告白
有史以来、こんなにも放課後が待ち遠しい日が、かつてあっただろうか?
僕はその後の授業を半ば夢見心地で聞き流し、来るべきその時を待っていた。
「よし……時間だ」
僕は帰りのホームルームが終わると、よもやずっとトイレでも我慢していたんじゃないかってくらいの勢いで教室を出た。
ああ、もう僕の覚悟はできてる。さあ、来るなら来い! 僕は途中誰かに呼び止められるも、気にも留めないで一目散に体育倉庫の裏へと向かった。
そして僕はその荒涼とした約束の地で、聖女 榛名 雨嶺の降臨を待ったのだ。
「あ! あっぶねー!」
おっと、この来るべき大事な時に、僕としたことがズボンのチャックが全開じゃないか。つい夢見心地で気付かなかったぜ……。
でも、ちょっと待てよ。冷静に考えてみれば、この呼び出しが何の目的だったかなんて一言も書かれていなかったじゃないか。
「しかしな、他に何か僕を呼び出すようなことあったっけか?」
まさか、こんなところに呼び出してまで、僕のチャックがずっと全開だったことを指摘するわけでもあるまい。これは告白しかないだろ。
だが自慢じゃないが、同じクラスになって以来、榛名さんとはほとんど真面に口をきいたことがない。果たしてするか? そんな相手に……?
「あ、那木君! 来てくれたんだ!」
「は……はは、榛名さん!?」
いや、来てしまった。もうここまで来たら、つまらない心配なんて野暮ってもんだ。僕みたいな恵まれない民にこそ、聖女はきっと舞い降りるんだよ。
このファーストコンタクトで、僕の緊張ゲージはほぼマックスに達していた。
「えーと……そそそ、その、ぼぼぼ、僕に……おお、お話しというのは……?」
「いきなり呼び出しちゃったりして……ごめんね、実は私、前からさ……」
榛名さんは両手を祈るように胸の前で握りしめ、照れ臭そうにもじもじしながら言った。
やばい、もうこの時点で僕は意識を失いそうだった。見てるだけで昇天してしまいそうな可愛さなんだもの。
そうだ、僕はずっと……生まれてからこの方ずっと、君からのその言葉を待っていたんだ。
榛名さんは覚悟を決めた様子で、叫ぶように言った。
「ずっと那木君のことが好きだったの!!」
(ウォーーー!! キタァァァァァーーーーーーー!!!!!!!!)
夢ではない。僕の人生は、今この瞬間から本当に始まるのだ。
「だから……その、私と付き合って……くれるかな?」
「……!!」
「はい、喜んで!」……と、すぐにご注文を承りたいところだったが、ここは待て、一旦落ち着くんだ。ものには順序ってものがある。
「えーと……そ、そのー、凄く嬉しいんだけど、何でほとんど話したこともない僕に……?」
そうそう、そこだけははっきりさせておかないとね。僕としても一番気になるところだ。
彼女は恥じらいながら言葉を紡ぐ。
「那木君はね……知的で物静かで大人な感じがして、他の男子とはちょっと違うなーって……。そうしたら私、那木君のことが気になりだしちゃって……いつの間にか、那木君のことばかり考えるようになってたの」
そうかそうか、やはり本当に価値が分かる女子には隠せないんだ。この僕の溢れ出る大人の魅力ってやつをね。
「それでね、気付いたの。私、那木君のこと好きになっちゃったんだって……。夏休みの間も、ずっと那木君のことばかり考えてた。だから、もう我慢したくない! 那木君と一緒にいたいの!」
「あ……そ、そんなに?」
「ダメ……かな?」
「う……ううん! そそそ、そんなことないよ!」
榛名さんに上目遣いで見つめられ、僕は唇をブルブルと震わせながら首を何度も横に振った。
この聖女 榛名 雨嶺にここまで言わせてしまっては、全人類の男たちは皆誠心誠意その気持ちに応えるしかあるまい。
「ぼぼ……僕でよろひ、よろしければ、よ、喜んでお願いしまふ!!!」
「う……嬉しい! ありがとう、那木君!」
榛名さんは満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうに両手でガッツポーズをした。
初秋の爽やかな風が、色づく前の木々の葉と、シルクのような彼女の髪を優しく揺らす。彼女の透き通るような白い肌、涼やかで優しそうな瞳、熟れた果実のような唇、近くで見てたら鼻血が出そうだ。
僕らは一旦携帯の連絡先を交換し、まだクラスの皆んなには内緒ということで付き合い始めることになった。
僕と榛名さんの二人だけの秘密……いいじゃないか、いいじゃないか。
思えば長かった。悪辣な幼馴染には散々揶揄われ、生意気な妹には馬鹿にされ続けたが、ついに時は来た。時代が僕に追いついたんだ。
思い上がったスクールカースト上位の階級主義者共よ、運動できればモテると思ってる憐れな脳筋至上主義者共よ、さあ、僕にひれ伏すがいい!
これからは、僕のようにクールで思慮深い大人な男の時代なのだ。
僕に風が……時代の風が吹いていた。
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