CLOSED PANDEMIC編 第15話 おまたせ

 琥珀からコントローラーを受け取った操は、華麗な運転で急カーブを次々に処理していく。


「わあ! 凄いです師匠! こんな特技があったんですね!」


「これくらい普通だ。運転していれば掴める感覚だ」


 操は琥珀に褒められても謙遜してみせた。しかし、これは謙遜というよりかは、琥珀の運転が致命的に下手なだけ。普通の人でも、初見クリアできるくらいの操作性だ。つまり、操の言ってることは事実である。


「リゼさんがんばれー!」


 夏帆の応援も受けて、やる気が出てくる操。崖の地点を抜けて、ついにゴールまで辿り着いた。


 画面が暗転して、主人公は回想に出てきたボスの前に立っていた。ボスは書類を見た後にため息をつく。「ニコラスのことは残念じゃったな」とボスが同情気味に主人公に話しかける。主人公は俯いて、ボスに顔を見せないようにした。周囲から見ると相棒を失って、涙を見せないように堪えているように見える。が、その実は口角が上がり、笑いを堪えているだけだった。


 ボスは小切手を主人公に手渡して「約束の報酬だ。好きな金額を書くと良い」と格好つけた。そして、窓越しに遠くを見るボス。その表情はどこか寂し気だ。ボスは失敗した部下には厳しいが、自身に忠誠を誓う有能な部下の死は悼む性格。主人公の報告でニコラスは立派に感染者と戦ったと告げられていたので、余計にしんみりとしてしまう。


 場面が変わって、とある研究施設。下着姿にさせられて、全身がチューブに繋がれているマクシミリアンとヒルダ。彼らは目を瞑っていて、周囲の状況に何の反応も示さない。最後に意識があったのはいつなのか。それも彼らにすらもうわからない。


 彼らの体は、しばらくの間は研究され尽くされるであろう。人類と今後共生していくであろうウイルスの変異株の最初の被験者。そのデータを収集するために、ウイルスの安全性が完全に保証され、認可されるまでは……否、されたとしても彼らの処遇が改善される見込みはない。


 2人の研究者がそれぞれ、マクシミリアンとヒルダに近づく。そして、彼らの腕に注射をした。「ウイルスの投与終わりました。変異株感染者はγウイルスに対して、どのような免疫反応を示すのか。引き続き観測します」と研究者が上司らしき人物に報告した。


 平然と行われる非人道的行為。研究者たちの表情が消えて、無表情になる。ただただ感情の見えない研究者が、感情を奪われた“サンプル”を観測する光景が続く。


「ええ……きついよこの光景」


 子供がプレイしたらトラウマになりかねない展開である。ホラーゲームは推奨年齢が高めの傾向がある。これに関しては、ほとんどのプレイヤーが納得の高さと思うのであった。


 酷い光景の後、0が沢山ある小切手を見て、ほくそ笑む主人公。窓から差し込む月明りに照らされた主人公は小切手を金庫に入れて大切に保管した。


 そして、行動を終えた主人公は暗闇の部屋で就寝した。主人公が目を瞑ると同時に画面が真っ暗になる。十数秒ほど、なにも起こらない時間。しかし、それを耐えきった時に、ドス、ドスと何かの足音が近づいてくる。琥珀たちは、スピーカーで聞いているが、これがもしヘッドホンだったら確実に臨場感がある音である。


 がばっと音と共に主人公が目を開く。視界にいたのは、置いてきたはずのニコラスだった。「ニコラス! お、お前生きて……!」と主人公は幽霊を見るような目で見た。(ニコラス。どうやって戻ってきたんだこいつ。まずい。生きているのに放置して、車で勝手に帰ったことを根に持ってるのか)と考える主人公。しかし、ニコラスはニコッと笑った。


 ニコラスは主人公の頬に手を当てて「おいおい、金縛りにでもあったかのように動かねえじゃねえか。相棒だろ? そんなに怖がるなよ。ショックだな」と語るニコラス。しかし、主人公の顔は一瞬にして青ざめる。(手が冷たくて少し硬い。まるで死人の手に触られているかのようだ)と絶望的な思考をする。


