第22話

初めて訪問した時と同じ様に、麗子さんは庭のテーブルに腰かけて本を読んでいた。

あらかじめ時間を決めていたので、待っていてくれたのだろう。

前回と同じ様に笑顔で出迎えてくれた。

今日はケーキだけを買って持参していた。


『前回、好評だったみたいなので今日も買ってきました』


僕はケーキの入った箱を麗子さんに渡した。


『手ぶらで来てくれたら良いのに。』


そう言って箱を受けとると彼女はそっと僕の背中を手で押した。


『ランチの後にいただきましょう』


小さな鈴の音の鳴る玄関の扉を押し、僕らは並んでリビングに向かった。


『今日はね、ハンバーグを作ったのよ。ご飯も食べるわよね?ワンプレートにしちゃうね』


僕が来る時間に合わせて作ってくれたのだろう。

1つのプレートにハンバーグとサラダが乗っていて、後はご飯をよそうだけの状態になっていた。

ハンバーグには目玉焼きが乗っていた。

麗子さんはご飯をプレートに乗せ、マグカップに入ったスープと一緒にテーブルまで持って来てくれた。


『こうすると食器の洗い物が楽なのよ。と言ってもルカと二人だから大した量じゃないんだけどね』


そう言って麗子さんは笑った。


『いつもすいません。いただきます』


『たくさん食べなさいね。ご飯もまだあるから。私はたくさん食べる男性が好きよ。あっ、「美味しそうに」たくさん食べる人がね』


『確かにしかめっ面でたくさん食べられても作る方は嬉しくないですよね?』


僕は別段面白い事を言ったつもりはないのだが、麗子さんはよほど面白かったのか、しばらく笑っていた。


麗子さんの作る料理はとても美味しかった。

昔ながらの「洋食屋さん」と言った感じのどこか懐かしい感じの味付けだった。

その事を麗子さんに伝えると、珍しく少し照れた様な表情になった。


『私ね、小さな子供が好んで食べる様なメニューがこの年になってもずっと好きなのよ。自分が食べたいからそう言う物ばっかり作っちゃう』


『あぁ、なるほど。ハンバーグとかオムライスとか』


『そうそう。カレーライスとかね。あと唐揚げとかトンカツとか。』


『前回のパスタもとても美味しかったです』


『ありがとう。私の子供の頃はスパゲティって言ってたけどね』


『うちの実家の母も「スパゲティ」って言いますよ。僕も最近です、「パスタ」とか言い始めたの』


僕は実家の母の話しをしてしまった事に若干の気まずさを感じた。


『お母様はお元気なの?』


『最近は父の病気の事でちょっと参ってますが、それ以前は家族で1番っていうぐらい元気でした。風邪もひかないし。丈夫なんですよ、身体が』


『それは良い事ね。これからもずっと支えてあげなさい、お母様の事』


麗子さんはそう言って立ち上がりキッチンに向かった。


『昨日の夕飯の時に作ったラザニアが少し残ってるの。食べてくれる?』


麗子さんは冷蔵庫を開けながらキッチン越しに話し掛けてきた。


『今日は何か話があったのよね?』


『はい、父の事なんですが・・・やはり会いに行っていただく事は無理でしょうか?実家の母と姉にはわからない様にしますので。出来ればルカさんも一緒に』


『ルカには?話したの?』


『はい。麗子さんはその・・・もうずっと昔からルカさんに父の事を話されていたんですね』


『そうよ、ルカが私の話す内容をキチンと理解出来ると判断した歳に話したわ。ルカが何歳の時だったかは忘れてしまったけど』


『僕が麗子さんとルカさんの存在を知ったのは今年の夏なんです。父は何を考えていたのか・・・』


『私がそう望んだからよ。ルカを生んだ時に決めたの、二人で生きていくって。だからもしお父さんが体調を崩されてなかったら、貴方は私とルカの事、ずっと知らないままだったはずよ』


『お父さんは私の生き方を尊重してくれたの。だから私の望み通り私とルカの事をそっとしておいてくれた。私のこの考えは変わらないわ』


『ルカさんは会いたいと・・・会いに行くと言ってくれました』


麗子さんは少し怒っている様だった。


『貴方、ルカにも会いに行く様に言ったの?』


『すいません、母親である麗子さんの了解を得るべきでした・・・すいません』


『そう素直に謝られると何も言えなくなるじゃない・・・』


麗子さんは自分の気持ちを落ち着かせる様に大きく深呼吸をした。


『食事を終わらせましょう。冷めると美味しくなくなるわ』


僕達は一言も話さず、食事を続けた。


僕が食べ終わった自分の食器類をキッチンに運ぼうと立ち上がると麗子さんが手で制した。


麗子さんは二人分の食器をキッチンに運び終えると僕が買ってきたケーキを小皿に乗せて持って来てくれた。


『いただきましょう。貴方が先に選んで』


『あっ、じゃあ僕はモンブランで』


『コーヒーいれるわね』


とても静かな午後だった。

閑静な住宅街という事もあるが、この家自体が「透明な静寂さ」に包まれていた。

麗子さんは窓の外の景色を眺めながら静かに話し始めた。


『ルカに罪はないわ。ルカがそれを望むなら会わせてあげて。貴方が付き添う事、それとご実家には知られない様にする事。その2つが条件よ』


『ありがとうございます』


『貴方の話しはこの事だけ?もう終わり?』


『はい、僕の話しはこれだけです』


『今日私が何故日時を指定したかわかる?』


『いえ・・・』


『ルカが居ない時に話したかったの。貴方とルカの事を』



『今度は私が話す番よ』

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