第7位 賀藤 真珠

『配信者同士のデート』

 あるところに奇妙なカップルがいた。1人は表の顔の美少年配信者【トキヤ】と裏の顔の女装配信者【ヒカリソラ】の2つの枠を持つ少年、時光 翔也。もう1人の片割れは最近人気急上昇中のセフィロトプロジェクトのVtuber【ビナー・スピア】を演じている賀藤 真珠。


 翔也の方は、真珠の正体を知っているし、真珠は翔也がトキヤという名前で配信していることは知っている。だが、真珠はヒカリソラという女装配信者のことは全く知らないのだ。


 学校や表の顔では、爽やか系の美少年で通っている翔也。実際、真珠も翔也のそういった格好いい一面を見て好きになったわけである。でも、翔也は可愛いものを身に付ける趣味があり、自分自身も可愛くなりたいと思っているちょっと乙女チックな一面を持っている。昔から少女趣味で、少女漫画も隠れて読んでいたりした。


 別に体と心の性が一致していないわけでもない。性自認はきちんとした男性でありスポーツやアウトドアと言ったワイルドな男な趣味が嫌いなわけではない。恋愛対象も女性であるから真珠のことは大切に想っている。ただ、男らしさや女らしさと言ったことに囚われずに自分の好きなことを受け入れて生きているだけなのである。時に格好良くありたい、時に可愛くありたい。その時々のスタイルに合わせて自分のプロデュースする。それが時光 翔也なのだ。


 そして、そんな彼が好きになったのは、女子でありながら、少年のように活発でボーイッシュと評される真珠。女子力が高い女の子している子よりも、真珠のようなある種少年的な要素を持っている子の方が翔也の好みに合致する。


 真珠も元からこういった少年的な性格ではなかった。幼少の頃は、もっと大人しくてお淑やかな感じであった。それは女優になる夢を持っていたからこそ、自身の女性の部分を大切にしようと思っていたからだ。しかし、女優の夢を諦めてからは、その反動で中性的な振る舞いをするようになってしまったのだ。


 ある種、両方とも中性な性質を持つカップル。ある意味相性は良好と言える。


 学業や部活や配信業と大忙しの2人。お互いの予定がすれ違う日々が続き、やっとのことでデートできる日が来た。


 放課後、学校近くの映画館にやってきた2人。2人共中学生ながら、配信業でそれなりの額を稼いでいる。学割も相まってか、2人にとってはこの出費は全然痛くない。


 と言っても、翔也は主に贈与税が発生してしまうほどの貢ぎ物を特定の嗜好を持つ人からプレゼントされている。翔也本人もその可愛いプレゼントの山を気に入っているのだが、世の中には可愛いとは対極の憎い存在である税金というものがある。だから、確定申告の時に困らないようにある程度の余剰資金とプレゼントの代金の控えが必要なのだ。


 映画の座席を隣になるように予約して、いざ館内へ。今日は真珠のリクエストで女子中高生の間で流行っているラブロマンスを観ることになった。真珠はボーイッシュで男子っぽいところはあるが、恋愛観に関してはしっかりと一般的な女子と変わらないのだ。


「ごめんね翔ちゃん。私の好みを聞いてもらって」


「ああ、いいよ。その代わり、次の映画デートは俺が好きなの選んでいい?」


「うん」


 さり気なく、次の映画デートの約束を取り付けた翔也。これがモテる男子のやり方である。「その代わり、今度また映画デートしよう」と言う二択を投げると、拒否される可能性がどうしてもある。しかし、翔也の提示した選択は「代わりに映画デートの時は好きなのを選んでいいかどうか」である。つまり、それに対して「はい」か「いいえ」で答えたとしても、映画デートを前提としているので、ほぼほぼ確定で約束を取り次げるのである。


 更に言えば、真珠は自分のわがままを聞いてもらった負い目がある。そのため、翔也の要求を吞みやすくなっているし、それを叶えてあげることで真珠も気を遣わなくても済む。むしろ、この相手のために何かをしてあげたと思わせることで、その相手をより意識させる効果もあるのだ。


