危機

 ――しかしね、吾妻は少し引っ込み思案なとこがあるから、ヒナちゃんみたいな子が吾妻のお嫁さんに来てくれると、おばあちゃんも安心なんだけどねえ。



 ――……



 毘奈の作った奇跡みたいな弁当のおかげで、僕は周囲に醜態を晒しながらも、何だか絆されてしまっていた。

 いかんいかん、毘奈の術中にハマってしまってる場合じゃない。午後もどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないんだから。



 「吾妻! あれあれ、お化け屋敷入ろう!」

 「……ええ!?」



 別に僕はお化け屋敷が嫌いってわけじゃない。毘奈と一緒に入るお化け屋敷が嫌いなんだ。

 っていうのも、毘奈はお化け屋敷に入りたがるくせして、結構お化けが苦手だったりする。そんな女の子と一緒に入ったりすれば……。

 おっと、今何か邪まな想像をしただろ? お化けに怖がる女の子が、抱き着いてきて……みたいなね。世の中そんなご都合主義みたいにはいかないのさ。



 「いやぁーー!!! こっち来ないでーー!!」

 「ぐぇっ!! おふぅっ!!」



 僕にとって怖いのはお化けじゃない。お化けに驚いた毘奈が繰り出す、やけにキレのいい裏拳や回し蹴りだ。まさにそれは、暗闇から襲い来る凶器に等しかった。



 「あー! 吾妻、凄く怖かったね!」

 「いや、僕は凄く痛かったよ……」



 僕は毘奈から受けたダメージも癒えぬまま、園内のゲームセンターに入り、毘奈の要望でエアホッケーで勝負することになった。

 僕は覚悟を決めて集中力を高める。別に勝つ為じゃない。ハナッからこんな体力馬鹿に、勝とうなんて思っちゃいないんだ。


 

 「吾妻、そこ、覚悟!!」

 「ひゃぁぁーー!!」



 台から弾き飛ばされたエアホッケーの円盤が、僕の右頬を吹き抜けるようにかすった。毘奈の放つ円盤は、三回に一回くらい僕に直接飛んで来るんだ。

 だから、僕がエアホッケーをする時に一番気を付けなきゃいけないのは、如何に怪我をしないかだった。



 「ありゃりゃ、また失敗! 吾妻、やっぱり器用に避けるね」

 「ふん、甘いな毘奈……何年お前とエアホッケーをやってると思ってるんだ! お前の放つ攻撃など……」



 最早何の勝負だか分からなかったが、僕は毘奈が打ち飛ばす弾丸のような円盤を、紙一重のところでかわしていく。

 そう、僕の目にあの衝撃が飛び込んでくるまではね……。



 「当たりはしなぃ……ぎゃぁー!!!」

 「あ、ごめん! 吾妻、大丈夫?」



 顔面に円盤がぶち当たる寸前、僕は何か見てはならないものを見てしまった気がした。

 ゲームセンターの中からガラス越しに見えた光景、この寂れた遊園地には決して似つかわしくない、今をときめく女子中学生と思われるグループだった。



 「う……嘘だろ?」



 その女子中学生の中心、大人っぽい白のキャミソールを着ているあの子、間違いない。

 透き通るような白い肌、涼やかで優しそうな瞳、熟れた果実のような唇をした、僕の世界美少女遺産登録済みの絶対的美少女、榛名 雨嶺さんじゃないか!


 

 「ねえ、吾妻、どうしたのどうしたの?」



 あからさまにキョドる僕に、首を傾げる毘奈。ヤバイヤバイヤバイ、何でこんな遠方の寂れた遊園地に榛名さんが来るんだよ。偶然にしちゃ、でき過ぎだぞ?

 もしかして、榛名さんがここに来るのを全て知った上での、毘奈の手の込んだ策略なのでは? とも思ったが、さすがに無理があったので、その仮説は捨てる。

 やはりあれだ。惹かれ合う僕と榛名さんは、知らず知らずのうちに同じ場所へ引き寄せられてしまう運命にあるのだ。そうに違いない!



 「ぐぬぬ……毘奈、ちょっと場所を変えようか」

 「え? 別にいいけど、本当にどうしたの?」


 

 しかし、まずいぞ。万が一、僕と毘奈が一緒にいるときに榛名さんに出くわしてしまったら、僕は初デートの前の日に、他の女子とデート(?)している最低野郎になってしまう。

 そうかといって、毘奈に状況を説明して園内から出るわけにもいかない。何しろ、僕と榛名さんが付き合い出したのは、国家機密に匹敵するようなトップシークレットなのだからな。



 「ほら、毘奈、ぐずぐずするなって、早く行こうぜ!」

 「ちょっ! 待ってよ、痛いよ吾妻!」



 僕は焦るがあまり、咄嗟に毘奈の腕を掴んで駆け出していた。とにかく、何としてもバレるわけにはいかない。遠くへ、遠くへ行くのだ。

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