CLOSED PANDEMIC編 第7話 女2人男1人……なにも起きず……

 ゲームを再開すると、主人公とニコラスが森を歩いていった。道なりに進むと分かれ道があった。ニコラスが「ここは二手に分かれよう」と提案する。主人公も「ああ」と言い、なぜか二手に分かれることになった。


「なんでホラーゲームの主人公って単独行動したがるんだろうな」


「人数が多すぎると怖くなくなるからじゃないのか?」


「たしかに」


 琥珀がぶつけた疑問を即、操が解消した。正に阿吽の呼吸。赤い糸に繋がっているかのごとく相性が良好。


「うう……戦力が減ったのは嫌だなあ。あのハゲでも肉壁くらいにはなったのに」


 さり気なく恐ろしいことを言う夏帆。琥珀は、“やはり冷徹な殺人マシーンは考えることが違う”と1人で納得するのであった。


 主人公は「目印をつけながら進もう」と独り言を言い、その辺で拾った石で木に進行方向の矢印をつけていく。それだけの知恵があるのに、森で単独行動をとるガバガバな思考っぷりである。感染者だとか熊の怪物だとか関係なく、危険な野生動物が現れるかもしれない森は危険なのだ。


「あ、そうだ。師匠もゲームをプレイしますか? 何だったら代わりますよ」


「いや、私はプレイするよりかは見ていた方がいいかな」


 ショコラの配信ではなく、リアルの琥珀の配信を見れる機会に操の心は高鳴っていた。ショコラを通じて聞く琥珀の声ですら、操にとっては甘美なもの。それが、ショコラフィルターすら通さない実況配信を見ることができる。操にとっては正に至福の時間だ。


 だが、そんな至福な時間ももうすぐ終わりを迎える。操が苦手なモノが画面に大量に映ることになるのだから。


 主人公の目の前に現れたのは蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。ハムスター程の大きさの蜘蛛で、主人公に近づいてくる。


「ひぃ!」


 操は思わず夏帆に抱き着いてしまった。先程の話の流れでは、夏帆が操に抱き着くという流れになるはずだった。しかし、ホラーが大丈夫な操でも蜘蛛はダメなのだ。一方で夏帆は虫が平気なタイプ。完全に優位性が逆転してしまっている。


「あ、す、すまん。夏帆ちゃん」


「いえ。私は大丈夫です。むしろ、ごちそうさまです」


 推しているバンドメンバーに抱き着かれるファン。お金を払っても中々経験できない貴重な体験をした夏帆は内心昂っていた。別に夏帆には、そっちのはないのだが、推しを想う気持ちに性別は関係ない。スキンシップを取れるだけで嬉しいのだ。


 そんな百合空間に目もくれず、琥珀はひたすらに蜘蛛を銃で撃ち抜いていた。ホラーも苦手ではないし、虫も普通に触れる琥珀。最早、このゲームにおける怖いものは何もない。


 蜘蛛の大群をあっと言う間に蜂の巣にした琥珀。画面から蜘蛛が消えたことで、操も恐る恐る画面を見る。ホラーは大丈夫だと高を括っていたが、早くも操は今日この場に来たことを後悔し始めた。


「あれ? 師匠。そこまで蜘蛛が苦手だったんですか?」


 全ての事を終えた琥珀が操の異常事態に気づいた。それに対して操は恥ずかしそうにコクリと頷いた。


「すまない。情けないところを見せてしまったな。夏帆ちゃんもごめん。初対面の女に急に抱き着かれても困るよな」


 重ね重ね謝る操。しかし、夏帆は首を横に振り、「私は気にしてません」と伝えるのであった。操としては本当は琥珀に抱き着きたかったのだけれど、先程の会話で琥珀に抱き着いたら、迷惑がかかると判断したのだ。操も琥珀には嫌われたくないので、甘えることができなかった。


 しかし、当の琥珀は操にだったら抱き着かれても許すという気持ちでいた。普段、お世話になっている師匠の粗相を許さないほど、彼は狭量な人物ではない。しかし、その気持ちはお互いに伝わるはずもなく、操は画面に蜘蛛が出る度に夏帆に助けを求めることが続いた。ただただ、夏帆が得をするだけの空間。琥珀と操の関係性の進展はなし。


