幼馴染のお弁当
――そうだね、吾妻やヒナちゃんが結婚するまで、生きていたいものだね……。
――大丈夫だよ、おばあちゃんいつも元気だもん! 長生きできるもん!
――……
ばあちゃんが亡くなった時、毘奈はお通夜の席で、本当の孫である僕や妹がドン引きしてしまうくらい泣きじゃくっていた。
あまりに酷い有様だったもんだから、途中お坊さんがお経を読むのをやめ、毘奈のお母さんが外へ連れ出したくらいだ。
あの時、毘奈は泣きながら約束がどうだとか、わけの分からんことを必死に叫んでいたっけ。今となってはもう、本人ですら覚えているのか分からない……。
午前中、散々毘奈に振り回された僕は、午後一時を過ぎてようやくお昼を食べさせてもらえることになった。
何でも、毘奈がお弁当を用意してきたとのことだ。僕らはフリースペースのテーブル席に向かい合って座る。
「じゃじゃーん! 喜べ吾妻! 今日は毘奈ちゃんの最高傑作なのだ!!」
「……え?」
毘奈がバッグから取り出した、二段になってる弁当箱を開けると、何の変哲もないおにぎりと焼きそばが入っていた。
自信作って言うけど、僕はどう口にしたらいいのかわからず、言葉を濁す。
「えーと、何だか……炭水化物ばかりだね……」
「な~に? 吾妻、文句あるの?」
「い……いいや! とても斬新で先鋭的なお弁当だと思ったんだ! いただきます!」
まあいいや、弁当の中身に関しては大いに疑問だけど、この内容であれば大ハズレはまずないだろう。
僕は毘奈のご機嫌を伺いながら、安っぽくて冷えた焼きそばを口に運んだ。
「どうどう? 吾妻、美味しい? 美味しい?」
最初、僕は毘奈がどんな魔法を使ったのか分からなかった。
だけど、僕は鬱陶しく感想を求めてくる毘奈を忘れてしまうほど、その何てことない焼きそばの味に感動し、思わず持っていた箸を落っことしてしまっていた。
毘奈はその反応を見て、得意気に笑った。
「コラコラ、お行儀悪いぞ! でも、驚いたでしょ? この味出すの、苦労したんだ……」
「じゃあ……こっちは……?」
僕は落っことした箸も拾わないまま、弁当箱に並んだ冴えないおにぎりを掴んで、何かを確かめるようにかぶりついていた。
そうか、やっぱりだ。間違いない。この独特の甘じょっぱい味噌の風味、忘れるわけないじゃないか。
「これ……ばあちゃんの味だ……」
毘奈が最高傑作というわけ。この焼きそばとおにぎりは、小さな頃、お腹を空かせた僕と毘奈に、ばあちゃんがよく作ってくれたものだった。
ばあちゃんが亡くなった今となっては、本当の娘である母親でさえも出すことができなかった味。
もう決して口にすることができないと思われたこの味を、毘奈はあの頃の記憶だけを頼りに再現させていたのだ。
「そう、大正解! じっくり味わいなよ、ただ美味しく作るよりずっと大変だったんだから! ……って、吾妻……え?」
完全に想定外だった。不覚にも僕は毘奈の作ったおにぎりを食べながら、ボロボロと涙を流していた。
さすがにここまでの反応は予想していなかったらしく、一緒におにぎりを頬張っていた毘奈も……。
「ちょっと、やめてよ! 吾妻が泣いちゃったらさ、私まで涙が出てきちゃうよ……うううっ」
策士策に溺れるっていうやつか……? いや、ちょっと違うな。
とにかく毘奈は、僕を驚かせようと作ってきた弁当を食べながら、一緒にわんわんともらい泣きしていたんだ。
「ママ! あのお兄ちゃんとお姉ちゃん、おにぎり食べながら泣いてるよ」
「まあ、きっと普段満足に食べられていないんだわ……」
「なんて可哀想な子たちなんだ……」
何も知らない第三者にとっては、きっととてもシュールな光景に映っていたに違いない。
僕らはそんな周りの目に全く気付かないまま、自分たちの涙がしみ込んだほろ苦い味のおにぎりと焼きそばを、様々な思いを胸に噛みしめていた。
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