人を人たらしめるもの

 脳の前頭前野という所には、頭頂連合野、側頭連合野などから連絡を受け、あらゆる情報が集まってきます。記憶に関わる海馬とも連絡し、必要な情報の抽出、思考、判断を実施していきます。幼少の頃からの経験と行動の記憶の影響も受けます。課題に対してどのような感情と、意欲をもち行動してきたか、うまくいった時にはどのような喜びや実感をもつことができたか、周りの人からの称賛、共感などどのような反応を受けてきたか。失敗したことも、失敗に終わり無力感を感じ立ち止まるだけではなく、何らかの学びに変えることができたかどうか。それがその人の、人格および対処能力になっていくといえるのではないでしょうか。

 遺伝的な脳神経の、情報処理の速さ、特性もあるでしょう。切り替えが早い人、記憶が優れている人、判断に時間がかかる人、記憶が不得意な人といった特性が考えられます。

 後天的に得た経験と学習の記憶と、失敗と成功にともなう喜びや悲しみといった情動も、前頭前野で行われる神経回路の働きに影響を与えます。前頭前野の働き方が、私達の性格や心理、行動を形作っていくとも言えるのではないでしょうか。

 原点としては、赤ちゃんのときに、外の刺激を情報として受けとり、「感じる」ということが土台になっています。赤ちゃんが空腹や不快を感じ泣くことから始まり、やがて言葉や行動により外界に働きかけることを覚えていきます。

 たくさんの感覚情報を受け取り処理する中で、脳の奥深くにある海馬は必要と思われる情報を選びとり、前頭前野での判断、実行つなげていきます。環境や感覚情報に応じた、合目的的な神経回路の強化、それが脳の発達です。情報をうけとり、「こうだから、こう思う」と他の情報と関連付けて判断、推論していくことは、子供のうちから発達が始まっています。親や他の人であればどうするか。他の人の価値観に合わせて、このはずだ、こうでなければいけない、と考察することも増えていくでしょう。

 誰かと情報共有をし、このときこうだったよね、と確認、共感や考察を経て、考えを修正、誰かの思考に歩み寄ることも行っていきます。

 言語中枢は優位半球の側頭葉(ウェルニッケ中枢)、前頭葉にあります。今までの経験や感じてきたことの記憶の蓄積は大脳皮質にあります。感情や意欲をうみたすメカニズムは脳の奥深く海馬や大脳辺縁系にあります。過去の情報と関連づけて有用な情報処理をしたり、言語を介し何らかの返答や共感を得る中で外からの情報を蓄積します。

 数ある記憶や行動、判断の経験の中から、その時の状況や自分の気持ちに合わせて、自分にとって適切な方法を選び、実際に体を動かしたり、言葉にして伝えたりと前頭前野が司令塔として働きます。

 数ある情報の中でなにを優先させるのか、自分の感情や、ときには他の人の感情やそのときの状況をもとに、一番重要と思われる行動を選択する。それが脳の司令塔といわれる前頭前野なのです。

 心や人格は脳神経の働きの中にあると考えると、自分がどのように情報を処理し、好ましい情報処理と行動の仕方について脳の中に記憶として蓄積してきたか、いかに行動し、自分自身が納得した結論をだしてきたか、いかに合目的的に脳の神経回路が鍛えられてきたか、ということが人生の質を左右するのではないかと思うのです。

 衝動性や怒りの表出など、社会的に望ましいとされない脳内での情報処理を行ってしまう要因は誰にでもあります。しかし過去の経験や行動の記憶から、衝動や怒りの結果を予測し回避することを選び、自分の特性を生かして何かしらの問題解決を繰り返して生きていくことも、可能と考えるべきなのです。困難であり、回り道にみえても、その地道な問題解決の過程に、有効性、あるいは喜びを見出すことができるか。結果に不満足であっても何らかの解決の糸口をつかむことができるかが、鍵となるでしょう。

 もし、感じることも判断、行動することを全て他人もしくは親や、強い人に合わせることしかしてこなかったら?

 自分自身が感じとり、表出し、誰かから何らかのフィードバックが返ってきて、また次の行動や言動につながるということを認識することができなかったら?

 自分の脳内に、自分が納得のいく結果をともなう行動や判断の情報処理の記憶や経験がない、他人事や空想の情報しか、大脳皮質に蓄積されていないとするなら、どうなるでしょうか。海馬が有用な情報を選び、適切な神経回路で処理する役割を果たすことができないということを予測します。

 その人は、自分が何とかしたい課題に直面した時、行動と、言動が伴わないこともあるかもしれません。自分の有効感、能力と現実の行動の結果の繋がりを学ぶことができていないことも考えられます。そのことで、すぐに困ることはないのかもしれません。命が脅かされるわけでもありません。

 しかし、感じとり、考察、判断、行動する、次の行動へ応用する。そこに喜びや有効感を知ることができるのは人間の脳機能における誇るべき財産とでも云うのでしょうか。

 環境がかわっても、天変地異が起きても、一人ぼっちになってしまっても、よりよく生きるために欠かせないことと言えるでしょう。

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