『琥珀色に染まる想い』
操は幼少の頃から体が小さかった。同級生からは、妹のように扱われることが多かったが、その分可愛がられることに対してある種のコンプレックスを抱いていた。
体格に優れて、勉強も不得意ではなかった兄の後ろを着いて行く。甘えるのは嫌いではないが、それ以上に年下の子供を可愛がりたいという欲求の方が強かった。物心ついた時から弟はいたが、その弟もすぐに操の身長を抜き去る。後に生まれた下の弟も小学生を卒業する前に操の身長を追い抜くという結果になった。
操は、どれだけの能力を身に付けても、どれだけの成果を上げても、小柄な女性というだけで軽く見られてしまう。だからこそ人一倍の努力をして、実力で黙らせられるように尽力した。その結果、若い年齢ながらも独立できるほどの実力を身に付けることに成功したのだ。操の能力の高さは、そうした劣等感が土台にあるのだ。もし、操が普通の体格の女性、もしくは可愛がられる立場にいることを良しとする性格だったならば、ここまでの能力の伸びは見せなかったのだ。
だが、その能力の高さは皮肉にも操を恋愛の市場から遠ざけることになった。操の外見で惹かれる男性の多くは、女性はか弱い立場であるという先入観を持っているか、そうであって欲しい願望を持っていた。一見、庇護欲を掻き立てられる操だが、その実は自立した女性で能力も高い。同年代の異性の年収を軽く超える程に実力もあり、社会的に評価されていた。そうした操の強い部分に触れた男性たちは自信を喪失して、操の元から離れていく。守りたいと思っていた女性が自分よりも遥かに能力が高いというのは、男性のプライドを傷つけるには十分だったのだ。
もちろん、そうしたことに拘らない男性も多い。強い女性に惹かれる者、能力の高い女性に惹かれる者、は少なからずいる。だが、そうした男性の多くは、見た目的にも背が高くてスタイルが良い大人な外見の女性を求める傾向にある。見た目と能力のギャップが上手い具合に噛み合うことがなかったので、操の恋愛はこれまで上手くいかなかったのだ。
そんな色恋沙汰に辟易していた頃、操は運命の相手に出会うことになる。ハンドルネームAmber(アンバー)。操を師匠と慕い、彼女のことを人としてもクリエイターとしても尊敬している男子高校生だ。オンライン上の付き合いのため、Amberは操の容姿を知らない。それ故に、純粋に操の能力と言動に惹かれていった。
外見で舐められることが多かった操にとって、Amberから送られてくる羨望は心地が良いものだった。それと同時に操は怖くもあった。Amberが自分の外見を知ったのならどうしよう。性別、年齢を見て失望するのかもしれない。Amberのことを信じていないわけではないが、彼女が今まで受けてきた扱いを考えれば、警戒してしまうのは仕方のないことだ。それ故に操は、Amberに自身の情報を公開することはなかった。自分が背が低い女性であること。まだ若い人物であること。それを隠さなければ自分は、弟子を失うことになる。そう思い込んでいたのだ。
だが、実のところ、Amberは見た目で他人の評価を変えるような人物ではない。他人の見た目に関して失礼な指摘をすることはあっても、それで能力まで軽んじるほど愚かな人物ではないのだ。操はAmberと会話を通じてそのことを悟った。この子なら大丈夫だと。自分の正体を打ち明けても平気だと。そう思うも踏ん切りがつかない。
そして、ついに操がAmberに惚れる決定的な出来事が起こった。それは、Amberがショコラの体を借りて、エレキオーシャンのリゼのことをハッキリと口に出して褒めたことだ。3Dクリエイターとしての実力を認めて、それでいて推しだとも言ってくれた。操の読み通り、Amberはリゼの見た目を知りつつも尊敬の念を送ってくれた。それが操にとって、非常に嬉しくて、しばらくはその言葉を大切にしていた。しかし、後にその言葉は当のAmberの手によって裏切られることになるのは別の話である。
