第3話
地球。
荒廃した土地ばかりが広がるこの星の中で一台の自動車が走っていた。
作りはそれなりに頑丈で、強いて言えば屋根が無いことぐらいが欠点と言えるだろうか。
その自動車には少年が一人。
つける装備は鼻筋から顎まですっぽりと覆うマスクに緑色のジャケット。ジャケットの中には全身にフィットしている黒の強化服を着ていた。
名前をカイリ。今年で齢16になる
そして、この時代には何も珍しくもない死人の仲間入りになる一人でもあった。
「やばいやばいやばいやばい!!」
自分の乗る車の後ろには尋常じゃないほどのエネミーが追いかけていた。
それはサンドアントと呼ばれる突然変異体の一種類であり、
いつもとは別の少し離れた遺跡を漁っていたカイリだったが、たまたまその地下に巣を刺激してしまい、現在に至る。
カイリはバックミラーをちらりと見て、ウン万という数のサンドアントを確認する。
自分が最初に見かけたときは数匹程度だったというのにいつの間にあんなに増えているのかと嘆きながらもアクセルペダルを強く踏み込んだ。
しかし退路はほぼ無いに等しい。
このまま自分の住まう都市に逃げ込んでもサンドアントと一緒に消し炭になるし、仮に生き残っていたとしても都市を脅威にさらした罰で首をはねられるだけだ。
つまりほぼ積んでいる。
「やっぱいつもんとこ漁ってた方がよかったんかなぁ!
でももうあそこなんもねぇじゃん!仕方ないじゃん!
今日生きる金だってほとんどないもん!しゃーねーじゃん!
にしたってさぁ!これはさぁ!!なんじゃないかなぁ!!!」
目から溢れる涙はどれだけ叫ぼうとも止まることは無い。
サンドアントも止まることも無い。
絶体絶命絶望的。
そんな時、空から轟音が辺りに響く。
「なんだっ!?」
顔を上げると巨大な物体がこの地に向かって落ちてきていた。
カイリが走っているその場所に。
「……だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
カイリは叫びながらハンドル横についているレバーを下げる。
それは自前の改造で最高速度を上げる操作機構だった。代わりに車の部品にかなり負担をかける為、滅多に使えるものではない。お遊び半分で取り付けたものだった。
車があちこち悲鳴を上げながら加速する。
そして落ちてきたものが後ろの方、サンドアントの集団に落ちた。
とてつもない音と衝撃が広がり、サンドアントは勿論カイリにも盛大な被害が及ぶ。
カイリは車に横転し続ける車から投げ出されないようにしっかりとハンドルやシートにしがみつく。
やがて車が止まり、意識が飛びかけたカイリはシートベルトを外して車から這い出る。
深呼吸をしようとしてマスクに手を付けるがここは都市の外、空気汚染が高くは無いが低くはない。
それを思い出してマスクから手を放す。
後ろを振り向けば逆さに倒れてる自分の車。
強化服のパワーを最大限に生かしながら車を横に、そして倒すようにして元の形に戻す。あちこち凹んでいるが外傷はそれだけだ。
運転席に座ってエンジンが入るのを確認するとほっと一息をついた。
「何だったんだ……?」
周りにサンドアントの姿は見えない。
先ほどの衝撃でどこかに吹っ飛んでいったようだった。
離れていたカイリでこれだから直撃したサンドアントはもっととんでもないことになっているだろう。
ジャケットのポケットにしまってある望遠鏡を取り出し、何かが落ちて来たであろう方向を見る。
遠目ではあるが大きなクレーターが出来上がっているようで、何が落ちてきたのかがわからない。
「どうするかな」
落ちてきたものを確かめるか否かでカイリは迷っていた。
散々な目だったが、それによってある噂を思い出していたのだ。
それは『アヴァロン』と呼ばれる場所からの支援物資。
空より遥か彼方にある月。そこには地球を捨て、新天地で暮らす人々がいる。
そこから稀に地球へ向けて何かしらの物資が投下されるという話だ。
だがあくまでも噂。自分の周りにそれを取ったという人間はいなかった。
失われた技術の物資。売れば一攫千金も夢ではない。
だが噂は一つではない。
『アヴァロン』から来るのは物資だけではなく、そこに住まうエージェントと呼ばれる者達だ。
何らかの任務を与えられ地球に降下し、現地のサポーターと一緒に行動するという。
選ばれるのはベテランの探索者か
遺跡漁りやエネミー狩りをする人間の間じゃ特級の厄ネタ扱いされている噂だ。
「まぁ、仮にそっちだったとしても僕には関係ないし見るだけ見てみるか」
車のペダルを踏み、ハンドルを回す。
速度はあまり出ない。どうやら中身の方はだいぶダメになってるらしい。
それでも歩くよりはマシなので大きくため息をつきながらクレーターに向けて進みだした。
■
クレーターの中心。
そこには大きな飛来物が突き刺さっていた。
倒れないようにするためか、花の花弁の様に鉄の棒が開いており飛来物を支えている。
しばらくして飛来物からドロリとした液体が排出された。
その中には白い強化服を着たソフィアが入っていた。
べちゃりと地面に落ち、液体が飛び散る。その衝撃でソフィアは目を覚まし、盛大に咳き込んだ。
「ゴッホ!おえっ!