 ニコラスは歯を見せた。そこの歯には明らかに人間のものではないくらい鋭い牙があった。それを見せた後にニコラスは「俺はお前に感謝しているぜ。お前のお陰でこの肉体を手に入れることができたんだからな」と主人公の頬に爪を立てるニコラス。鋭い爪で主人公の頬が切れて血が流れる。


 「お前は感染してないし、血を見てもなんとも思わない。いや、もう感染しようがしまいがどうでもいいか。ウイルスは確かに変異した。だが、変異先が1つとは限らない。見ろよアンバー。俺のこの姿をよ!」とニコラスが言うと、彼の頭から毛がボーボーと生えてきた。いや、それだけじゃない。全身からも毛が生えてきて。それはもう人間と言うより獣の類。元から筋肉質だった体が更に肥大化して、凶暴な筋肉をつけた。「K-UMAに変身するウイルス? 人間に変身するウイルス? まあ、どっちでもいいや。俺も自分の正体を忘れた。意識を保ったまま変身できるんだぜ? だがな。本能は抑えきれない。まあ。アンバー。お前美味そうだな」


 金縛りにあって動けなかった主人公。それに対して、凶暴なパワーを得て、代償に理性を失わなかったニコラス。最早勝負にすらならなくて、画面が暗転した。


 翌日の朝のニュースキャスターがニュースを読み上げる。アンバーという人物が行方不明になった。ベッドには血がびっしりとついていて。そのDNA鑑定するとアンバーのものだった。しかし、血は見つかっても遺体が見つからないというニュースが来ていた。そのニュースをアンバーの部屋のテレビで見ていた髪の生えた人間に戻ったニコラス。彼は腹をさすって、「いるさ。ここにな」と言いゲームはバッドエンディングを迎えた。


「いやー。いいエンディングだったね。賀藤君。主人公が飛散な目に遭って最高ですよね? リゼさん」


「ああ。そうだな。一部、嫌なシーンもあったけれど、私はこのエンディングはアリだと思う。ホラーにおいては、見捨てた相手に襲われたり、殺されたり、復讐されるのがお約束みたいなところがあるからな」


 夏帆と操はバッドエンディングとはいえ、一応エンディングを見られて変な達成感を持っている。因果応報的なオチで、主人公の死はある意味グッドエンドにはなる。ハゲも化け物にはなったけれど、髪が生えて良かったねというオチだ。しかし、変異株持ちの2名の犠牲を良しとすることはできない。メリーバッドエンドと言うのが相応しいか。


「結局、アンバーは熊の餌になるのか。でも、このニコラス熊の正体がわからないな。ニコラスが熊になったのか、それとも熊がニコラスになったのか。鶏が先か、卵が先かみたいな話だけど……その辺はどうなんだろう」


「確かに。その辺の謎はこの明かされてないな。そういえば、鶏か卵の話になった時に、遺伝学的には卵の方が先だとフミカは言ってたな。この場合の卵は……どっちだ?」


「ウイルスの感染源である熊ですかね……?」


 琥珀と操は、ニコラス熊の正体について語っていた。ちなみに、エレキオーシャンで鶏と卵の話になった時、真鈴は真顔で「鶏よりヒヨコの方が先じゃないの?」と趣旨を理解してなかったので、その話の発言権を失ってた。


「単純に熊とニコラスが合体したとかかな? そっちの線もあるかも?」


 ここで、夏帆が新たな学説を提唱する。


「おお。流石夏帆ちゃんナイス! いい発想だ」


「えへへ。リゼさんに褒められちゃったー」


 もう、データをロードして、真のエンディングに挑戦してもいい頃合いだけど、なぜかエンディング考察が盛り上がり始めた。ゲーム機はただ、次の入力を待つばかり。


 そして、ニコラス熊の正体は――



 制作者の人はなんにも考えてなかった。それが現実。

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