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第2位 賀藤 琥珀/ショコラ

『親子の時間』

 操と夏帆が家に帰った後、琥珀はいつも通りのルーティンを終えて眠りの世界に入った。


 琥珀はおぼろげな意識の中、青い炎に導かれて前へ前へと歩いていく。その炎の先には、青紫色の髪と褐色の肌にメイド服を着こんだサキュバスの姿があった。


「あら……お父様。この世界に迷い込んでしまったのですか?」


 その言葉を聞いた瞬間におぼろげだった琥珀の意識がハッとなり、ぼやけていた視界がクッキリと映った。目の前にいるのは、かつて自分が創り出した3Dモデルの女性。サキュバスメイドのショコラだ。


「キミは……どうして、ここにいるんだ?」


「それはこっちのセリフですよ。お父様。ここは私の世界。迷い込んでしまったのはお父様の方です」


 ショコラが人差し指を立てて、前かがみになる。琥珀は自身が創り出した存在ながら、その仕草を見て頭がくらくらとした。


「おっとお父様大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫だ。ちょっと眩暈がしただけ」


「お父様は、私の姿をどのように捉えてますか?」


「どのようにって……普通にいつも通りのショコラだ。特に変わったことはない」


「そうですか。私が白黒に映ったり、ぼやけて映ったってことはありませんか?」


 ショコラの質問に琥珀は少し考えた。


「色は最初からあった。ただ、少しぼやけて映っていた時期もあった。今は姿がハッキリと見える」


「流石です。お父様は中々のイメージ力の持ち主です。この何かを想像する能力が弱いと私の姿が白黒に映ったり、ぼやけて見えてハッキリと捉えることができなくなります。流石、芸術家肌のお父様ですね。素質は十分です」


 ショコラはパチパチと手を叩いた。しかし、琥珀は未だに状況がよく呑み込めていない。


「これは俺の夢の中ということでいいんだよな?」


「ええ。そのように思って頂いても構いませんが、これは私の夢の中でもあります。私は夢魔むま故に、夢を操作することに長けています。他人の夢に入り込んだり、逆に私の世界に他人を誘ったり、他人同士の夢をくっつけたりなんてこともできます」


「うーん? これはキミがやったことではないのか?」


「そうですね。私も故意にお父様を呼び出したりはしません。偶然、お父様の夢の波長と私の夢の波長が合ってしまったがために起こった珍事のようです。こんなこと滅多に起こりえることではありません。能力を使わずに私の世界に入り込むには高いイメージ力を要するので、お父様のような才能の持ち主が一生に一度……いえ、十回くらい輪廻転生してようやく起こり得るかどうかって確率ですね」


「とにかく。普通では起こりえない事象だってことは理解した」


「ふふふ。飲み込みが早いですね。そう解釈してもらうのが手っ取り早いですね。くすくす」


 ショコラが妖艶に笑う。それは、琥珀が創り出した表情パターンに近いものがあるが、決して非なるものだった。それが意味するものは、このショコラは琥珀が創り出した存在ではあるが、生きている存在であるということだ。限られたパターンでしか自己を表現できないバーチャルな存在ではない。どちらかと言うとリアル寄りな存在であることを示唆していた。


「ショコラ。俺は元の世界に戻れるのか?」


「お父様はあちらの世界で果たしたい夢がありますからね。戻りたいと思うのは普通でしょう。安心してください。私が能力を使えば、いつでもお父様を覚醒させることができます。ただし、ここでの出来事は全て夢だと思うでしょうね」


