『中学時代』
4月。入学、進級して間もない頃。まだクラスメイトの名前を顔も一致してない状態で、友人関係を構築していく大切な時期。中学2年生に進級した琥珀は周囲の席の友人と談笑していた。
「なあ、琥珀。お前何部だったっけ?」
友人の1人がふとそんなことを言った。
「あー。俺は帰宅部」
「マジ? 自宅まで帰るタイムを競うのか?」
部活に入ってないことを伝えるための帰宅部。その発言に対して、お決まりのボケが決まったところで話は進む。
「1年の時は何の部活もしてなかったのか?」
「別に……学校の部活動でやりたいことなかったし」
この時の琥珀は、小学生時代に
「もったいないな。お前、絵が上手いんだから美術部に入ればいいのに」
何十回と踏まれてきた琥珀の地雷。琥珀は愛想笑いをしてその場を切り抜けた。
別にやりたいことがないわけではない。琥珀は帰宅した後に、3DCGを作る作業をしていた。誰に見せるわけでもない。ただ、自分が満足するために作っているものだ。琥珀は根っからのクリエイター気質である。常に何かを作っていないと落ち着かない性癖を持っていた。絵を描かない代替行為として、3DCGをひたすらに作っていた。
時を同じくして、新1年生の教室。小学生から中学生に上がる時期。世間から見ればまだまだ子供なのに、自分が大人になったと万能感を得られる瞬間を噛みしめている1人の女子中学生がいた。彼女の名前は、
桜庭は、琥珀に憧れを抱いていた。
それは恋愛感情で……という意味ではない。小学生ながらも、大人も参加する絵画のコンテストに入賞した経験を持つ才能に惚れこんでいるのだ。桜庭も芸術家体質というよりかは、彼らを支援したい側の人間なのだ。琥珀の将来に期待を寄せていて、琥珀が画家になった暁にはその作品を買いたいと思っている程だ。
桜庭は琥珀は美術部に入部しているに違いないと踏んだ。あれだけの絵の才能の持ち主ならば、間違いなく美術部にいるだろう。そう思った彼女は、放課後の体験入部で美術部を訪れた。
美術室に入った桜庭は周囲を見回す。そこに琥珀の姿はなかった。まだ、来ていないだけかと思ったけれど、いくら待っても来ない。痺れを切らした桜庭は、先輩の女子にそのことを訊いてみた。
「あの……この美術部に賀藤琥珀先輩はいますか?」
「ん? 賀藤……? そんな子、ウチの部活にいないよね?」
先輩女子が他の部員に話を振った。その時、もう1人の先輩女子が手を挙げた。
「賀藤君ならウチのクラスですけど、彼は部活動に入ってませんよ。絵は美術部の私よりも上手いんだけどね……はあ、自分で言ってて鬱になる」
「そうなんですか。ありがとうございます」
琥珀が美術部にいない。それどころ帰宅部だということに衝撃を受けた桜庭。これでは、何のためにこの部室に来たのかわからない。それどころか帰宅部なので、同じ部活に入って、琥珀と接点を持つことは事実上不可能になった。
絵を描かない琥珀には最早、用はないと思った桜庭は琥珀への興味を捨てて文芸部に入ることになった。来年度から桜庭は、1年下の宮守を弄り倒す生活をすることになるが、それはまた別の話だ。
知らない内に女子から興味を持たれて、知らない内に失望されていた。憧れや興味が恋愛感情に発展しやすい中学生女子からフラグを折られていた琥珀。そういうとこ……でもないか。
◇
新学年にも慣れてきたある日のこと。琥珀の席に1人の女子が近づいた。彼女は美術部の生徒だ。
「あの。賀藤君。ちょっといいかな?」
「ん? なに?」
昨日出されて、今日提出する宿題を休み時間の間にやっている琥珀。作業を止められて若干イラついているが、それをできるだけ内面に出さないようにした。
「これ見て欲しいんだ」
女子生徒が手渡したのは、環境保護活動に関するポスターのコンクールだった。美術部の間で出回っていて、これに参加する美術部員も多数いる。
「賀藤君も参加してみない? 賀藤君の絵ならきっと……」