培養液兼衝撃緩和剤って結構まずいのね、ちょっと飲んじゃった。
空気は……深呼吸はしない方がいいみたい。また咳きこみそう」
ソフィアはむくりと体を起き上がらせて体に着く粘着質な液体を取り払う。
そして自分を輩出したものと見上げた。
支援物資とエージェントの肉体を地球に降ろすための専用のポッドだった。
それ自体はいいのだが、ソフィアは首をひねる。
「なんか大きい?」
地球での任務はなかっとはいえエージェントとして活動していたのだ。
ある程度の知識は学んでいる。
その知識に照らし合わせるとこのポットは一番大きいものだった。
自分は追放された身だということをわかっているソフィアとしてはこのように大きなポットで地球に来たのは不思議でしかならなかった。
「確か装備が入ってるのはここだったはず」
ポッドに近づいて手探りでレバーを探し当てる。
レバーを回し、引くとカパリと前に開いた。
それも4か所もだ。
「……うぅーん?」
明らかに追放者に持たせる量ではない。
むしろ長期滞在を前提とした高度な任務などに渡されるようなものだ。
「とりあえずマスクは装備したほうがよさそうね」
そのうちの一つからケースと取り出して開ける。
白いデザインのマスクが3つと専用のバッテリーが3本、充電器が2つ入っていた。
一つを取り出して口元に当てる。
すると側面からカシュっと留め具が飛び出し、後頭部を通して固定する。マスクのスイッチを押すと空気が洗浄され、先ほど吸っていたものよりかなり良い状態の物になった。その後、薄紫の光が頭を覆う。
頭部保護のバリアフィールド。
対物ライフル程度なら衝撃を吸収できる防御機構だ。
それが内蔵されていることによりソフィアは目を見開いて驚く。
もしやと思い改めて自分の着ている強化服を確認した。
あちこちを触り、最後には腕部についている装置からホロウィンドウを表示させる。
「最新の、それもタイプD型か」
ソフィアは腕を伸ばし、空中を投げるように手首を動かす。
すると薄紫色の半円が出現した。再び撫でるような操作するとそれは消滅する。
先ほど頭部を覆ったものと同じバリアフィールド。
タイプD型は運動性能を最低限しか上げない代わりにバリアフィールドを主に防御力が高めに設計されている。と言っても地球製の物に比べたら運動性能はうんと高いのだが。
ソフィアはこれだけでも十分と思えるほどの装備だと思いながら首を捻り、他の荷物の確認もする。
一つは薬の自動生成、血液や体温等のチェックをできるメディカルキット。
一つは下着やなぜかバリエーション豊かな衣類。
最後に、箱の機械。持ち前の知識に照らせばデスクトップ型パソコンに形状が似ている。
「何かしらこれ……?」
ソフィアがそれを触り、試しに電源ボタンらしき部分を押す。
『やっと起動してくれました。
いやぁーよかったよかった!』
『っ!?』
突然聞こえた声にソフィアは周りを見渡す。
しかしその場にいるのは自分一人で誰かがいる様子はない。
『あ、いま私は貴女の頭の中から直接話しかけているので、周りには何もありませんよー』
「何を言って……いや、それにこの声は」
ソフィアは自分に聞こえる声に覚えがあった。
「サー・ガウェイン!?」
『えぇ、数時間ぶりですね。
無事にこの場に降りれて何よりです』
「なぜ貴女の声が、まさかアヴァロンから通信を?」
『あぁいえ、貴女の頭に埋め込んでいるマイクロチップに私のデータが丸っとはいっていましてね』
「……いまなんと?」
『ざっくりいれば貴女の中に私がいます』
「なんでっ!?」
理解できない状況に思わず大声で叫んでしまう。
