CLOSED PANDEMIC編 第13話 熊とウイルスの相関
主人公とニコラスは特に指し示してもいないのに、懐中電灯の明かりを消して身を潜めた。大部分の生物が視力に頼るように、熊も暗闇ならば主人公とニコラスの位置がわからないと踏んだのだ。暗闇に紛れてやり過ごす作戦を取る2人。熊のリアルな息遣いと足音が近づいたり、離れたりを繰り返す。
ふごふごと熊が鼻を鳴らす。熊の足音がどんどんと近づいてくる。ドクンドクンと、主人公の心臓の音が高鳴ってくる。その時だった。ガシィと言う効果音が大きく鳴り響いた。
「ひぃ!」
突然のことに夏帆は小さく悲鳴をあげて画面から目を逸らした。琥珀と操は落ち付いてゲーム画面を見ている。
主人公は慌てて懐中電灯を点灯させた。主人公の肩は既に熊に掴まれていた。ニコラスは「うわぁああああぁ」と悲鳴をあげて、主人公を置いてどこかへと逃げ出した。(これで終わりか)と主人公が諦めたその時、熊の顔が主人公の頬に近づき、彼の顔をペロペロと舐め始めた。
(なんだ何が起こっている)と不審がる主人公。(助かったのか?)と心の中で安堵をする。主人公に興味を失った熊はその場をドスドスと足音を立てて離れていく。まだ地下室をうろついているようだけど、主人公は安全を確保できたようなので安心して懐中電灯を点ける。そして、地下室の階段を上り、後にするのであった。
地上へと戻った主人公。周囲を見回した後に(ニコラスとはぐれてしまったな。あいつは今どこにいるんだ? まだ地下室にいるのか?)と一応心配して見せた。(俺は熊に襲われてなかったみたいだけど、襲われない条件が不明瞭なまま、また地下室に戻るのは危険すぎる)と判断した主人公。明るい所に出たので、熊に遭遇する直前に手にした資料に目を通した。
―—―—
動物の持っているウイルスが人間へと感染する。過去にも実例があり、それによって人類は何度も大きなパンデミックを引き起こして来た。だからこそ、我々は警戒するべきだったのだ。K-UMAがウイルスを持っている可能性を……
K-UMAを発見した我々は、K-UMAの生態を調査した。その中の1人がK-UMAの食生活を探るべく、糞を調査したのだ。知的好奇心に囚われた調査員は、寝る間も惜しんで糞の内容物を解析していた。だからこそ、我々は彼が徐々に異常行動を起こしていくのに気づかなかった。どうせ、寝不足が原因で奇行に走っているだけだろうと判断したのがまずかった。奇行の原因は、K-UMAの糞を媒介にして広がったウイルスのせいだったともっと早く気づくべきだったのだ。
彼の皮膚が黄色になったころにはもう手遅れだった。黄疸のできたその体は、最早人間と呼べるほど理知的な生命体ではなかった。彼だけではない。何人かの調査員も奇行を繰り返している。たまに正気に戻る調査員もいたが、段々と自分が理性が失われていくことに恐怖を覚えていた様子だ。後発組はK-UMAの糞に近づいてすらいない。感染経路は明白だった。最初に感染した彼だ。このウイルスは、K-UMAから人だけでなく、人から人にも感染するのだ。
このままでは、人類はこのウイルスに冒されてしまうかもしれない。体力が落ち始める中年が多かった我々の組織だが、感染者の体力は若者と遜色がないレベルだった。とてもウイルスに感染している人間のソレとは思えない。肌も艶が出ているし、薄毛も改善されて若返っているように見えた。
我々は……感染者を事故に見せかけて殺すことにした。非人道的とも取れるが仕方ない。明確な治療法がないので、こうすることでしか、ウイルスを抑えることはできなかったのだ。
K-UMAの目の前に感染者を差し出す。凶暴なK-UMAなら感染者を始末してくれるはず。そう思っていた。しかし、K-UMAは感染者に攻撃はおろか、友好的な態度すら見せるのであった。逆に、たまに正気に戻っていた後発組は、K-UMAの手によって肉塊へと変わった。