「そうか。それを聞いて安心したよありがとう」


 ほっと胸を撫でおろす琥珀。この訳の分からない世界に永遠に閉じ込められることがないと知って安心したのだ。


「早速ですが、お父様。元の世界にお戻りになられますか?」


「いや、まだいい。折角、この世界に来たんだから、自分の娘と少し話がしたい」


「あら、嬉しいことを言ってくれますね」


 ショコラが自身の口元にパーを持っていき目を見開く。


「ショコラは。この世界から俺たちを観測することができるのか?」


「はい。その通りです。その観測のお陰で、お父様の世界の真実は手に取るようにわかりますよ。例えば、お父様のことを好きな女の人の存在とか……ふふ。知りたいですか?」


「うーん……いや、いい。そういうことをして、秘密を暴くのは良くないことだ。本人の知らないところでバレたら。その人が不憫だろう」


 琥珀は真実を知るのを拒否した。琥珀は自分の手で未来を掴みとりたいと思っているタイプだ。こうしたイレギュラーな状況でも、ズルをすることはしない性格なのだ。


「そうですか。この複雑に絡み合った人間関係もお父様に全て説きたかったのですが、仕方ありませんね。お父様が自力で答えに辿りつくしかないようです」


「複雑な人間関係? いや。別に俺はそこまで複雑な人間関係をしてないと思うけど。友達もそこまで多くないし、彼女もいないしな。家族は、他の家庭と比べて多いほうだけど」


 琥珀は自分が置かれている状況が如何に特殊な環境であるかを理解していなかった。そもそもの話、自分の師匠が自分の姉の友人だったり、インターネットを通じて知り合った相手が、同じ賞に入賞してお互いを認知していたなんて事象を経験している。そんな奇妙な人間関係を既に体験しているのに、琥珀はまだ自分を普通サイドだと思っている無自覚な少年だった。


「くぅーん」


 琥珀の足元に黒い犬が媚を売るかのようにすり寄ってきた。


「お、セサミ! お前もいたのか!」


「そうでゲス。オイラもお父様に会えて嬉しいのでゲス」


「犬なのに喋れるのか……」


「夢の世界ではなんでもありなのですよ。サキュバスがいたり、喋るケルベロスがいたり、自由なんです」


 ショコラがクスクスと笑った。


「うーん。見た所、この空間は俺が創り出した3Dモデルがいる世界っぽいな」


「そうですね。私もセサミもお父様に命を与えられた存在です」


「なら、どこかにビナーもいるのか?」


「お父様のもう1人の娘ですね。私の妹にあたる存在……現実世界では、娘になっていて訳の分からないことになってますが」


 現実世界でも、ショコラの娘でもあり妹でもあるという状況。そんなことになっているとは、琥珀も知らないし、彼の意を汲んでショコラも伝えるつもりはない。


「できればビナーにも会いたかったのにな」


「ふふふ。理論上は夢世界のどこかにビナーはいると思いますよ。ただ、彼女も夢の中とはいえ追われている身。ここに定住することはしないでしょう」


「ああ。そこは設定に忠実なんだ」


「お父様が付けた設定ですからね。賞金首設定は」


 琥珀は、我ながら変な設定を作ったものだと猛省した。ただ、それで企画が通るとは思ってなかったのも実情だ。ふざけて出したアイディアが評価されて採用されるのも現実世界でもそう珍しいことではないのだ。


「もう少し、ショコラと話していたい気もするけれど、そろそろ起きないとまずいかな。もうすぐ朝だろ」


「あら、体内時計の感覚は正確なんですね。良いですよ。そろそろ目覚めさせてあげましょうか」


 琥珀が帰ることを知ったセサミは少し寂し気な表情をする。犬は群れで行動する動物だ。親に当たる人物との別れは寂しいのだ。


「また会えるでゲスか?」


「さあ。それは俺にはわからない」


「そうですね。お父様。今回はたまたま偶然が重なってこの空間に来ましたが、意図的に来る方法もないことはないのですよ」


「本当か!」


「ええ。私のこのメイド服のモデルにしたメイド服が現実世界にありますよね? アレに触れながら眠ると波長が合ってこの世界に来れるかもしれませんね。お父様がメイド服をお召しになったら、もっと確実だと思うのですが」


「着なきゃこれないなら、俺はもうこの世界には来ないぞ」


「ふふふ。それでは今生の別れになってしまいますね。名残惜しいですが、そろそろお時間ですので目覚めさせてあげますね」


 そう言うとショコラは尻尾を伸ばして、ハートマークの先端を琥珀の眉間に刺した。


 次の瞬間、琥珀は目を覚まして、いつも通りの自分の部屋で最も新しい朝を迎えるのであった。


 琥珀は頭に手を当てて「変な夢を見たな」と呟くのであった。

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