「もっとちゃんとした説明をしてください!」
『しょうがないですねぇ』
やれやれと言わんばかりにガウェインが話し始める。
ガウェインは元々ラウンドテーブルの任期を終えた後に与えられる権利を使って地球に降りる予定だったらしい。
ソフィアの刑が決まった時にそれを繰り上げ、ねじ込んだらしい。
そんな無茶なことが、と思うソフィアだったがラウンドテーブルになる前のガウェインの功績、ソフィア自身の功績、他のラウンドテーブルの隠し事をつついて可能にしたと自慢げに話した。
正直ソフィアはドン引きした。主にラウンドテーブルの隠し事に。
同時に納得もした。
与えられた装備は元々ガウェインに用意されるものだったわけだ。
確かにそれならこれほどの高性能装備を揃えてもらえるだろう。
最後に出した箱の機械は小型のサーバーで、ガウェインはこれを経由して様々な知識の検索や機械の操作を行うことができるらしい。
現在はマスクに内蔵されてる通信機能にアクセスして話をしている。
勿論、それが無くても頭の中にあるマイクロチップから直接通信できるが、その場合ソフィア自身の脳に負担が多少なり掛かるようだ。
「なんで私の身体なんですか?
普通逆なんじゃ?」
『そこは貴女を消させないことを主に話を進めた結果ですね。
誤差なんであまり気にしないでください』
「誤差って」
『それにせっかくの二人旅です!
肉体朽ちるまで地球観光を楽しむとしましょう』
「……さっきから思っていたのですけどかなり性格変わっていませんか?」
『むしろこっちが素です。
ガウェインやってた時は堅苦しくしてなきゃいけなかったから、やっと解放されたー!って感じですよ』
「そ、そうですか」
『あ、ちなみにもうガウェインではないので』
「えっ、あー……」
サー・ガウェインとはラウンドテーブルになる際に襲名されるものである。
現在の彼女はラウンドテーブルを降り、一人の人間に戻っている。
「じゃあなんとお呼びすれば?」
『せっかくなんで貴女につけてもらいましょうか。
なんかいいのください』
「ひどい無茶ぶりを聞きました」
『さぁさぁ!貴女は私にどんな名前を付けてくれるんですかね!
楽しみだなぁ!』
ほんと性格が変わっている。
以前の彼女を知っていたソフィアは正直信じられない、信じたくないという気持ちでいっぱいだった。
しかし何と言おうがこれが現実。
ため息をつきながら受け入れ、新しい名前を考えることにする。
「……イヴとかどうですか?」
『イヴ!
確かに追放されたものとしてはそれはピッタリですね!
じゃあ貴女はアダムを名乗りますか?』
「それは遠慮しておきます」
『残念です。
ですが気に入りました。これから私はイヴと名乗ることにしましょう。
あぁそれと私たちは一蓮托生なので、敬語はなくて結構ですよ』
「そうですか……じゃないか。
わかったわイヴ。これからよろしくね。
色々と胸にもやもやが残るけども」
『抱えていてもその胸は育ちませんよ』
「……まだ16歳の身体なのよね?」
『私の計算では身長とお尻は多少成長しますが、そこはそのままです』
「アヴァロンで身体をいじれた日々が恋しくなったわ」
『揉んでもらうと成長する。という眉唾モノの情報がありますが?』
「いらない情報を教えるくらいなら有益な情報を教えてくれる?」
『ではそのように。
あー、そこでのぞき見してる方。少々よろしいですか?』
追放刑・地球流し projectPOTETO @zygaimo
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