このK-UMAは感染者に攻撃はしないのか? そう思って注意深く観察すると、K-UMAの態度が急変する直前、K-UMAは人間の臭いを嗅ぐ動作を見せていた。これは、私の仮説だが、K-UMAは臭いで感染者かどうかを判別している様子だ。
感染者の血をしみこませた人形と、普通の人間の血をしみこませた人形。それと何もしていない人形を用意して、K-UMAの前に置いた。K-UMAは感染者の血の臭いがする人形には友好的な態度を示したが、それに該当しない人形は容赦なく攻撃した。何度実験しても結果は同じだった。K-UMAは、感染者の血が染みついた者にも攻撃しない。その特性を利用して、私たちはなんとかK-UMAの捕獲に成功した。珍しい生き物故に、K-UMAを殺すことはできない。だから、K-UMAはウイルスが漏れ出さないような場所で適切に管理して糞をきちんと処理しなければならない。それが人類を守るために繋がることだ。
K-UMAのウイルスを取り出した。これを然るべき研究所に持っていき、ワクチンを作らせよう。そして、2度とこのウイルスが蔓延しないようにK-UMA共々に適切に管理しなければならない。それが、K-UMAと接触してしまった我々の義務なのだから。
―———
資料を読み終わった主人公は自分の上着を脱いだ。背中の部分が赤く染まっている。ニコラスに腹部を撃たれたマクシミリアンを背負った時に付着した血だ。一応、包帯で止血はしたもののそこから、わずかながら漏れ出てしまった血。主人公はこの血の臭いのお陰でK-UMAから襲われずに済んでいたのだ。
自身の身を守るために再び上着を着る主人公。カラクリさえわかってしまえば、K-UMAなど怖くない。最大の恐怖の存在であるものを攻略したので、最早このゲームがホラーゲームとして機能するのかどうか怪しいレベルだ。
(ニコラスの奴にも血を分けてやりたいところだけど……あのガキの血は流石にまずいか。出血多量で死なれても困るな。なら、娘の方に血を流してもらうか……その前にニコラスが生きているかどうかすら知らんけど)と自身の行動を決めた主人公。
「ええ……またヒルダちゃんがかわいそうな目にあいそうな予感」
夏帆は“かわいそうはかわいい”という嗜好を持つ人間ではないので、純粋にヒルダにこれ以上酷い目に遭って欲しくないと思っている。
「次はヒルダを探す流れになるのかな。とりあえず、絶対に病院内にはいないから外に出るしかないけど……でも気になるところがあるんだよなあ」
琥珀は、主人公を操作して地下室へと進ませる。しかし、(今はここに行く必要はない)と言って主人公は地下室に降りようとしなかった。
「ええ……まだ地下室にニコラスがいるかと思ったけど、いけないのか。ついでに襲ってこないクマーと戯れたいなと思っていたけど無理かー」
今、地下室に降りられてはイベントの進行に支障が出る。仕方ない。それが大人の事情。制作者側の苦労というものだ。制作側が、プレイヤー操作時に熊が襲ってこない挙動を作ってないだの、ニコラスが地下室にいて合流するとストーリーに整合性が取れなくなるからいけないんだ等のメタ的な邪推してはいけない。
主人公の操作には従順な癖に、エリア移動の時になると急に強い意思を持つ主人公。お前は何を基準に【行く必要がない】だの【用事はない】と判断しているのか問い詰めたくなるのはゲーマーあるあるである。だって、しょうがない。作る側の立場からしてみれば、一々進行できなくする理由付けをするのは面倒すぎる。それが、過去に通れた道で、しかも未来にまた通る可能性がある場所ならば猶更だ。
「まあ仕方ないから病院出るかー」
琥珀は主人公を病院の出口へと向かわせるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます