第6位 賀藤 大亜

『ラブコメ主人公になり損ねた男』 賀藤 大亜の高校生時代

 男子高校生の賀藤 大亜。賀藤家の長男として生まれる。1つ1つの所作に育ちの良さが見受けられて、容姿も比較的美形の部類に入る。成績も優秀で清潔感もあり、やろうと思えば女遊びは、いくらでもできる恵まれた側の人間ではある。しかし、彼の性格は堅物で不誠実な交際関係は嫌うタイプである。


 そんな彼のギャップにやられた女子高生。宇佐美うさみ はじめ。後に白石ケテルと言う名のVtuberになる存在である。初は、軽薄な男が大嫌いで、その反面、大亜のような誠実な男性に弱いのである。


 そして、軽薄な男が嫌いだと言ったが、これは正確ではない。軽薄な女も彼女は苦手としていた特に――


「うぇーい! 大亜ちゃーん。今日も元気かー?」


 男友達と仲良く談笑していた大亜の背中に思いきり乗りかかり、胸の膨らみを押し付ける女子生徒。織部おりべ 明日香あすか。思春期の男子ならば、喜ぶであろうシチュエーションでも、大亜は明日香の行動にうんざりしていた。


「織部……俺は今、友達と話しているんだ。邪魔しないでくれ」


 呆れた表情で背中のこなき爺のようにくっついている物質を引きはがす大亜。引きはがされた物質は大亜を見て目を潤ませた。


「え? それは、私は友達じゃないってこと?」


 大亜は思わず不意打ちを食らってしまった。別に明日香を友達ではないと断じるつもりはなかった。しかし、そう解釈させてしまったのなら、明日香を傷つけたかもしれない。弁解の言葉を必死で考える大亜であったが……


「つまり、友達以上の存在ってこと?」


「どうした? 何か悪いものでも食ったか? “友達”だから相談に乗るぞ」


 斜め上の返しをする明日香だが、大亜は手慣れた様子で受け流す。最早定番の流れである。


「あのなあ。織部。いつも言ってるだろ。みんなの前で抱き着くのはやめてくれと」


 大亜としては、周囲の視線が痛かったり、後で男友達に揶揄からかわれるのを嫌っての発言だった。しかし、大亜本人は自覚していないが、この明日香のスキンシップが他の女子を大亜から遠ざけていた。尤も明日香にもそういう意図はなかった。ただ単に大亜に構って欲しかっただけなのだ。


 他の男子にこういうことしても喜ぶだけで、明日香にとっては何にも面白くない。しかし、大亜は明日香の行動を叱ってくれるのだ。父親の顔すら知らずに、愛情を受けられなかった明日香。だから、ついつい叱ってくれる大亜に甘えてしまうのだ。


「大亜ちゃんは私より男友達の方がいいの?」


「いや……どっちがいいとかそういうのじゃなくてだな」


 本音を言えば、大亜もウザ絡みしてくる明日香よりも男友達との時間を大切にしたい。けれど、それを言うと明日香が傷つくのをわかっている。しかし、明日香の方が大切だと言っても、男友達もいい気はしないことを理解している。だから、この場ではどっちが上かなんて言うことはできない。


「ハッキリしないね! そんなに男の子が好きだったら、私にだって考えがあるんだから!」


 その考えはロクなものではなかった。バレンタインが近いということもあってか、明日香は大量にチョコを買って来た。そして、そのチョコ全てにクラスの男子全員のメッセージカードを添えて、大亜宛てに机や下駄箱に配置するという嫌がらせをしたのだ。これは後にホモチョコ事件と呼ばれて、大亜にちょっとしたトラウマを与えることになるが、それは別のお話だ。


 別のとある日。日直だったので日誌を書いていた大亜。教室に残っているのは、明日香と大亜だけ。大亜の席の前の机に座って、明日香は足をブラブラさせていた。大亜は顔を上げれば、“明日香のスカートの中が見えそうで見えない”という光景を見れた。こういったシチュエーションが1番興奮する変態も世の中にはいる中で、堅物の大亜は明日香には目もくれずにひたすらに日誌を書いた。


「ねえねえ、大亜ちゃん」


「なんだ」


 やや雑に返す大亜。これが他のクラスメイトだったら、もう少し丁寧に対応したのだが、相手は大亜に良くちょっかいをかけてくる明日香である。大亜は毎回ハッキリとやめろと言っているのに一向にやめない明日香である。この絶妙な感じが、アホな方の妹を思い出させて、大亜の心を苛つかせた。


