第5位 賀藤 真鈴

『女3人の大掃除』

 賀藤 真鈴の住んでいる防音マンション。そこに2人の来訪者がやってきた。


「やっほー。マリリンおはよー」


「お邪魔します。相変わらず汚い部屋ですね。1週間ほど前に掃除したとは思えません」


 エレキオーシャンのボーカルのMIYAとドラムのフミカ。2人は真鈴の動画を手伝う名目でちょくちょく来ているが……


「やあやあ。2人とも。今日も私の部屋の掃除の手伝いに来てくれてありがとう」


 なぜか家主でもあり、企画主でもある真鈴が本来の目的を忘れている。これは仕方のないことだ。真鈴は主記憶容量メモリが小さい。料理動画を撮る目的を先に入れる。その後、そのためには掃除しなきゃという思考が入ると目的が解放リリースされてしまうのだ。むしろ、正常。少ない脳みその資源を活用するために、これでも脳の司令塔は頑張っている方なのである。


「ねえねえ。マリリン。このスカートのレース部分、引っ掛かって破れた後があるよ」


「え、嘘! それまだ1回しか着なかったのに、ええ……白色で可愛いから気に入っていたのに」


 MIYAに指摘されてスカートの破損状態を確認し、肩を落とす真鈴。


「雑に脱ぎ捨てるから、知らないところで引っ掛かって破けるんですよ」


「ねえ、フミカ。そのスカート可愛いね。良かったら、フミカが今着ているそのスカート。私のこのスカートと交換しない?」


「しません」


「しょうがない。これは部屋着にするか。明らかにデートにも使える勝負服を部屋着にするとか逆にリッチな気分になれない!?」


 バカは落ち込まない。反省という概念がないからだ。


「マリリンってデートする相手いるの?」


「MIYA。身長が1センチ縮むのと、伸びるの。どっちがいい?」


 真鈴はMIYAの頭頂部を掴みわしゃわしゃと撫でる。


「リゼの身長を1センチ伸ばしてあげて」


「あはは。1センチ伸びたところで小さいままだけどね」


「えー。でも、小さいところも可愛くて良いと思うけどねー」


「2人共。リゼがそれを聞いたら確実に怒りますよ」


 本人がいないところで言いたい放題である、


「さて、くだらないこと言ってないでさっさと掃除しますか。撮影する時間がなくなってしまいますからね」


「普通撮影する前日に掃除くらいしないかなー」


「MIYA。私も流石に毎回掃除してもらうのは悪いと思ってるよ。だから、昨日はちゃんと掃除した。掃除して……これ」


 掃除する前は最早想像することができないほどの汚さであった。


「相変わらず物が散乱してますね。ゴミ箱のすぐ近くに鼻をかんだティッシュがありますね。なぜ、ここまで近くに来たのにゴミ箱に入れないのか理解に苦しみます」


「ああ、それ。ティッシュを投げてゴミ箱に入れようとしたら外したんだ」


「え……これ、ペダルを踏まなきゃ開かない蓋つきのゴミ箱なんですけど……」


「あ、本当だ」


 最早、異次元のレベルのバカさ加減に流石のフミカも恐怖を覚えた。人は人知を超えたバカに遭うと恐怖するのだ。


「ねえねえ。マリリン。あの干してあるトランクスはなに?」


 MIYAが部屋干ししてあるトランクスを指さした。真鈴に恋人も同棲している相手もいないのに妙だと感づいたMIYA。もしかして、裏でこっそり付き合っている人物がいるのではないかと密かな期待をするMIYAだったが……


「えー、MIYA知らないの? 女性の一人暮らしは危ないんだよ」


「ん? ああ、うんそうだね」


「だから、女性もの衣類だけを干していたら犯罪者に狙われるんだって。だから、男性用の下着を買って干しているんだ」


「部屋干し……しかも、外から見えない死角の位置で……?」


 真鈴の真剣なまなざしを見ているとMIYAは何も言えなかった。女性の一人暮らしで防犯上、男性ものの衣類を干すのは自衛のために有効なこと。しかし、それは外から見える位置に干さなければなんの意味もなさないのだ。