「ごめん。やる気でない」
琥珀は食い気味で断った。女子生徒から視線を宿題に移して、再び手を動かそうとする。
「で、でも。賀藤君なら、きっと賞を取れると思うんだ」
「取れても俺はやらないの」
気づけば、自分は当時の勇海と同じ中学生。それなのに、未だに魂が籠った絵を描けない琥珀。そのコンプレックスは根深く、未だに琥珀の心を卑屈にさせていた。
「えっと……一応、募集要項置いておくね」
「ああ。気が向いたら見とく。参加はしないけどな」
琥珀は素早くシャープペンを動かして、なんとか宿題を時間内に終わらせた。
授業が終わり、帰りの身支度をする琥珀。その時に、ふと1枚の紙がペラっと落ちた。それは休み時間に女子生徒が渡したものだった。
琥珀はそれを取り、募集要項を読んだ。本当は読むつもりなんてなかった。それを、拾ったついでに読むただの気まぐれな行為。だが、それが後の琥珀の人生に大きな影響を与えることになった。
このコンクールは2つの部門があったのだ。一般的な絵画の部門。それともう1つ。琥珀の目を引いたのは、3DCGの部門だ。新しい世代に向けてアピールしたいという主催者側の意向により、今年からCG作品の部門を設けることになったのだ。
丁度、3DCGを学び始めた琥珀。ずっと1人でその制作作品を抱えてきたが、これも何かの機会だと思い参加してみることにした。
「あの……」
琥珀はこの募集要項を渡してくれた女子に話しかけた。
「さっきは、そっけない態度取ってごめん。俺、参加してみることにするよ」
「本当!? 嬉しいな。あー、でも強力なライバル出現か」
「参加するって言っても、絵画部門の方じゃないから! CG部門の方だ!」
「そうなの? まあ、でも賀藤君がやる気出してくれて良かった」
この女子生徒は、琥珀がつまらなそうに絵を描いている割にはとても上手い絵を描いているので内心イラついていたのだ。だから、コンクールで叩きのめしてやろうと参加を促したのだ。だけど、今の琥珀の希望に満ち溢れたいい表情を見ているとそんなことはどうでも良くなっていた。部門が違うから争うことはなくなったけれど、純粋にお互いを応援しあえると思っていた。
琥珀はその日から、より一層真剣に制作に取り組んだ。琥珀は、このコンクールを紹介してくれたお礼に女子生徒の絵画の面倒も見て、アドバイスを送ったりもしていた。琥珀は言葉を選ばない分、アドバイスがダイレクトに届くので、女子生徒としても助かっていた。
制作期間中は、学校の勉強が少し疎かにはなったものの、なんとか完成に漕ぎつけた。後は、結果を待つだけであるが、琥珀はもうやり切った感じで選考のことはスッカリ忘れていた。
一方で女子生徒の方は入選するかどうか気が気でない状態だった。そして、選考結果発表の日。琥珀の作品は見事に入選したのだった。
「賀藤君おめでとう」
「え? なにが?」
「ほら、あの環境ポスターのコンクールあったじゃない。賀藤君の作品が入選してたんだ」
「あー。そういうのもあったね……え!? 入選!」
時間差で驚く琥珀。まさか、自己流で制作している自分が入選するとは夢にも思ってなかったのだ。
「そう入選だよ。おめでとう」
「ありがとう」
琥珀の笑顔を見て、女子生徒は紹介して良かったと思った。
「ちなみに私はダメだったよ。あはは」
力無く笑う女子生徒。それを慰めるのが主人公の役目ではあるが
「でしょうね。あの絵が受かるとは思わなかった。俺のアドバイスのお陰で凡作がちょっと上手い凡作になったけどねえ。入選レベルかと言われると……ちょっと足りないかな」
女子生徒は琥珀の入選を喜んだことを後悔したし、それだけでなく琥珀のことをちょっと好きになっていた自分の見る目のなさを恥じた。ちなみに、琥珀は“ちょっと上手い凡作”でフォローしているつもりだった。そういうとこやぞ。
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