第8話 二度と来れなくなった。


「へぇ……その女がネクトの彼女? ふーん??」


 キコリーフ国随一のお洒落スポット、木漏れ日カフェ。


 普段は乙女たちの賑やかな声が溢れている憩いの場に、今日はドス黒い暗雲が立ち込めていた。



「ちゃんと聞いてるの!? この馬鹿ネクト!!」

「ひゃいっ!?」

「だいたい、アンタがこんな美人と付き合えるわけがないじゃない!! 何かの勘違いなんじゃないの!?」


 ごめん、ちょっと話を盛った。


 雷雲があるのは僕が居るテーブルだけ。


 そして雷を落としているのは僕の幼馴染であるノエルだ。



 ていうか、ノエルは何に対してそんな怒っているのさ?


 別に僕が誰と付き合おうと、ノエルには関係なくない?



 ……だけど僕はそんなことは言えずに俯いている。


 気まずい雰囲気の中、ハーブティの湯気だけがゆらゆらと楽し気に揺れていた。



 無言の時間が延々と続くかと思われた時。


 僕の代わりにネールさんが口を開いた。



「勘違いなんかじゃないですよ? 捨て猫のようになっていたネクトさんを、私が拾ったんです。そもそも、貴方は捨てた側の人間でしょう? 今さらノコノコやってきて騒がないでいただけます?」

「なんですってぇ!?」


 ちょ、ネールさん!? ちょっとそれは言い過ぎなんじゃないですか!?


 どうして火元にファイアーボールを投げ込んじゃうんですかぁ!!


 ノエルも僕の恩人に暴言はやめて!



「アタシはネクトを捨ててなんかないわよ!! コイツが勝手に(アタシを置いて)出て行ったんだから!」

「うっそだぁ、ノエルはクリスタと一緒になって僕を追い出したじゃないか……」

「アンタはちょっと黙ってなさい!!」


 ひぇ……?


 なんで当事者の僕が黙ってなきゃいけないんだよぉ……。



「ともかく!! アタシはこの女がネクトの彼女だなんて、絶対に認めないわよ! だいたい、なによ! アタシというものがありながら、他の女にうつつを抜かすだなんて……」

「え?」

「ノエルさん、もしや貴方もネクトさんのことを……」

「え? あっ、ああぁぁああぁっ!?」


 え? もしかしてノエル、嫉妬していたってこと?


 そんな素振りなんてしてこなかったじゃん!



「まぁ、そうかな?とは思ったんですけどね」

「えっ!? そうなの、ネールさん」

「逆にどうしてネクトさんは気付かないんですか。だっておかしいじゃないですか。本当にこの方が追い出したのなら、わざわざこの国まで追い掛けては来ないでしょう?」


 た、たしかに……?


 でも今まで、僕のことを散々けなしてきたから……。



 ノエルの方を見ると、背を向けて蹲っていた。


 トレードマークである真っ黒なハットを目元まで深くかぶって、ブツブツと呟いている。



「ちがう、ちがうの……いや、違くない、好き、だけど違うの……」

「ノエル? 本当に僕が好きだったの?」


 ゆっくりとこっちを振り返ると、帽子を被ったままコクンと頷いた。


 なんだろう、この可愛い生き物は。



 いつも毒舌ばっかり吐いている深炎の魔女、ノエルの姿はどこにも無い。


 顔の下半分を真っ赤に染めながら、口をモニョモニョさせている。



「好きだけど、そんなこと面と向かって言えるわけないじゃないの!! 素直になれないから今まで意地悪ばっかり……それにアタシはネクトの方から言って欲しかったっていうか……」

「僕もノエルのことは好きだよ?」

「――っっ!? そ、それってもしかして……!?」

「ん? もちろん、友達としてだけど」

「――!!!!」


 バンッ、と音を立ててノエルが立ち上がった。


 顔はさっきよりも真っ赤だ。



「しねっ!! きらいっ!! ぶっ殺してやる!!」


「あはは。ノエルは相変わらず、ノエルのままで嬉しいよ」



 この日、木漏れ日カフェに血の雨が降った。

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