第7話 このあと一週間ほど、話のネタにされました。


「今日もお疲れさまでした、ネクトさん。ご無事の御帰り……ではなさそうですが」


 冒険者ギルドの美人受付嬢、ネールさんは僕の冒険者証を受け取りながらねぎらってくれた。


 だけど、そう。彼女の言う通り、僕の身体はあちこちがボロボロになっていた。



サンドラット砂ねずみの討伐に手こずってね。アイツら、すばしっこい上に集団だから」


 キコリーフの森を抜けて少し北へ向かったところにあるハラハラ大砂漠。


 そこに棲み付いているサンドラットっていう砂ネズミの討伐が、今回僕が受けた依頼だった。



「そうですね。ソロの冒険者はまず受諾しない依頼ですから」

「……僕が受けた時、ネールさんそんなことひと言も言わなかったですよね?」

「えぇ。だって必要ありましたか? ネクトさんは魔王を討伐した英雄なのでしょう?」


 うぐぅ……。それは僕が1か月前、この国へ流れ着いた時に言った啖呵たんかだ。


 この意地の悪い受付嬢さんは、まだそのことを覚えていたらしい。



「でも、おかげでこの周辺のモンスターについてだいぶ慣れてきたのではありませんか?」

「そうだね。何度死に掛けたか分からないけれど」


 国を追い出され、住む場所も無くなった僕がこの国で生き残るのは、言葉では言い表せないくらいに大変だった。



 何が大変かって、まずはお金を稼がなくちゃいけなかった。


 一時的に宿に泊まろうにも、どの宿も商人向けで宿泊料が異様に高い。


 手持ちの少ない僕じゃ、あっという間に所持金が尽きてしまう。



 じゃあ家を借りられれば良かったんだけど、それもできなかった。


 僕が持っていた鉄ランクの冒険者証じゃ、この国の住人とは認められないからね。


 だからよそ者の僕には、どこも家を貸してくれなかったんだ。



「まずは、銅ランクに上げることを目指してください」


 行き場もなくギルドの軒下のきしたうずくまっていた僕に、ネールさんはそう言った。


 銅ランクになれば、安い定期宿を借りることができるから、と。


 だから僕は、他の冒険者があまりやりたがらない、いわゆる『臭い依頼』をやることにした。


『臭い依頼』っていうのは、面倒な割に利益が少ない依頼のこと。


 未受託のまま腐って臭う、とか怪し過ぎて危ない匂いがする、とかそんな理由で冒険者が揶揄したからそう言うようになったんだって。



「普通の冒険者はそういう依頼は嫌うんですけどね。でも報酬が安い代わりに、ランクを上げるために必要なギルドポイントが高いんです。つまり、ネクトさんにとっては丁度良いんですよ」


 僕はそんな面倒な依頼は御免だ……なんて最初は思った。



 倒す時に臭い体液を撒き散らす虫モンスターの討伐だとか。


 少しでも掃除残しがあると叩いて起こるヒステリーおばさんの館掃除だとか。



 依頼内容を聞いた時は、思わず顔をしかめた。


 それでも言われるがままにやってみると、どの依頼もそこまで危険度自体は高くなく、僕ひとりでもこなせるものばかりだった。



 今回のサンドラットも数が多いだけで、そこまで攻撃力も高くはなかったし。


 だから今日もこうして、僕は死なずにギルドポイントを稼ぐことができた。



 もしかしたら、ネールさんが僕に合った依頼を選別してから斡旋してくれていたのかもしれないな。



「はい、ネクトさん。おめでとうございます、遂にこれで、念願の銅ランク冒険者ですよ」

「おぉー!! やった、ついに僕も立派な冒険者の仲間入りだぞ!!」

「ふふ。銅ランクはまだ新人もいいところですけどね」


 むむぅ、それでも僕はこれで胸を張って街を歩けることが嬉しいんだい。


 今まで僕は、この国の人権が無いような扱いだったんだから。



「これでマトモな依頼を受けて、お金を稼げる!! 貧乏生活からもオサラバだ!!」


 お金があれば美味しいものが食べられるし、装備だって整えられる。


 それに、これでようやく誰かとパーティが組めるはず!!


 可愛い女の子とパーティを組めれば、僕のスキル『ジャンクション連結』で本領が――



「ふぅん。じゃあ私の家住まいからも卒業ですか?」


 ひとりで浮かれていたら、ジト目になったネールさんが僕に冷たい視線を送っていた。


 マズい。これは怒っている顔だ……。



「あ、あははは……まさかぁ?」


 そして彼女の言葉からも分かる通り。


 実は僕、ネールさんと出逢った日からずっと、彼女の家に居候させてもらっているのだ。


 ネールさんのこと、心の中では散々“鬼の受付嬢”だとか、“地獄依頼の斡旋人”とか言っていたけれど。


 彼女はお金もなく、行き場のない僕を拾って、餌付けまでしてくれた紛れもない恩人だった。



「住む場所ができれば私は用済み、そうおっしゃりたいので?」

「い、いや……それは、その……」

「私のこと、捨てちゃうんですか?」


 うん、ごめん。


 表ではあんまり言えないけれど、僕たち恋人……だもんね。


 気付いたら僕、ネールさんに襲われて逃げられなくなってた。



 でも、不思議なんだよなぁ。


 なんでこんな駄目人間な僕を好きになってくれたのか、さっぱり分からないんだ。


 ネールさんは「そういうところですよ」って言うんだけどさ。


 あはは、なんだかちょっと照れくさいね……。



「捨てるわけないじゃないですか……お金を稼げれば、僕がネールさんにご飯を御馳走できると思って……」

「ふふ。冗談ですよ。食事も楽しみですけど……でも、危険なことはしないでくださいね? 私、ネクトさんが帰ってきてくれさえすれば、それでいいんです。最悪、

「ね、ネールさん……」


 そう言ってネールさんは、僕にだけ見せる花のような笑顔を咲かせた。


 なんだろう、一生僕は彼女から離してもらえなさそうだ……。



「ちょっと……」


 こんなやり取りをしている間にも、僕の後ろでは順番待ちをしている他の冒険者どもがいる。


 イチャついてないで、さっさとどけ? そんなの知ったこっちゃないね!


 こっちはできたてホヤホヤの熱々カップルなんだぞ、お前らこそどっか行け!!



「ねぇ、ちょっと!!」


 なんだよもううるさいなぁ!!


 僕たちの幸せを邪魔するやつは、たとえ英雄であろうと許さないぞ!?



「ちょっと!! ネクトってば!!」

「え? ま、まさかその声は……ノエル!? どうしてここに!?」


 振り返ると、そこに立っていたのは真っ黒なローブを着た赤髪の女の子。


 僕の幼馴染、ノエルの姿だった。



「やっっと見つけた……って、それよりも誰なのよ、その女はぁっ!!」


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