あなたはあの子でできている

塩野ぱん

第1話

 人は、自分の人生に疑問を持つことがあるのだろうか。

 果たしてこれで良かったのかと。

 少なくとも俺はそれなりに器用にこなし、取り立てて挫折もなく生きてきたはずだ。

 それなのになんなのだろう、この感情は。


 あの再会のせいか。

 あの夜のせいか。

 いや、本当はあいつと出会った時からなのか──




「──智希?」


 それは、突然だった。

 智希が会社帰りにふらりと本屋に立ち寄った時だ。

『こうすれば仕事の効率がアップする』そんな自己啓発本を手にして、金額とその信憑性に買うかどうか迷っている時だった。


 突然下の名前を呼ばれ、顔を上げて声の主の方を見る。隣には長身細身でショートカットの女性が立っていた。小麦色の肌に、麻素材のベージュの上下のパンツスーツ姿。胸元には細い金の鎖が光っている。

「やっぱり智希だ! 私のこと分かる? 覚えてる? 小夏、進藤小夏!」

 女性は目を細めて溌剌とした笑顔を見せた。あの頃と変わらない笑顔で。いや、後から智希は思った。目尻の皺は随分と深くなったな、と。


 進藤小夏。

 何言ってるんだ。忘れるわけないじゃないか。



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