「大亜ちゃんは、どうして私に構ってくれるの? 私だって大亜ちゃんが相手にしてくれるから、こうして絡んでいけるわけだし……本当に嫌だったら無視するよね? そうしたら私は大亜ちゃんの元から離れちゃうけど……」


「どうしてって……そりゃあ、お前に絡まられていると安心するからだよ」


「え? それって……」


「俺が食い止めている間は他の人に被害が出ない。俺1人の犠牲で済むなら安いものだ」


 大亜は明日香のイタズラが他のクラスメイトに向かわないように、自己犠牲の精神で明日香を食い止めていたのだ。明日香は構えば構うほど、より絡んでくるタイプだというのは大亜も知っていた。叱られて喜んでいるんだろうなということも感じていた。大亜も親が家に良くいる方ではなかったから、明日香の気持ちは少しは理解しているつもりだった。


「なにそれ。そんなこと言われても全然嬉しくないよ」


「あはは。別にお前を喜ばせるために言ったわけじゃないからな」


 やや冗談気味に返す大亜。それに対して明日香はそっぽを向いた。


「ふーんだ。そんな意地悪するんだったら、大亜ちゃんの傍から離れちゃうから。


「やめろ」


「え?」


「俺の傍から離れんなよ」


 大亜が日誌を書いているシャープペンを止めて、明日香の目を見て言った。明日香の心拍数と体温が上昇した。


「俺はお前のことをずっと見ていたいんだよ。だから、俺の目の届く範囲にいろ。わかったな?」


「え……は、はい……」


「やけに素直だな。まあいいや」


 大亜の言葉に素直に肯定してしまった明日香。大好きな大亜に言われて嬉しいことが明日香の頭に響いている。明日香は大亜の発言を、好意的に解釈して、愛の告白だと勝手に受け取った。


 しかし、その実は、大亜は明日香のことを監視対象として見ているという発言だった。いつも何かしらやらかす真鈴に言い聞かせるように。まだ幼くて、少し目を離しただけで、何をしでかすかわからない真珠に注意するように。そういう意図の発言だった。要は明日香は、バカとガキと同格ということだ。


 そう、全ての運命の歯車は、この日狂ってしまったのだ。そのまま時は流れて、卒業式の日。今までヘタれていて何もできなかった初。彼女が勇気を出して大亜に告白しようとした。黙って、告白していれば成功したかもしれない。けれど、彼女は恋愛に対しては積極的なタイプではない。今までも、デートに誘うつもりで誘えなかったり、苦い思い出も沢山あった。


 だからこそ、同じ轍を踏まないように女友達数人に大亜に告白することを話した。そうすることで、女友達にプレッシャーをかけてもらい、逃げ出さないように、ヘタレないようにするためだった。


 初が告白するという話は、明日香の耳にも入った。明日香としては、自分が大亜と付き合っているつもりだったので、初は確実に断られると思っていたのだ。告白は、フラれる方ももちろんだけれど、フるほうもダメージがある。初と大亜が傷つかないように、明日香は自分だけが真実だと思っている歪んだ真実を伝えた。


 しかし、その日最も傷つくことになるのは、明日香だった。明日香としては付き合っているつもりだった大亜に堂々と付き合っていないと言われて、今までのムーブが全て単なる彼女面でしかないことを悟る。


 顔から火を噴きだしそうになるほどの恥を受けた明日香。いっそ消えてしまいたいと思うくらいの恥だが、これで済めばまだ可愛い勘違いで済んだ。


 明日香はこのショックすぎる出来事で頭がいっぱいで、初のことをスッカリ忘れていた。もし、明日香が初が学校を後にする前に、真実を伝えられていれば、2人の関係は壊れなかったかもしれない。


 数年後、初は“明日香と大亜が付き合っていたことが嘘”であることを知ってしまい、明日香との関係は修復不可能な程に悪化してしまった。初は珍しく頭に血が上っていて、明日香の言い分をまるで聞かなかった。初の怒りは正当なものだし、冷静な判断ができないのも仕方ないと言えば仕方ない。だが、明日香の言うことに耳を傾けていたら、また違った結末を迎えたかもしれない。


 その後、明日香はマルクト・テラーというVtuberになり、後輩の白石ケテルと仲が悪いキャラでバチバチにやりあうことになった。そして、大亜の妹の真珠がビナー・スピアとして巻き込まれることになる。それは、何の因果かは誰もわからない。

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