それ以来、操はAmber改めて、賀藤 琥珀のことを異性として意識するようになった。最初は男子高校生を好きになるなんて自分でも思ってなかった操だったが、それでも好きという気持ちの前には年齢差という壁はないも同然なのだ。自分の末弟よりも年下の男性のことを考えると操の胸は熱くなる。操も妙齢の女性であるため、恋をしたことは、1度や2度ある。しかし、この気持ちは今までの恋とは比較にならないほどに操の心を燃え上がらせた。
琥珀は決して、操より優位に立とうとしない。操の立場をきちんと尊重してくれるのだ。むしろ、自分を慕ってくれてついて来てくれる琥珀に対して、操は可愛さすら覚えているのだ。
操がかつてインタビューで答えた「店員に偉そうな態度を取る男が嫌い」発言は、無意識に他者に対して、優位に立とうとする人間を忌避するものだった。それをやられたら、操は100年の恋も冷める。それくらい、マウント合戦というものが嫌いなのだ。
そうしたきっかけから始まり、操は琥珀のことを知れば知るほど好きになっていく。例え、操が琥珀に弱さを見せて甘えたとしても、そこにつけこむことはしない。それに、琥珀はなんだかんだで妹の面倒を見ている面もあるので、甘えられ上手な一面もある。普段は、琥珀を可愛がりたいけど、自分が弱った時には甘えたい。そうした、複雑な乙女心も琥珀は満たしてくれるだろうと操は思っている。
それに、操は琥珀の能力も買っていて、いつか自分や兄の匠を追い越す逸材であると睨んでいるのだ。仮に操と結婚して、操の能力に甘えて自身の腕を磨こうとしないタイプなら琥珀のことを好きになることはなかった。琥珀の大きなる夢とそれを実現できるだけの力と素質。それも操が琥珀に惹かれる一因であった。
「Amber君……」
操はスマホの画像フォルダに保存してある琥珀の写真を見て呟いた。【Amber君】という呼び名。操はそれを大切にしていた。一時期は、オフで会うときは【琥珀君】と呼んでいた時期もあったが、すぐにそれは廃れた。数回呼んだところで、やっぱりこの呼び名は違うと操自身思う所があったのだ。やっぱり、操が惚れたきっかけとなったのは、【Amber】という人物の言動から。その時の想いを大切にしたいというのもあるし、現在、琥珀のことを【Amber】と呼ぶのは操だけだ。自分だけの呼び名。その特別な感じがたまらなく愛おしいと操は感じているのだ。
操のスマホが鳴り響く。大好きな人の姉からだ。
「もしもし」
「あー! リゼー! 大変大変私の家にちょっと来て!」
「いや、すぐに行ける距離じゃない」
「そんなこと言わないでよー。私の部屋にでっかい蜘蛛が出てきたの。私1人じゃ退治できないから手伝ってよ」
「断る」
「なんで!」
「私が蜘蛛嫌いなの知ってるだろ」
「え? そうだっけ? インタビューで好きって言ってなかった?」
「思いっきり嫌いって言った」
真鈴のどうしようもない記憶力に呆れる操。
「えー。じゃあ、この蜘蛛どうすればいいの?」
「知らん。きちんと掃除しないから蜘蛛が出るんだ」
電話越しで騒いでいる真鈴を無視して、操は電話を切った。琥珀と結婚したいと思うが、真鈴が義姉になるのは少し嫌だと思う操。でも、不思議と賑やかなのも悪くないかもしれない。そう思う操は「くす」っと笑うのであった。
スマホが画像付きメッセージを受け取った。送り主は真鈴。送られてきた画像は透明のビニール袋に入っているでかい蜘蛛の画像。『獲ったどー!』とかふざけたメッセージが送られてきた。
操は黙って、そのメッセージを削除して、真鈴をブロックした。
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