CLOSED PANDEMIC編 第4話 ベイカー医師の思惑

「いや、どう考えても怪しいだろ」


 そう口にしたのはゲームをプレイしている当人である琥珀。夏帆もなにか違和感を覚えている様子ではあるが、その正体にまで気づいていない。


「このベイカー医師の娘は確実に感染者だと思う。他の感染者が意識を保ててない中で、この子だけ意識が持っているのはわからない。黄疸は出てないし、どっちかって言うと顔は青白い。それが他の感染者との違いかな?」


 琥珀の意見を聞いて夏帆は「あー」と頷いた。彼女なりに琥珀の意見を飲み込み納得したのだ。


 実は言うとプレイヤーがこの少女に疑問を覚えるようにできているのは、制作側の想定通りである。100人プレイしたら99人がこの少女の存在に疑問を覚えるように、バックストーリーを創り上げていたのだ。


 そんな少女を怪しまない方がどうかしているって状況で、主人公は少女に手を差し伸べた、「行こう。ここは危険だ。俺と一緒にいればキミを守ってあげられる」主人公のその言葉に対して、少女は「ママに病院から出るなって言われてるの」と返す。これに対して、主人公は頭を掻いてバツが悪そうな顔をし、「わかった。それじゃあ、しばらくの間。ここは動かないでくれよ」と言い病室を後にした。


「この主人公……もしかして、鈍いって言うかなんていうか……」


 夏帆は主人公の行動に対して疑念を抱いている。それは主人公の能力面に対する疑念だった。琥珀も同じように主人公の言動を不可解に思っているのだが、その考察の先が違った。


「うーん。もしかして、この主人公は、あの少女が感染者だって気づいていたのかもしれない。その上で、行動を共にしようとしていた」


「え? 嘘でしょ。だったら、どうして接触しようだなんて思ったの? 感染したら、あの変な人たちみたいになっちゃうんだよ?」


「いや、理由まで推察してしまったら、当たってた場合ネタバレになって政井さんが楽しめなくなっちゃう。だから、俺は黙っておくよ」


 意味深なことを言っておきながら止める琥珀。言った方は、気を遣ったつもりだけど、言われた方としてはモヤモヤが残る結果に。特に言葉の裏を考察しようとしない夏帆のような人間は、考察しようがないので解決手段がない。考察が好きな勢だったら、琥珀の言葉を足掛かりに自分なりの考察を展開できるから相性は良好と言える。


 病室をうろついていると、病室でもなんでもない資料室に辿り着いた。資料室の扉は強引に開けられた形跡があり、鍵が壊れている。鍵の傷の具合は最近付けられたものであるから、壊されたのはそんなに遠い日ではない。


 資料室の中には例によって感染者が数人いた。感染者は資料を引き千切っては投げる動作をひたすらに繰り返している。バラバラになった資料は最早読めるのかどうか怪しい。理性的な行動を取れない感染者たちが主人公に気づくと、資料で遊ぶのをやめて近づいてくる。


 また例によってバールで殴る繰り返し。新しい武器が手に入ったわけでもないし、敵が特別な挙動をするわけでもない。プレイヤーが慣れている分、最初よりもあっさりと敵をノックダウンできた。


 だが、それでも先程の病室での戦闘と資料室での戦闘で数発ダメージを食らっている。ここらで回復しておいた方が利口だと琥珀は判断した。


「そろそろ回復した方がいいかな」


「いや、ここではやめた方がいいと思う」


「なんで?」


「回復手段ってタバコでしょ?」


 その言葉を聞いて、琥珀は勘づいた。床にはバラバラになった紙の資料が散らばっている。タバコを吸って床に捨てるアクション。これは1セットになっている。それをやった途端、火事は免れない。隣で見ているだけであった夏帆だが、ここに来てまさかのファインプレイをした。


「ありがとう政井さん」


「ううん。大丈夫。ショコラちゃんの爆発炎上なら見たいけど、そうじゃない人の見ても面白さ半減しちゃうから」


 夏帆は知らない。ショコラの中身こそが、この琥珀であることに。そして、自ら、たった1人のファンに向けてのファンサービスの機会を逃してしまったことに。知らない方が幸せなこともある。最良の未来を知っているからこそ、後悔は生まれるのである。


 琥珀は一旦、主人公を資料室の外に出してからタバコを吸い、火を消すアクションをする。喫煙スペースでもなんでもない病院内で吸うタバコ。廃墟でないなら非常識な行為この上ない。


 回復を済ませた主人公は再び資料室に入る。【資料の大部分は荒らされていて、とても解読できる状態ではない。】どの資料が入っている棚を調べても同じ反応である。だが、鍵付きの棚があるのを琥珀は発見した。その棚はひっかき傷が無数に付けられてはいるものの、開かないので感染者が中身に手出しをできる状態ではなかった。


「この棚を開けることができたら、中身を見れるのかな?」


 夏帆がつぶやく。琥珀もそれに頷き同意した。棚の鍵を調べてみると【細長いものがあれば強引にこじ開けることができるかもしれない。】という【針金】を使えというあまりにも直球すぎるアドバイスが帰ってきた。


「うーん。さっき拾った針金を使うのかな?」


 隣の夏帆が更にアドバイスを重ねる。鈍感ボーイにはこれくらいの介護がなければ気づかないこともある。ラブコメの神様ならば必須科目ではあるが、現代ドラマの神様は未履修の者もいる現実。


「うん。俺もそう思っていた。使ってみるよ」


 針金を鍵穴の前で使用するとカチャカチャとした音と共に鍵付き棚の扉が開いた。中には資料が入っていた。これを記入した人物はハンナ・ベイカーのようだ。


――――

 娘は生まれつき、奇病に侵されていた、生まれた時から老人の姿で体力も同年代の子供に比べて圧倒的に劣っていた。まさか、医師の私にこんな奇病を持つ娘が生まれるだなんて……


 それでも、私は娘を育てた。元々愛情は持っていたが、育てていくうちに更に強い愛情を感じるようになった。それと同時に罪悪感もどんどん強まっていく。普通の子供に生んであげられなくてごめんね。


 娘は、「どうして私だけしわくちゃなの?」と私に疑問を投げかけた。今はまだこの子は小さいから、コンプレックスには感じないかもしれない。けれど、大きくなるにつれて、やがてそれは劣等感になり、絶望になり、娘の心に大きな傷を残すかもしれない。


 私は……思いついてはいけないことを思いついてしまった。娘を助けるために、例のウイルスを利用する。このウイルスは生物を若返らせる特性がある。しかし、その代償はあまりにも大きい。ウイルスというだけあって、体を蝕み、障害を与えるのは当然のことである。


 だが、このウイルスが変異をして凶暴性を失ったのならば……若返りの作用だけを上手く利用できれば娘を救えるかもしれない。


 時間がない。娘が大きくなって自我が強くなる前に……彼女のコンプレックスとなる原因を解消させてあげなきゃ。それに、娘の生まれ持った奇病の方もどんな性質があるのかわからない。娘の命を脅かす危険もある。だから、私は……この村を実験台にすることにした。


――――


「ウイルス流出の原因はベイカー医師だったのか……娘を守るために村人を犠牲にする覚悟で」


 琥珀はベイカー医師の記録を読んでストーリーの一部を理解した。


「なんか悲しい話だね。もし、ベイカー医師の娘が奇病を患わずに生まれてきたのであれば、こんな悲劇は起こらなかったのかもしれない」


 夏帆は少し物悲しそうに語った。だが、真実はこれで終わりではない。まだゲームは中盤なのだから。

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