 森を進んでいくと木でできた小屋があった。明らかに何かしらの手がかりがありそうな場所に琥珀のテンションが上がった。


「あの小屋には何があるのかな」


 琥珀は小屋の扉を開けた。次の瞬間、扉から急に屈強な感染者が飛び出して来て、主人公に掴みかかってきた。


「きゃあ!」


 今度は夏帆が操に抱き着いた。百合好きだったら、確実にこの光景を目に焼き付けているものなのに興味関心を示さない琥珀。感染者と揉みあいになっている主人公をひたすら鑑賞している。


 画面に表示されるのはボタン。突如として始まるQクイックTタイムEイベント。琥珀は冷静にボタンを入力する。そして、正確無比なボタン捌きによって、主人公は感染者を突き飛ばした。そして、バールで思いきり感染者の頭を殴った。殴られた感染者はぴくぴくと痙攣している。ここで主人公が操作可能になる。主人公がぴくぴくしている感染者のオブジェクトを調べようとしても、何のリアクションも示さない。これは調べる必要がないと判断した琥珀は、別の箇所を探索した。


 小屋の中を探索すると、なぜか【タバコ】や【銃弾】と言った補給物資が落ちていた。ゲーム的にはありがたいことだが、数十年前のタバコは吸おうとする主人公はヤバいし、銃弾が落ちている理由もわからない。でも、深く考えたら負けである。補給物資が落ちている理由付けを考えた結果、思いつかないのでありませんになったら、ゲームバランスが崩壊してしまう。


 主人公が机の中を調べるとそこから日記が出てきた。主人公が日記をパラパラとめくる。


――

4月21日

最近、日に日にこの村に隔離される病人の数が増えている。ベイカー医師は、彼らは空気感染をする病気ではないので安心だと言っていたが本当だろうか。なら、なぜ政府はわざわざ田舎の村に病人を隔離させるのだろうか。そんなことを考えても仕方ないので、私は彼女の言葉を信じる他ない。こんなに病人が隔離されている村の出身だとバレたら、他の都市で生活なんてできない。私たちは永遠にこの村に閉じ込められたままなのだ。だから、病人とも上手く付き合っていかなければならない。


4月24日

私はちょっとした風邪にかかった。正直、病院に行きたくなかったけど仕方ない。そこで、好奇心から1つの病室を覗いてみた。そこにいたのは、ベイカー医師としわくちゃの老人だった。老人はベイカー医師に向かって「お母さん」と呟いた。ベイカー医師が老人のお母さん? どういうことだ? 彼女はまだそんな年齢ではない。


4月25日

私は魔が差して病院を探索した。そこで見つけた資料に目を通すと、恐るべき事実を知ってしまった。ここには本物の病人もいるが、中には意図的に誤診された健康な患者も紛れているのだ。ベイカー医師は彼らを隔離して、ウイルスを投与してその経過を観察している。このウイルスの研究は政府が推し進めているものだ。このウイルスの解明に成功すれば、不老長寿の薬が作れるだと……? 冗談じゃない。それが実現すれば確かに夢のようだけど、膨大な数の実験体モルモットの犠牲があるじゃないか。この恐ろしい事実を早くみんなに伝えないと。私が消される前に……!


4月26日

私は……もう打たれていた……


本日

オマエモ 道ヅレ


――


 次の瞬間、視界がブラックアウトする。そして、次に光が差し込んだ時、主人公の首は先ほどバールで殴った感染者に掴まれていた。


「あーあ。止めを刺さないから」


 琥珀は呑気なことを言っていた。その一方で、主人公は抵抗できる状態でなく、手足をばたつかせることしか出来なかった。


「ひ、ひい。賀藤君。これどうするの?」


「落ち着いてって。さっきみたいにQTEが挟まってないから、まだ死ぬようなことにはならないはず」


 ホラーゲームに慣れている人っていつもそうですよね。制作者の苦労をなんだと思ってるんですか。と文句が聞こえてきそうな程の落ち着きっぷり。琥珀の予測は当たり、都合よく、相棒のニコラスが小屋に押し入ってきて感染者を殴打して戦闘不能にした。


 「ハア……ハア……あ、ありがとうニコラス……助かった」とニコラスに礼を言う主人公に対して、「ああ。礼には及ばない。俺の方が若干遠回りだったけど、同じ道に続いていたんだな」と返すニコラス。


 感染者は今度こそ消滅して、危機は去ったという感じだ。

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