 人間とは不思議なもので、誰かにしてもらったことは忘れやすいのに、誰かにしてあげたことはいつまでも覚えているものだ。そして、それを理解していないと悲惨なことになる。好きな子にアピールするために、必死でなにかをしてあげているのに、意識してもらえない。むしろ、その好きな子に世話を焼かれているお調子者が付き合ったりするのである。アピールしていた方は、がんばっていたのに報われない。そして永遠にモテない。人間関係って面白いね。


 上映時間になり、映画泥棒に対する警告や制作中の映画の宣伝などが入る。それが終わり、ようやく上映が開始された。


 やたらと煙突がある街に住んでいる女性。彼女が飼っていたワニが死んだので、その傷心を癒すために旅行にでかけた。列車に乗って旅をする女性。そこに乗客の1人である男性と運命的な出会いを果たし、交際が始まった。


 最初はペットロスの傷を埋め合わせる程度にしか考えていなかった女性だが、男性のことを次第に本気で好きになっていく。2人は同棲を初めて、亡くなったワニの代わりにカエルを飼いはじめた。


 そしてなんやかんやあり、2人は結ばれてキスをした。キスシーンの時に、真珠が落ち着かない様子で翔也の方に手を差し出した。翔也は黙って、真珠の手の甲の上に自分の手のひらを重ねた。


 映画が終わり、映画館近くのファミレスで映画の感想を語り合うことに。


「なんであの街やたらと煙突があるんだろうね」


「100パーセント煙突いらなかったよな」


「今時、列車っていうのも珍しいよね。ないわけじゃないけど、鉄道が好きでもない女性が1人旅で乗るようなものなのかな」


「本当に列車とか大正時代かよって話だよな」


 映画の感想というよりかは、ツッコミどころで盛り上がる2人。


「でも、面白かったね。キスシーンはドキドキしちゃった」


 両手を頬に当てて照れる仕草を見せる真珠。


「わかる。絵面的には、特別なキスシーンってわけでもないんだけど、そこに持っていくための過程というか流れが良かった。やっぱり、恋愛は結果だけを求めちゃいけないよな。結果ももちろん大事だけど、そこに至るまでのプロセスを疎かにしたら、ムードもなにもないし」


「そうそう。翔ちゃんわかってるね。女心を理解しちゃってるの?」


「え、な、なに言ってるんだ真珠ちゃん! 俺は男だ! 女心がわかるとかそういうことはなくて……」


「え、なんで慌ててるの翔ちゃん?」


 常人なら引っ掛かりを覚えないようなところで、焦り出す翔也。普通なら、女心を理解している→女性を喜ばすすべを知っている→モテるという誉め言葉のようなものだ。しかし、翔也の捉え方は違った。


 女心を理解している→心は女の子→女装が趣味という、そっちの業界に浸かってなければ出ない発想をしてしまったが故の失態である。


「もしかして翔ちゃん……」


 真珠が訝し気な目で翔也を見つめる。まずい。女装癖がバレたかと身構える翔也であったが……


「浮気しているの?」


「ん?」


 全く予想外の追求だったので、翔也はリアクションに困った。だが、そんな翔也を見て真珠はニッコリとした。


「なーんて。翔ちゃんが浮気するわけないもんね。ごめんね。ちょっと言ってみただけ。欠片も疑ってないから。だって、翔ちゃんは私のこと大好きだもんね」


「それを自分で言うのか。まあ、大好きなのは否定しないけど」


「もう……翔ちゃん。私も好きだよ」


 その日の夜、翔也は女装配信の方で、友達と一緒にくだんの映画を観に行ったことを雑談枠で話した。ちなみに友達の性別には一切の言及はしないし、ツッコまれても上手い具合にはぐらかした。


 表の男装?配信の方では、男友達同士で見に行く映画ではないので話せなかったからだ。女性リスナーが多いが故に、トキヤは恋人はいないという設定で配信している以上は、女の影を少しでもチラつかせてはいけない。そう言った意味では、話す内容によって自由にスタイルを切り替えられるのは便利だと痛感する翔也なのであった。

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