第2話
智希と小夏は高校の同級生だった。
同じバドミントン部。クラスは違ったけれど、さっぱりとした男気溢れる小夏とは気が合い、よくつるんでいた。
いつも一緒にいたが、智希は小夏を女として意識したことは全くない。小夏は板みたいな体でひょろっと背が高くて、髪はショートで見かけは男のようだった。なんならガサツで、サバサバしていて中身だって男だった。
名前は小夏なのにデカいよな。智希はそんな軽口をよく叩き、聞いた小夏はがははと口を手で押さえもせずに上を向いて大笑いしたものだった。
そもそも智希には彼女がいたのだ。
一年下でバドミントン部のマネージャーの里美。入部してきた彼女を見た途端、智希の頭の中は里美でいっぱいになった。小柄でふわふわと天パの髪を肩の上で揺らし、つぶらな瞳に色白な肌。一緒に入部したもう一人のマネージャーの背中に隠れるように行動する彼女は、守ってあげたくて仕方なくなるような女の子だった。
里美はモテたのか。
それは分からない。誰かにとられまいと、里美が入部すると智希は早々に猛アタックしたからだ。その甲斐あって、夏前にはもう里美と付き合っていた。
「おかえりなさーい」
「りなーい」
マンションの玄関を開けると、二人の子どもが玄関に駆け寄ってきた。四歳の
「ただいまあ」
靴を脱ぐと鞄を床に置いたまま、右手で優愛、左手で海翔を抱き上げる。総重量二十五kg。そろそろ腰に気を付けねばとは思っている。
「おかえりなさい」
ワンテンポ遅れて、奥から里美が玄関に来た。ノースリーブの花柄のワンピースに白いエプロンをつけ、肩上の髪を後ろで結んでいる。
そう、智希は高校時代の彼女と結婚したのだった。
シャワーを浴びると、テーブルには里美の作った夕飯が並べてあった。四人で食卓を囲む。今日は肉じゃがだ。
「・・・・・・でね、海翔がライちゃんとおもちゃの取り合いになってね。そしたらライちゃんママが──」
二人の子どもに食べさせながら、里美は自分も料理を口に入れ、そして今日の出来事を次から次へと話し出す。今は優愛の幼稚園が夏休みで、二人の子どもを一日見ているのだから色々大変だろう。そういう内容を里美は絶えることなく話し続け、智希はタイミングよく相槌を打っていた。甘い肉じゃがを口に入れながら。
結婚したときは里美の作る煮物が、甘くて驚いたものだった。決して下手なわけではなく、これが里美の実家の味つけらしい。最初の頃は口には出さずとも、甘いなと心の中で不満に思っていたのだが、そのうち慣れてきてしまった。他にはご飯と風呂はどっちが先かとか、箸を立てる向きとか、細かい違いは色々あったのだが、この七年間ですっかりこの生活が当たり前になった。
結婚生活とは、そういうものなのかもしれない。
「ねえ、智希聞いてる?」
急に名前を呼ばれて、智希は我に返る。気がつけば優愛も海翔も食べ終わり、食卓のあるリビングでブロックで遊び始めていた。
「ごめん、ごめん、今日会議が長引いてさ。ちょっと頭がボーッとしてるんだよね」
智希はこめかみを押さえて、慌てて取り繕う。
「そうなの? お仕事大変なのね」
里美は疑うことなく、すっぴんの目をまばたきさせて智希を見つめた。
二人を寝かしつけると言って寝室に行ったまま、里美はリビングに戻ってこない。多分一緒にそのまま寝てしまったのだろう。一日中、まだ手がかかりまくる二人の子どもに付きっきりなのだ。疲れているのも無理はない。
開く気配のない寝室のドアをちらりと見ると、智希は鞄の中から財布を取る。クレジットカードの裏から一枚の名刺を取り出した。
さっき交換した小夏の名刺だ。
カンボジアの人材育成会社を立ち上げたのだという。肩書きは『代表』だった。
高校の時は、小夏がそんなことをするなんて想像していなかった。だけど日に焼けた肌で(小皺は目立ち始めていたが)スーツを着こなしヒールを履いたそのキャリアウーマン然とした姿は、あの頃予想した小夏の将来そのものだった。
こうして二児の父になり、サラリーマンをしている自分も、あの頃想像した自分の範囲内だ。白いエプロンをつけて専業主婦をしている里美も。
智希はテーブルの上のスマホを手に取り、メールを打ち始めた。
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