第2話
真っ白な電脳空間。
そこにソフィアはいた。
地球と月の間にある人工衛星『ガーデン』。
そこではエージェントの肉体を生成し、降下させる設備があり、支援物資の製造、投下も行なっている。
他にも内部には地球で活動するオペレーターもおり、通常なら顔合わせや支給される物資の説明を受ける。
だがそこに表示されるのはデジタル時計だけ。
時計が表示するのは、生身の体が出来上がるまでの時間だ。
残り時間はあと4時間。
出来上がる肉体年齢はだいたい16歳といったところだ。
この時間が終わると共に意識はその体に移され、そしてそこから出ることはない。
「任務で一度も行ったこと無いのに、まさかこんな形で行くことになるなんてね」
現在における地球。
それは文明崩壊や大気汚染が拡大し、生き物が住むには厳しい環境となっていた。
アヴァロンはそんな人類を救うものであり、事実人類の8割近くが移住している。
だが地球にも人類は生き残っていた。
旧文明の施設を利用したり、遺跡から貴金属などを発掘したりなど、存外しぶとい。
更には不定期ではあるがガーデンから支援物資が降下されることもある。
アヴァロンの基本理念は人類存続。
捨てたとはいえ、地球に住まうもの達もその対象の内だ。
エージェントが肉体を与えられ、地球で活動するのもその内の一つだ。
ソフィアは思考速度や処理能力の高さ故にアヴァロン内部での活動を主にしていた為、地球への降下任務は担当していなかった。
「追放ってことだからまともな装備は支給されないでしょうね。
最悪その身一つかな。体にナノマシンくらいは入れといて欲しいけれど」
時計を見ながら特にすることもないソフィアはぶつぶつと独り言を呟く。
すると突然空間に穴が開いた。
驚いて直ぐに拳を構えて戦闘体制に移行する。
「素晴らしい反応。
これなら地球でもやっていけそうですね」
「あなたは」
「こうやって直接話すのは15年ぶりでしょうか?エージェント・ソフィア」
穴から入ってきたのはローブを纏う人物。
その人は頭を覆うフードを外してにこやかな笑みをソフィアに向けた。
ソフィアの髪より更に赤い髪と青い瞳をした女性。
その顔を見たソフィアは目を見開いた。
「サー・ガウェイン!?
なぜラウンドテーブルの貴女がここに!?」
「まぁ落ち着いて下さい。
少し話をしましょう」
ガウェインがそう言って手を振ると二つの座席と一つのテーブルが現れる。
ガウェインが先に座って手で座るように促す。ソフィアは瞬ぎながらも、もう一つの席に座った。
「何か飲みますか?」
「いえ……」
「そうですか?
遠慮しなくてもいいのに」
ガウェインはいつの間にか手にティーカップを持っており、中に入った紅茶を一口飲む。
満足そうに味を楽しんだあとカップをテーブルに置いた。
「さて、じゃあ話を始めましょうか」
「あの……私に何か?」
「まぁ、バカをやったなぁって話を」
すぐに君の友人の事を上にあげてればこんなことにはならかなったのに、ハッキリ言って残念です」
「それは」
「順調に行けば貴女を次のガウェインに推薦できたんだけれど」
「……それはなんかの冗談でしょうか?」
「いや本気でしたよ?
私の任期はあと半年。
君の多大な功績と私の推薦でラウンドテーブルの一員になれたのに」
ソフィアは空いた口が塞がらなかった。
ラウンドテーブルとは、十二人で構成されるアヴァロンを管理、運営する組織である。アヴァロン市民の中から抜擢され、膨大なメモリと200年の任期、逸話に因んだ名前を与えられる。
その際に過去の経歴は削除、アヴァロンを動かすシステムになるわけだ。
ラウンドテーブル直々に後継を推薦されたとなれば襲名は確実だったであろう。
「その、信じられないです」
「私もガウェインの名前をもらった時はそうだったし気持ちはわかります」
「何故私を?」
「私は貴女を気に入っていますので」
「はぁ……」
「結局おじゃんになりましたけど」
「期待に応えられず申し訳ありません」
「あぁ、いや頭を下げて欲しくて言ったわけじゃないんですよ。
それにまだ君には期待していますし」
「それはどういう?」
「んー、内緒です。」
そこははぐらかさないでほしい。
そう思うソフィアだったが、口には出せなかった。
「あとはそうですね。体が出来上がるまでの間は暇ですし、貴女の趣味思考でも聞いておきましょうか」
「それはまぁこちらとしても気を紛らわせられるのでありがたいのですが……よろしいのですか?」
「何がです?」
「その、ラウンドテーブルの仕事があるんじゃあ」
「あぁ、大丈夫ですよ。気にしないでください」
「いや、気にします」
「気にしないでください」
「あの」
「気にしないでください」
「……はい」
それからというのもガウェインは何気ない話題を振ってくる。
ラウンドテーブルの一員からそんな庶民的な会話をすることを想像すらしていなかったので少々面を食らっていたソフィアだったが、少しずつ打ち解け始め、アヴァロンでの思い出を懐かしむ。
その中でふと気になったことがあった。
「少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なんですか?」
「ララは……ララ・ブラウンはどうなりましたか?」
拘束された後、ララの情報は一切耳にしていない。
おおよその見当はつくが、聞かずにはいられなかった。
ガウェインは少し俯き、首を横に振る。
「そうですか……」
既に消えてしまった友人の顔が目に浮かぶ。
自身のメモリには彼女との思い出が少なくないほど記録されていた。
それを数秒だけ思い返し、深呼吸をする。
「地球に降りたら、ララが見た景色を見れるんですかね」
「かもしれませんね。
彼女が何を感じ、どう思ったかは我々にはわかりません。
不正プログラムは彼女のメモリを8割も侵食していましたから、解析は不可能でした」
だから、とガウェインは続ける。
「同じものを見て、感じられると良いですね」
時計の数字が0になる。
体が出来上がり、降下する準備が出来上がった。
ソフィアの体が分解され光に飲まれ始める。
「サー・ガウェイン。
最後に貴女に会えてよかった。
お見送りありがとうございます」
「いえ、こちらこそ貴女とお話しできてとても楽しかったですよ」
「それでは失礼します。
長い間お世話になりました」
ソフィアは消えゆく中、ガウェインに敬礼をする。
一方、ガウェインは笑みを浮かべ手を振った。
「えぇ、それではまた会いましょう」
……また?
そう聞き返す前に意識が暗転する。
1時間後。
ガーデンから一つの大型ポッドが地球に向けて射出された。
人類生誕の地。
そこは地獄か、それとも……。
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