第10話 料理上手な受付嬢


 情報を持ってきたモネギカいわく、自称勇者とやらが襲来したらしい。



「それだけを聞くと、中々のパワーワードだなぁ」


 勇者って正義の味方なんじゃなかったのかよ、って感じだよね。


 いちおう念のために言っておくけれど、僕が今居るキコリーフの国が何か悪いことをしたわけじゃない。


 突然勇者が単身でこの国のトップに文句を言ってきたらしい。


 それで王城のみならず、街までが騒然となっているらしい。



「そもそも、勇者なんて魔王戦争の時に消えた名前だしなぁ」


 サウスレイクが召喚した異世界の勇者たちは、戦争のさなかで行方不明になっていたはずだ。


 もし本物の勇者だとして、急に現れて何がしたいっていうのさ?



「ノエルは勇者について何か知ってる?」

「アタシだって知らないわよ、そんな胡散臭い奴なんて。っていうか、こんな緊急を要する時に、呑気に家でトーストなんてかじっていて良いワケ?」


 今日の朝ご飯はネールさんの作ってくれたハムエッグトーストだ。


 それを元気よくモッシャモシャと食べている僕を見て、ノエルはそんな事を言った。


 だって、冷めちゃったらせっかく作ってくれたネールさんに申し訳ないじゃん。



「あら、ノエルさんは要らなかったですか?」

「いや、食べるけどさ……うん、おいしい……」

「そう、なら良かったわ」


 目が覚めるような爽やかな香りのハーブティを口にしながら、ネールさんはニッコリと微笑んだ。


 うん、天使だ。ここに天使が居る。



「……アタシも料理習おうかしら」

「あー、だめだめ。ノエルは何でも焦がしちゃうから料理には向いてないよ。マグマを食べる炎人族なら食べてくれるかもしれないけど」

「もう!! アンタのそういう女心を理解しない無神経なところ、本当に大っ嫌い!! お肉を焼くぐらいなら、アタシだってできるわよ!?」


 えぇ~本当かなぁ?


 僕はあくまでも親切心でそう言っているだけなんだけど。



「魔王討伐の旅でノエルに料理番を任せた時に、ボア肉をまるまる一頭を炭にしたの忘れたの?」

「……昔のことなんて、いちいち覚えてないわ」

「食べたクリスタが腹痛を起こして、残飯を僕が独りで処理する羽目になったんだけど「分かったわよ!! 悪かったってば!! あの時はまだ料理に慣れてなかったんだから仕方がないでしょ!!」……アレは慣れてないってレベルだったかなぁ」


 涙目になったノエルは僕の肩をバシバシと叩きながら、あれこれと言い訳を重ねた。


 人間には向き不向きがあるから、別に良いと思うんだけどなぁ。



「別に僕は、ノエルが料理できなくたって好きだよ?」

「――ッ!?」

「深炎の魔法だって、僕もクリスタも数え切れないほど助けられてきたしね。それにほら、燃やすのは得意になったからいいじゃない。恋心とかさ」

「……もう、ネクトの馬鹿」


 僕のユーモアのあるジョークに、今度は顔を真っ赤にさせているノエル。


 うん、照れるのは良いんだけどさ。そろそろ叩くのを止めてくれないと、僕の肩はもっと真っ赤を越えてドス黒くなちゃうな……。



「ふふふ。本当に仲が良いんですね、ネクトさんとノエルさんは」

「もちろん、僕はネールさんのことも大好きですよ?」

「あら、ありがとうございます。――ちゅっ」


 ノエルと違ってオトナなお姉さんのネールさんは、僕のおでこに優しいキスをしてくれた。


 うんうん、やっぱこういう生活っていいよね。


 だからこそ、この国に害をなす勇者は許せないな。



「――ちょっとキコリーフ城に行って、どんな様子なのか見てこようかな」


 このまま勇者と戦争になるのか、それとも交渉するのか。


 いずれにせよ、僕はこの国の為なら戦う意思はある。



 できれば危険なことはしたくないし、戦いを避けられるならそれに越したことはない。


 なるべくならどちらも犠牲が少ない方が良いしね。


 いざとなれば、僕が勇者を直接止めに行こう。



「――御馳走様でした。今日も美味しかったよネールさん。……ところで、モネギカはいつまでこの家に居るの?」

「……うるせぇ。お前らが朝から甘い雰囲気出すから、俺が帰るに帰れなかったんだよ!!」



 ネールさんの弟は部屋の隅でモソモソとトーストを齧りながら、恨みがましそうな声でそう答えるのでった。


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