水平思考ボツ問題

 ショコラが珍しく窓を拭いていて働いている。ショコラは自身が観測されていることに気づいたので、窓を拭いている手を止めて雑巾を後ろ手に隠した。


「あらら。見られてしまいましたね。水平思考クイズの方はどうでしたか? 作者の下垣の自作の問題なので粗があったら遠慮なく文句を言っていいですからね」


 ショコラが手早く掃除器具の後片付けをする。そして、観測者と視線を合わせてお辞儀をした。


「こほん。佐治様の最終問題でしたが、これにはいくつか候補があり、その中からあの問題が採用されたわけですね。折角ですのでボツになった問題と不採用理由も見ていきましょう」


 ショコラが紙の束を取り出して、それを読み上げる。


【同じ時代に生まれたのが運の尽き】

天才ピアニストの少年がピアノを弾こうとしたら、反対勢力の方が多かったので少年はピアノを弾けなかった。

一体なぜ?


「問題に情報が少ないと色々と質問して情報を引き出さないといけませんね。僭越ながら、初心者の方に向けてアドバイスをしますね。この場合の取っ掛かりとしては、ピアノを弾くシチュエーションの特定が欲しいですね。ピアノを弾く場所、動機、イベント等と関わりがあるのか。場所はバー? 少年は練習のためにピアノを弾いた? 少年はコンクールでピアノを弾いた? 等、そうした情報が欲しいですね。後は反対勢力もどんな人たちかの情報を落としたいところです。反対勢力はピアノのプロとか? 審査員とか? ですかね。ちなみに、解答から先程の質問をまとめるとこうなります」


場所はバー → ノー

練習のため → ノー

コンクール → イエス!

反対勢力はプロ → ノー

審査員 → ノー!


「これで、コンクールであること。反対勢力は審査員ではないので少年は審査で落ちて次のステップに進めないということではないことがわかります。もう少し、反対勢力の情報を落としましょうか。実は反対勢力は少年と同じ子供なのではないでしょうか?」


反対勢力は子供 → イエス!!

ついでに言うと反対勢力は少年の同級生 → イエス!!!


「反対勢力は少年と同じ子供であることがわかりました。さて、実は私は1つミスリードを仕掛けたのはわかりますか? コンクールと聞いて、みな様はピアノコンクールを思い浮かべたかと思います。実際、作者の下垣が他人にこの問題を出した時にコンクールの情報を早々に落ちましたが、ピアノだと思い込まれたせいで若干沼に入りかけました。沼に嵌ったと思ったら、発想を変えてみるといいです。ピアノだという思い込みを捨てて、実は合唱コンクールではないかと……という発想です」


コンクールは合唱コンクール → イエス!!!


「さて、ここまで来れば少年がなぜピアノを弾くことができなかったのか。勘が良い方や水平思考に慣れている方なら答えはわかると思います。実際、合唱コンクールであることが割れたら、すぐに正答が出ましたからね。数行の空白のスクロールを挟んで解答を貼りますので、自分なりの解答を組み立ててみてください。では、いきますよ」



















『少年のクラスには致命的な音痴が2人いた。

 合唱コンクールで指揮者とピアノを弾く人を決める際、

 音痴の1人は指揮者に回されて、もう1人はピアノがそこそこ弾けたのでピアノに立候補した。

 クラスの過半数が指揮者とピアニストの2人は歌に参加しないと気づいたので、そこそこ歌が上手かった天才ピアニストより音痴の方にピアノを弾かせようとしたのだ。』


「これが真実ですね。ピアノを弾かない人物は合唱に参加しない。音痴がピアノを弾けば合唱に参加せずに済む。その発想が出れば解ける問題でした。音痴に指揮者をやらせろと言うツッコミを防ぐために音痴を2人配備する細かな芸も忘れてません。さて、この問題の不採用理由ですが……インテリ集団なら瞬殺されるんじゃね? って思って難易度の面で不採用にしました。最終問題がこれだとちょっとガッカリするかなと判断した結果ですね」


 ショコラは見ていた紙の束を最後尾に追いやり、2枚目の紙を見た。


「さて、次の問題です。本来なら下垣はこの問題を出したかったみたいです。ですが、不採用になった理由を聞けば納得できると思います」


【発想を豊にして考えて下さい】

男は携帯電話の充電器を忘れた状態で数日間のキャンプにでかけた。キャンプ地が実家から近いということもあり、帰りの時に久しぶりに実家に顔を出したら男の葬儀が行われている最中だった。

なぜこのような状況になってしまったのか?


