CLOSED PANDEMIC編 第11話 ホラーゲームって、とりあえず地下室行っとけみたいな空気あるよね?
家を出た主人公。そこにいたのは感染者と応戦しているニコラス。主人公が「無事だったか!」とニコラスに近づき銃を構える。ニコラスは「加勢助かるぜ」と言い、ムービーのイベントで感染者を始末した。
ニコラスは胸に手を当てて「ったく。なんなんだよあの熊の化け物は。俺ばかり狙いやがって。死ぬかと思った」と愚痴をこぼす。主人公は「どうやら、あの熊の化け物は俺たちにしか手を出さないらしい。あのガキが“善意”で教えてくれた」と意味深な笑みを浮かべた。「ふーん。善意ねえ」と含み笑いするニコラス。
「なにこいつらの悪人的やりとりは! どう見てもワルの顔だよ!」
夏帆が2人に嫌悪感を向けている中で、琥珀は別のことを考えていた。
「なるほど。こういう風に表情を動かせば悪い笑みを浮かべることができるのか」
「Amber君。この表情が悪人の演出に効果的に映っているのは、これまでの描写の積み重ねがあったからだよ。こいつらが悪人だと知らない人から見たら、相棒同士が心が通じ合ってるシーンにも、ライバルがお互いの実力を認め合うシーンにだって見える」
「あー。確かに、前提条件が違えば見え方も変わってきますね。なるほど」
同じ表情でも、それまでの流れやストーリーで違う印象を受けることがある。一例をあげると、赤面している場合。意中の異性の前なら照れの表情。風邪をひいている状況なら熱で苦しんでいる。戦闘や運動中だと疲労が溜まっているようにも見える。
「このシーンで過剰に悪人面させるのはくどいと感じる人もいる。だから、これまでの積み重ねの描写を利用して、あえてライトめな表情をさせるんだ。そうすると映像全体にメリハリがついて仕上がりが良くなるんだ」
「そのシーンだけを考えて、表情を演出させるんじゃなくて全体の流れを意識した方がいいんですね」
「その通り」
急に始まる操師匠の教え。琥珀はそれを受け止めるも、夏帆は置いてけぼりを食らっている。琥珀にとって、操とゲームをして実例をあげて教えてもらえる経験は貴重なのだ。
一方のゲーム画面では、主人公がマクシミリアンから得た情報をニコラスに共有していた。そして、ニコラス側も得たものがあった。「ここまで来る時に鍵を拾った。地下室の鍵と書いてある。ボスからの情報では病院には地下室があると聞いていたから恐らくそこの鍵だろう」とニコラスはポケットから鍵を取り出して、ぶらつかせた。
主人公は鍵を見つめて顎に手を当てる。「地下室……厳重に施錠しているということは、機密情報がありそうだな。ということは、ベイカー医師のウイルスの研究記録が残っているかもな」その発言を聞いたニコラスが目を見開く。「そういうことだ! 俺たちにはわけのわからない資料でも、持ち帰ればお医者さんにとっては役立つものだ。もちろん、それを持ち帰ればボスからの評価も上がるだろうよ」
ニコラスが発言を終えた後、2人は一瞬無言になる。そして、顔を見合わせて「いっひっひ」と厭らしい笑い方をする。「よし。それじゃあ、次の目的地は地下室だな。研究資料を手にして、あの家に縛り上げているガキを連れて帰れば任務達成だ!」と主人公が意気揚々に言った。
「私初めてだよ。こんなに応援したくない主人公も、主人公と仲間が笑いあってるシーンが邪悪に感じるのも」
夏帆の主人公の評価は依然として低いままだ。悪人だと判明してからの扱いが本当に酷い。
「
「だよねだよね! 賀藤君もそう思うよね! 絶対、この2人にはエンディングで天罰下って欲しい」
珍しく琥珀が同意してくれたことで、夏帆はわけのわからないテンションになっている。そんな楽しそうにしている2人を見て、操は間に入りたそうな視線を琥珀に送る。しかし、その視線に気づくほど人の気持ちに敏感であるはずがない。
