第21話

土曜日の夜に会った佐原さんは僕の知っている佐原さんとはまるで別人だった。

佐原さんの職種は事務と現業が半々といった感じなので職場ではいつもノーメイクで作業服を着ていた。


今夜の佐原さんは濃い紺色のワンピースに白のカーディガンを羽織っていた。

メイクはそんなに濃くはなかったが少しワインレッド寄りの赤の口紅が佐原さんの美しさを際立たせていた。


店は外観も内観も無国籍な趣でとても落ち着いた雰囲気だった。

店内に置かれているインテリア類は少し東南アジア的で大きめの観葉植物がいくつも置いてあった。


店員に案内されたのは個室で席は堀ごたつ式になっていた。

注文はタッチパネルで行う事等諸々をせわしなく説明して店員は出て行った。

僕らは向かい合う形で座った。

職場では気さくに話し合う間柄だが、今夜は何となくぎこちない雰囲気だった。


『今日はありがとう、付き合ってくれて』


『こちらこそありがとうございます。佐原さんに誘って貰えるなんてめっちゃ光栄です』


『「光栄」はちょっとオーバーよ』

そう言って佐原さんは笑った。


『でも同じフロアでも佐原さんの事好きな男性はたくさん居ると思いますよ。佐原さんは綺麗だし魅力的だから』


『そんな事ない。あっけらかんとしてるからね、私。色気ないでしょ?「友達枠」なのよ』


『いや、絶対そんな事ないと思うけどなぁ。』


『じゃあ、律君はどんな風に見てくれてるの?私の事』


僕はちょっと答えに困ってしまった。

そんな僕を見て佐原さんは、


『とりあえず注文しましょう』


とタッチパネルを操作し始めた。

「これが美味しいのよ」「これもオススメ」

料理の画像を見ながら佐原さんが色々と注文してくれた。


『あっ、ごめんね、私ばっかり。律君も好きなの頼んで』

そう言って佐原さんがタッチパネルを渡してくれた。

僕は適当にいくつかの食べ物と飲み物を注文した。

タッチパネルをテーブルの上に置かれてある充電器に戻した。

料理と飲み物が到着するまで僕らは色々と話した。

佐原さんは職場の人間関係の事で愚痴をこぼしていた。

いつも明るく楽しそうに振る舞ってるのでとても意外に思った。


『仕事は楽しいのよ、遣り甲斐もあるし。ただ人間関係がね・・・ストレスの1番の原因』


『律君は職場の人みんな知ってるから名前はあえて出さないけど』


そう言って佐原さんは笑った。


料理と飲み物が到着した。

ウーロン茶同士で乾杯をした。

佐原さんはずっと話し続けていた。

楽しい事を話す時はとても魅力的な笑顔で。

「納得出来ない」と言った事を話す時は少し怒った顔で。

僕はそんな佐原さんをずっと見ていた。

佐原さんになら全てを話しても良い様な気がした。


『ごめんね、何か・・・私ばっかり一方的に話しちゃって』


『全然大丈夫です。話してる時の佐原さん見てると、何か自然にこっちも笑顔になるというか幸せな気分になってきます』


佐原さんは照れた様に少し俯いた。


『そんな風に言ってくれたの、律君が初めてよ』


『僕の事も話しても良いですか?』


少し迷いは残っていた。

佐原さんに話す事によって何かが変わる様な気がした。

大きな変化ではないにしろ、僕の中で何かが。


僕は夏休みに初めて実家から親父の病気の事で連絡を貰ったところから順を追って佐原さんに話し始めた。

親父との病室でのやりとりから麗子さんのもとを訪ねた事も全て。

そして、ルカの事も。

親父、麗子さん、ルカの3人を会わせたいと思っている事も。


佐原さんは僕が話し終わった事を確認した後で、


『全部話してくれてありがとう。まずはお父さんの事のお見舞いを言わせて。律君やご家族、みんな大変だと思う。私に協力出来る事があったら遠慮せずに言ってね』


『はい、ありがとうございます』


『あと麗子さんとルカさんの事だけど。これは私が口出ししちゃって良い事なのかな・・・』


『聞かせて下さい。自分のしようとしてる事が正しい事なのかどうか・・・それがわからないんです』


『そうね、間違いなく傷つく人が居る訳だから』


『同じ女性という立場だからという訳じゃないんだけど・・・私はお母さんを守るべきだと思う』


佐原さんが言った「守る」と言う言葉が僕の心に刺さった。

母が受けるであろう心の傷から「守る」という意味なのだろう。


『麗子さんもお父さんと会う事に否定的なら、誰も傷付かないという事を1番に考えた方が良いんじゃないかな』


佐原さんの意見は的確だった。

何も反論は出来なかった。

「誰も傷付かないという事」

それを最優先にするべきなのか。


『お父さんの事は本当にお気の毒だとは思う。愛には色んな形や事情があるから、お父さんと麗子さんとの関係を否定するつもりはないのよ』


『でも、全てを明らかにする必要はないと思う』


『どうしても会わせたいなら、お母さんには知られない様にするべきよ』


ここまで一気に話すと佐原さんは小さく深呼吸をした。


『お父さんのご病気の事を考えるとこんな表現間違ってると思うんだけど、律君にとっては一大事な訳でしょ?それを私に話してくれた事、とても嬉しく思ってるの』


『最終的には僕自身が結論を出さなきゃいけない事なんだけど、今日佐原さんに話して良かったです』


『聞いて貰えてちょっと気持ちが楽になりました。ありがとうございます』


『出来る限りの協力はさせて貰うわ』


『それとね、ルカさんの事なんだけど・・・』


佐原さんが僕から視線をそらした。


『律君がしっかりしなきゃダメよ。わかってるよね?ルカさんは・・・』



『貴方の妹なのよ』

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