 なんのための道具かを理解しないでただ使っているだけ。正に思考停止の極みである。


「あ、10円見つけた。ラッキー」


 自分の部屋で落として自分の部屋で見つけた10円玉を自分で発見する真鈴。ラッキーな要素は何1つない。


「ねえ、マリリンはなんで掃除が苦手なの?」


 MIYAがふとした疑問を口にした。


「なんでって? なんでだろうね。私、昔から要領が悪かったんだよ。まあ、掃除に限った話じゃないけどね」


「でもでも、マリリンは料理の才能があるわけじゃん。それはなんで得意なの?」


「うーん。なんでかな?」


「正確な分量、適切な火加減と調理時間。それらを完璧にこなすのは中々に難しいはずですが、マリリンは不思議とできているんですよね」


「私だって最初から料理が上手かったわけじゃないよフミカ。適当に料理作って失敗してママに怒られたこともあったし……でも、ちゃんとレシピ通りに作ったら、家族のみんなが笑顔になってくれてね。優しいパパはもちろん、普段は私に厳しいママも、私をバカだと思っているお兄ちゃんも、私を姉と認めてくれてない弟も、小さい頃は可愛かったのに、今では先に彼氏作りやがった妹も……みんなが私の料理を食べている時は笑顔になってくれた。それが嬉しかったな」


 子供のころの成功体験の積み重ねが、真鈴の中の料理の興味を育て才能を開花させた。昔から何をやらせても、要領が悪くて応用が効かなくて習得が遅かった真鈴。その分、色々なことに苦手意識が芽生えてしまって、よりダメな方へと流れていった。


 だが、料理はレシピ通りに作ったら成功したので、得意だと思い込んだ単純な真鈴は、料理の腕と応用力をメキメキと付けていったのだ。ある意味、そうした自己暗示を強くかけることができるのは単純バカの特権なのかもしれない。


「なるほど。レシピ通りですか。確かに偉大な料理は先人たちのお陰で、手順通りにやれば大きな失敗はしませんね。詳細に書いてくれているレシピもありますから、自分の頭で考えるのが不得手なマリリンが挑戦する入口としては良かったのかもしれませんね。それに比べて、掃除はケースバイスケース。毎回汚れも落ちているゴミも違いますし、これが絶対的に正解だという指南書はありませんからね」


「そうなんだよフミカ~。掃除にマニュアルはあっても大まかすぎて、どうしていいのかよくわからないんだよ」


 会話も織り交ぜながら、3人で手分けして掃除していく一同。そして、きちんと部屋を一時的に綺麗にすることに成功した。


「2人共ありがとうお疲れ様」


「いやいや、まだ料理動画を撮ってないよマリリン! 疲れるのはこれからだよ!」


「あ、そうだった。丁度お昼になったし、ちゃっちゃと作っちゃおう」


 そうして、撮影が開始された。真鈴は手慣れた様子で、本日のメニューであるタンドリーチキンを作っていく。肉を漬け込む工程を一旦見せる。しかし、漬け込みが終わるには、それなりの時間待たなければならない。だから、予め用意しておいた漬け込んだ肉を使う手法をとり、スムーズに動画を撮影した。


 完成したタンドリーチキンの実食タイム。


「美味しい。流石マリリン。これお店出せるレベルじゃない!?」


「ええ。そうですね。中々に深い味わいです。それに、スパイシーな香りがマッチして食欲を誘いますね」


 真鈴の作る料理を目当てに掃除を手伝ったり、撮影を手伝っている2人。正にギブアンドテイクの関係になっているのだ。


「さて、この動画撮影用に漬け込んだ肉はどうしよう……実家に持って行ってあげようかな」


 自分の手料理を家族に振舞いたくなった真鈴。MIYAとフミカを家に帰した後、タンドリーチキンを持って実家に突撃した。


「やっほー。私のお帰りだよー」


 意気揚々と時間的には夕食直前に割り込んできた真鈴。しかし、時すでに遅し、賀藤家の食卓にはフライドチキンが並んでいたのであった。


「あれ? 今日はどうした真鈴。食費がなくなって、たかりに来たのか? 1ピースだけだったら、俺のを分けてもいいぞ」


「違うよお兄ちゃん……なんで、せっかく! チキンを持ってきてあげたのに、なんでチキン食べてるの!」


 人は決まった時間に夕食を摂るとは限らない。少し早めの夕食でしかも、フライドチキンを買って来たという奇跡的な間の悪さを発揮する真鈴なのであった。

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