琥珀は主人公を操作して再び病院を目指した。途中の雑魚感染者も道中にはいたけれど、相棒のニコラスが自動的に始末してくれた。これまでは、1人で始末しなければいけなかったので、ゲーマー視点では喜ばしいことだ。
「おー。これは楽だ。もう、ニコラス1人でいいんじゃないかな」
仲間がいるという環境で強気になる琥珀。これが最初からニコラスがいる状態でゲームがスタートしたら、敵が障害として機能しないゲームバランスぶっ壊れのしょうもないゲームと評されていた。しかし、散々敵と戦った後に、自動的に倒してくれるお助けキャラが現れることで心強い味方ができたとユーザー側が勝手に思ってくれるのだ。
序盤にあえて苦労させて、中盤、終盤でその苦労を解消させると物凄い得した気分になれる。【若い時の苦労は買ってでもしろ】という理論。またの名をDV彼氏理論。現実的には、どっちもロクな論調ではないが、ゲーム内ではユーザー満足度を楽に上げる効果がある。
そんな楽すぎる道中を経て再び病院に辿り着いた主人公一行。病院内を探索すると地下室の鍵と合致する扉を発見。その扉を開くと、その先には下へと続く階段があった。その先へ進もうと主人公たちが決意したところで、チャプター3が終了した。
「おー。チャプター3が終わりましたね。区切りも良いですし、時間的にもそろそろ解散しますか?」
琥珀がそう尋ねると操と夏帆はそれに同意した。琥珀が2人を玄関まで見送りに行く。
「師匠。今日は来てくれてありがとうございました。俺、師匠が隣にいてくれて良かったです」
「え、あ、うん。私で良ければ……また、一緒にゲームしてもいいぞ」
「本当ですか? それじゃあ、また誘いますね」
琥珀としては、操が隣にいてくれたから実例を交えてクリエイターとしての技術を教えてもらえたから“良かった”という意図であった。一方の操の意図は……
「政井さんも、また明日学校で」
「うん。またね」
琥珀に向かって手を振る夏帆。それを見て、操はなんとも言えない気持ちになったのだ。琥珀と夏帆は毎日のように顔を合わせている。一方で、操は立場的にはそういうわけにもいかない。環境があまりにも違いすぎて、嫉妬の感情が抑えられない。
琥珀と一緒に学生生活を送れたらどれだけ楽しかっただろうか。操はそういうIFのことを考えて、気持ちが沈んでしまった。自分がどれだけ求めても決して手に入らない環境を当然のように享受できる人間がいる。世の中とはそういうものなのだ。
「お邪魔しました」
賀藤家から去る操と夏帆。途中まで帰り道が同じということで、操と夏帆は一緒に歩いていた。
「私、今日は憧れのリゼさんに会えて嬉しかったです。これからもエレキオーシャンを応援しますね」
「え、ああ。うん。ありがとう。とっても嬉しい」
負の感情が一切感じられない夏帆の笑顔に操は自分自身に嫌気がさした。夏帆は操のことを憧れの感情を抱いてくれているファンだ。それなのに、操は夏帆に対して良くない感情を抱いていた瞬間もあった。そういうところが夏帆に知られたら、失望されるかもしれない。それくらい、操は自分自身の心を醜いと感じてしまったのだ。
「あの……もし、違ったら申し訳ないんですけど……リゼさんって賀藤君のこと好きなんですか?」
夏帆の一言に操の頭に一気に血が昇る。
「え? な、なんでそうなる!」
「違いましたか? 賀藤君を見ている目が構って欲しそうな子犬のように見えましたから」
「気のせい! 気のせいだから絶対」
慌てて否定する操。それに対して夏帆はくすくすと笑った。
「リゼさんってそういう表情もできるんですね。その表情も素敵です」
「な、なんだよそれ……」
年下であるはずの夏帆に上手いこと転がされた感じがして、操は少し不満げだった。しかし、不思議と夏帆のことは嫌いになれない操であった。
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