「はい。もうこれはですね。タイトルもギミックに含まれてますね。また長々と引っ張るのもアレなんで、さっさと答えを貼ります。ちなみにタイトルと問題文だけでがんばれば、答えは出せます。なので、例によってまた文章のソーシャルディスタンスを保ちます。あ、そうそう。別にがんばらなくてもいいです」



















『男がキャンプに出掛けている間に、男の家に停めてあったバイクが盗まれてしまった。窃盗犯は男のバイクを乗り回している最中にトラックに正面衝突してしまう。

 事故の衝撃で窃盗犯の顔は判別できないくらいに損傷。窃盗犯は自分の身元を証明するものをなにも持っていなかったので、警察はバイクのナンバープレートからバイクの持ち主を割り出した。

 念のために警察は持ち主に電話をかけるが、持ち主の男は携帯電話の充電を切らしていて応答することができなかった。

 更に遺族が遺体を確認したところ窃盗犯が男と似た体格であったために、遺族自身もこれが男のものであると断定してしまった。

 男は携帯電話を使えない状況であったために、実家に帰る際も実家に連絡を入れられずにサプライズ的に帰省をしてしまう。死んだはずの男が生きていて家族はかなり驚いてしまった。サプライズ大成功。』


「はい。尾崎豊の有名なあの曲の一節ですね。著作権対策で言えないのが歯がゆいですが。発想を豊にしろと言うのは、尾崎豊の発想になれという意味だったんです。作者の1番のお気に入り問題ですが、不採用理由は1つ。獅子王様が人が死ぬ問題を出したので、もう1度人が死ぬ問題を出すと物騒すぎるという理由です。最後は平和に終わりたいと思ったので、この問題は不採用にしました。残念」


 ショコラが再び紙の束をめくる。


「さて、まだまだ不採用問題は有りますが、尺の都合でこれを最後にしますね。これの不採用理由は簡単です。難しいけど簡単です」


【近すぎると気づかないもの】

テラは、自分の出身地が嫌いだった。だから、青く輝いている場所を目指して旅に出た。

しかし、目的地についたテラは絶望した。その一方で、希望を手に入れることもできたのだ。状況を解明せよ。


「はい。状況を解明せよとか言っているけど出来るわけがありません。青く輝いている場所の解明をして……やっとスタートラインですね。さっきの合唱コンクールが分かるだけで行けるものとは訳が違います。その解明をする取っ掛かりは……テラという名前。これがヒントになるとでも思ってるんですかねえ。では、さっさと答えを貼ります」





『テラは、地球人がテラフォーミングした異星で生まれた少年。テラは自分の生まれ育った惑星が嫌いだった。でも、空を見上げれば美しく青い輝きを放つ地球という星が彼の心を慰めてくれた。

 伝承の地球は、澄んだ水の恵みで緑が溢れている素敵な環境だった。テラは、全てが地球から持ち込まれた人工物で成り立っている自身の惑星とは違って美しいものだと信じていた。

 成長したテラは宇宙飛行士になり、地球に行くことになった。かつては、人類が住めなくなった星。それをもう1度再生しようというプロジェクトだ。

 遠くから見ても美しい地球は、近くで見るとさぞ美しいに違いない。そう思っていたテラ。

 しかし、汚染されていた地球は長い年月をかけて、より劣悪な死の星になっていた。錆びた鋼鉄の街、放たれる悪臭、汚染された海は青さこそ失ってはいないものの生命が生存できる環境ではない。青く美しい星は虚構のものだと知り絶望を味わった。


 だが、テラを慰めてくれたのはいつも空だった。テラが星を見上げるとそこにあるのは自分が生まれ育った星。その輝きは、テラの故郷から見た地球よりも遥かに美しい輝きを放っていた。

 その輝きに魅入られたテラは、自分の星にもいいところがあると知り、この輝きの星を大切にしようと決意して生きる希望を手に入れたのだ。』


「不採用理由を言いますね。ショコラ(賀藤琥珀)とビナー(賀藤真珠)に出す問題にしては難しすぎる。ゲスト回にこれ持ってくるやつは相当アレな人しかいませんね。こんなの解けるわけがありません」


 ショコラは肩をすくめて呆れた表情をする。


「さて、今日はこれでおしまいです。今回紹介した水平思考クイズを誰かに出してみたいという方は、遠慮なく出してもいいですよ。ついでに出典元として、本作を紹介して頂けると幸いです。それでは、またお会いしましょう」

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