全盛期に比べて低迷している。野球部でなければ、グローブやバットや野球ボールを持ってないのが普通である。放課後になると誰彼構わずに「野球しようぜー」なんて誘ってくる小学生は昭和生まれのフィクション作品くらいにしか存在しない。


「確かに、俺も野球やってなかったからウチには道具一式はないな」


「じゃあ、最初からキャッチボールなんて提案すんなよ。匠の兄貴」


 虎徹がピコピコしながら、匠に悪態をつく。虎徹はこの当時から口が悪く、言葉遣いを先生に注意されているけど一向に直す予定はない。友人の兄だろうが、相手が高校生だろうが、構わず噛みつく正に狂犬である。


 匠は2人に近づき、なんとはなしにゲーム画面を見た。そこに映っているのは、匠も良く見知ったキャラクターだった。


「お、カプクリの最新作か? 懐かしいな」


 カプセルクリチャー、略してカプクリ。カプセルの中に入っているクリーチャーを育てるゲームで平成の初期の頃に発売された作品だ。これは、社会現象を巻き起こすほどのブームを巻き起こした。それまでは、通信機能を使うゲームはあったものの、そこまで注目を浴びてなかった。しかし、この作品は、通信交換や対戦と言った要素を取り入れたことで、友達と通信する楽しさという概念を生み出した功績がある。もし、このゲームがヒットしなければ、ゲームの通信要素はここまでフューチャーされることはなかったかもしれない程偉大な作品である。それ故に、発売から10年、20年経っても今なお世代を超えて愛されるゲームである。


「俺らの世代よりも随分とスタイリッシュなユーザーインターフェースになってるな」


「ユーザー……? なんだそれ?」


 虎徹が未知の言語を話す宇宙人を見るような目で匠を見た。


「ユーザーとコンピュータがやりとりをするために間に挟まるものだな。画面のような出力装置だったり、コントローラーのような入力装置だったり、コンピュータに命令を下したり、その命令を処理したものをユーザーに返したりして……」


「日本語しゃべれ! 匠の兄貴!」


 小学生の虎徹に理解できないと感じた匠は別の言葉に言い換えることにした。


「えっと……俺らが遊んでた頃より、画面がかっこよくなってるな」


「そういう意味かよ。だったら、最初からそう言え。ユーザーインターフェースとかスタイリッシュとかわけのわからねえカタカナ使ってんじゃねえよ。意識高い系かよお前は!」


「ははは。悪かったよ。こてっちゃんにはまだちょっと早かったようだな」


 匠としては悪意のない言葉だったけれど、背伸びしたい年頃の虎徹はその言葉に傷ついた。


「んだと! 小学生舐めんなよ! 俺の最強カプクリ集団でぼこぼこにしてやるからな!」


 虎徹のその発言に匠は少し悩んだ。カプクリは子供向けという印象を持っていただけに高校生にもなって、小学生の遊びをするのは少し抵抗があった。でも、弟の友人が遊びたいと言っているならば、相手をしてやらなければという想いもあり……


「わかった。親戚から高校の入学祝貰ったし、それでハードとソフトを揃えてくる」


「ああ。早くストーリークリアして。パーティを揃えてこい!」


「一応、ストーリークリアまでは待ってくれるんだな」


「当たり前だ! 相手が力をつけてない内に叩き潰すのは卑怯者がすることだ! 万全の状態になるまで待っててやるからな!」


 というわけで、匠と虎徹はカプクリの通信対戦で勝負することになった。しかし、久しぶりに復帰をする匠には最新作の細かい仕様や環境などまだ把握してないことが多い。


「ごめんな兄貴。虎徹は口が悪いだけで、本当は兄貴と遊びたいだけなんだ」


「ああ。わかってるよ昴。こてっちゃんは俺に対抗心を抱いている。高校生相手に物怖じしないなんて、中々の大物だ。俺が小学生の時なんか、1学年上の相手にもびびり散らかしてたのにな」


 虎徹がここまで匠に対抗心を抱いているのには理由がある。それは、匠が何をやらせても虎徹の上を行くからである。年齢差を考えれば、仕方のないことだ。けど、虎徹の得意分野のゲームでは。昴や操を負かすことはあった。先程のカプクリの対戦では、虎徹が昴に勝っていたし、操と将棋を指した時は虎徹が余裕の勝利をしたことがある。しかし、虎徹が匠に勝てたのはジャンケンくらいなもの。単なる運の勝負である。


 昴や操には勝てた分野があるだけに、年上だから勝てないというのは言い訳にならないと虎徹自身は思っていた。だからこそ、どうしても匠に勝ちたい。その感情が尊敬に向けば、素直な子供に育ったが、対抗心や闘争心の方が強い虎徹。認めているからこそ、匠に対する当たりが強いのだ。



 匠がカプクリのストーリーをクリアして、クリーチャーの育成が完了した頃、虎徹と対決の日がやってきた。


「勝負だ! 匠の兄貴!」


「ああ。わかった」


「行け! ナオイエ!」


「それじゃ、俺はアパルカを出す」


 バッタをモチーフにしたクリーチャーとアルパカをモチーフにしたクリーチャーが画面に表示された。両者とも、自分のクリーチャーに技を指示する。


 先に動いたのは、匠のアパルカの方だった。それを見て、驚いたのはなんと匠自身だったのだ。


「え?」


 アパルカの攻撃を受けるナオイエ。ダメージを受けるも、ナオイエも反撃をする。ナオイエの攻撃がヒットすると、ナオイエの体力が回復する。


「は? なんで回復?」


「攻撃がヒットすると回復する持ち物を持たせているんだよ! まさか、持ち物の概念も知らない初心者か?」


「あ、いや……うん」


 そのまま、戦闘は続いて、ナオイエは倒れた。虎徹は続けて、マサムネギ、ゲロノウミを出すも、それらも匠のクリーチャーには歯が立たずに沈んだ。


「くそ! どうして勝てなかったんだ!」


「こてっちゃん。ちょっと、育てたクリーチャー見せて」


「ああ」


 匠は虎徹のクリーチャーを見て、勝てない原因に気づいた。


「これ……ナオイエの性格だけど、素早さが下降する性格になってる。ナオイエは速さを活かした高速アタッカーだから、素早さを上昇する性格じゃないと持ち味が死ぬんだ」


「おいなんだよ! 俺のナオイエにケチをつけるつもりか! こいつは四天王を倒した相棒だぞ!」


「旅パか……まあ、思い入れがあるなら性格はしょうがないにしても、持ち物は変えた方がいいな。ナオイエは耐久面が優れてないから、回復アイテムを持たせるのはあんまり良くない。回復してもすぐにやられるからな。攻撃力がアップする持ち物の方がいい」


「な、なんだよ! ついこの間、最新作を始めたばかりの癖に!」


 ネットの攻略情報を見て、戦術を組み上げた匠に対して、小学生ネットワークで強弱を判断していた虎徹。どちらが最適解に近いかは言うまでもなかった。小学生環境では、そこそこやれていた虎徹もいい歳した大人が本気で考えた構築に勝てるはずがない。


「ちくしょう! 覚えてろよ匠! いつかお前を負かしてやるからな!」


 そう捨て台詞を吐いて虎徹は撤退した。


「あーあ。ついに匠と呼び捨てになったか。まあいいか」


 この出来事から10年以上経った今でも、2人のライバル関係は続いている。片方が一方的にライバル視してようが、ライバル関係なのである。

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