CLOSED PANDEMIC編 第14話 バッドエンドまでが遠い(´・ω・`)

 病院から出るとムービーが始まった。病院の出入り口の前には、ベイカー医師の娘、ヒルダ・ベイカーが立っていてその手にはナイフが握られていた。ヒルダは「いやあ!」と言いながら、主人公にナイフを刺そうとする。


 しかし、主人公はヒルダの攻撃を避けてすぐに彼女の腕を掴み関節技を決めた。「痛い! 痛いよ! 離して!」と泣きながら拒絶するヒルダ。彼女の握力が弱まったところで、主人公はナイフを奪い取り、刃を当てないようにしてヒルダの首にナイフを当てた。「次、妙な真似をしたら殺す。一応、保険のために2人は生かしてやるつもりだが、俺は気まぐれだ。気が変わらなきゃいいな。ひゃっはっは」とヒルダをいたぶるようにナイフを上下に動かした。


「なにこの笑い声。主人公の笑い声じゃないんだけど」


「主人公の行動でもないな」


 夏帆のツッコミに乗っかる操。主人公が裏社会の人間だと正体が明かされてからのクズムーブが止まらない。


 ヒルダは主人公を睨みつける。「私を殺したければ殺せばいい。そうすれば、マクシミリアンは確実に助かるんでしょ!」と発言するヒルダ。主人公はヒルダの臀部を思いきり蹴りつけた。鈍い音と共に「あぐ……」と声を漏らすヒルダ。「俺が嫌いな言葉を吐くな。自己犠牲の精神で高潔なことを言う奴は反吐が出る!」と吐き捨てる主人公。


「反吐が出るのはお前だよ」


 ごもっともな正論を言う夏帆。操は隣で頷いている。ここまで来ると流石の琥珀も、この主人公に自分の名前の英語読みを付けたことを後悔している。


 主人公はヒルダの体を拘束したまま、彼女を歩かせた。目指す方向はマクシミリアンが拘束されている家だ。ヒルダは恐怖で体が引きつりながらも主人公の指示に従うしかなかった。


 家に辿り着いた主人公たち。マクシミリアンは、主人公に拘束されているヒルダを見て、主人公に軽蔑の眼差しを送った。「お前! ヒルダになんてことをするんだ!」と憤慨するマクシミリアン、「うるせえ。騒ぐなガキ」と主人公は吐き捨て、マクシミリアン同様にヒルダを拘束した。


 主人公は、採血用の注射器をヒルダに見せつけた。そして、ニヤリと笑い「おい。娘。お前の血を少しもらう。安心しろ。あの病院にあった注射器じゃない。流石に何十年も前の注射器を使う気にはなれんからな。俺の自前の注射器だ」と言ってヒルダの腕を掴んだ。


 「ひっ」とヒルダは声を絞り出そうとした。隣のマクシミリアンが「やめろ!」と言うもこの極悪人がやめるはずもなく、「安心しな。職業柄、注射を打つのは慣れている。と言ってもお医者様じゃねえぞ。うちの組織からお薬を買った人に打ち方を教えるために、購入者の体に打つサービスをしていたのさ」と逆に恐怖を煽るようなことを言う。


 そして、注射を打つ主人公。しかし、上手く血管に刺さらなかった。「うーん。すまん。失敗した、もう1回チャンスくれ」と軽々しく言う。「そんなに睨むなって。ベテランの看護師でも採決をミスすることはあるんだからさ。素人の俺がやらかすのはしょうがないって」とまるで反省してない様子だ。


 画面が暗転して、採血が終わった主人公が注射器を持って「よし」と言う。(本来なら、感染者の血を抜くために持ってきたものだけど……熊避けに使うことになるとはな)と思考して一連のイベントは終了した。自由に歩き回れるようになった主人公。ヒルダに話しかけると彼女は「……」と返して、マクシミリアンに話しかけると「お前、ロクな目に遭わないぞ」と睨まれた、


「ねえ、賀藤君。どこかにガスが漏れてるところないかな? そこでタバコ吸える?」


「急に言われてもそういう場所は思い浮かばないかな」


「むー。こういう時、ショコラちゃんなら主人公を自爆させて、ざまあしてくれるのに!」


「ははは……」


 そのショコラの魂が現在プレイしているのだ。しかし、中々に爆発する機会には恵まれず、制作者もこの周辺には爆発イベントを仕込んでないのだ。作られていない爆薬は、いくら爆発に一方的に愛されたサキュバスでも爆破できない。


 家の外に出ると主人公は(待てよ……ニコラスを置いて帰るのも有りか? あいつは放っておけばどうせ熊に殺される。そこで名誉の殉職をしたことにすれば、報酬は俺が独り占めできる)と下衆なことを考え始めた。


「うわ、こいつ相棒まで裏切ろうとし始めた」


 これまで助けたり、助けられたりした相棒に対する仕打ちがこれである。夏帆でなくてもドン引きする心情である。


「わかってないな。こいつは。グループで活動しているなら、報酬はみんなの物だ。分け合っているその瞬間も、これまで一緒に頑張ってきたことを思い出せて笑い話ができるのに」


 エレキオーシャンというバンドを組んでる操。そのバンドも利益も得られる程度には活躍しているし、得られたお金も公平に分配している。4人で分けることで当然1人あたりの報酬は減るが、分ける人数が3人、2人になったりするのはメンバーの脱退を意味する。報酬が減ることは、メンバーと一緒に活動できることに比べたら本当に些細なこと。安いものなのだ。


「まあ、お金に汚い人同士なら、分け前で揉めることもありますからね。みんながみんなエレキオーシャンみたいにお金にきちんとしているわけではありませんから」


 琥珀の言葉に、操はあることを思った。真鈴はお金には汚くはないが、だらしないタイプだ。つまり、お金にきちんとしていないメンバーが1人いるわけだ。琥珀と2人きりの時だったら、操も真鈴をディスる発言をできた。しかし、真鈴が最推しの夏帆の前で、真鈴をディスる発言をできない。それをすれば、操の心が痛む。


 【このままニコラスを置いて帰還することができます。帰還しますか?】と言うシステムメッセージと【もちろんさ。相棒より金だ!/帰りは面倒だからあいつに運転させよう。ガソリン代はニコラス持ちな】という二択のメッセージが流れた。選択肢から感じ取れるカスっぷり。


「まあ、多分ニコラス置いて帰ったらバッドエンドになるんだろうけど……先にバッドエンドから回収しようか」


 と琥珀は【金】を選んだ。画面が暗転して、ニコラスが乗ってきたと思われる車に、ヒルダとマクシミリアンを無理矢理詰める主人公。運転席に座り、シートベルトを締め、車を発進させた。


「いくら、誰も来ないであろう場所とはいえ、鍵が差しっぱなしなのは不用心じゃないの?」


 夏帆が疑問を呈した。それに対して、操は少し考える。


「多分、ニコラスは自分にもしものことがあった時を考えていたんじゃないか? 車のキーを自分が持っていると主人公が運転できなくなる。だから、いつでも車を出せるようにしてくれてたとか」


「ハゲ良い奴すぎでしょ」


 操の言葉に夏帆は感銘を受けた。


「いや、アイツも極悪人だよ」


「そうだった」


 琥珀の真っ当なツッコミに夏帆はハゲを見直すのをやめた。


 こうして、見た目は子供、年齢は老人の男女を乗せた車を操作するゲームになった。


「え、あれ? これ、俺が運転するの!?」


「あっ……」


 なにかを察した操。ショコラの魂を知っているからこその反応である。ここは崖がある道。急カーブもあるわけで、琥珀にそんなカーブを曲がる技術はない。


 その結果——


 崖に突っ込む車。悲鳴をあげる主人公。画面が暗転して、なにかが大破する音。ゲームオーバーの演出。


 バッドエンドにすら辿りつけない琥珀。夏帆は琥珀の運転が下手だとは思わなかったので、ポカーンとしていた。このゲームには、琥珀には回収できないエンディングがあるらしい。しかも、それがトゥルーエンドではなくて、バッドエンド。


「Amber君。私が操作を変わろうか」


「お願いします。師匠」


 こうして、ついにプレイヤー交代する珍事が発生した。師匠がいてくれて良かったと琥珀は思うのであった。

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