幼馴染との偽物の恋

@anaguramu

第1話

「あなたが好きよ。加々見くん」


 太陽が落ち始め、空が茜色に染まり始めた夏の放課後。

 俺は校舎の屋上で告白されていた。

 相手はなんと学校の生徒会長かつ、美人で有名の野々村咲先輩だ。黒く、艶のある髪を肩まで伸ばし、すらっとした体型に芸能人顔負けの美人顔。それでいて気取るところはなく、おしとやかでいつも穏やかに笑っている。

 初めて接点を持ったのは半年前に生徒会に入ったとき。生徒会書記としての活動を希望し、合格した。うちの高校は生徒会長以外の役員は生徒会顧問と会長との面接を経て決定される。

 最初は美人の先輩と言うことで緊張してがちがちだったが仕事をこなしていくうちにそれなりに仲良くなった。他の役員も含めて一緒に帰ることも何度かあった。

 正直、薄々好意を持たれていることは分かっていた。休日に二人で出かけよう、とか好きな人はいないかなどを頻繁に言ってきたからだ。俺はその全てを断っていた。そうすれば俺にその気はないということを知り、彼女は必然的に諦めてくれると思ったから。

 しかし現状を見るとうまくいかなかったようだ。


「すみません。先輩。俺、好きな人がいるんです」

「知っているわ。それでもあなたに好きだと伝えたかったの」

「・・・・」


 俺は恋がどういうもので報われない恋がどれほどつらいものかを理解しているつもりだ。分かっていなければ同じ人を10年間も好きでいられるはずは無い。

 

「そんな顔をしないで。私は振られることは分かっていたからそんなにつらくないわ」

「・・・・」


 何も言えない。ここで俺が何か言ってもそれは彼女をさらに傷つける結果しか生まない。


「わざわざ呼び出してごめんなさいね。あなたに私の気持ちを言いたかっただけだから。・・それじゃあ私は行くわね」


 取り繕うように早い口調でそう言った彼女は逃げるように屋上の出入り口から校舎内へと降りていった。

 やはり、何度やってもこの感じには慣れない。人の恋心を砕くと言うものには。

 俺はすこしブルーな気持ちになりながら帰途についた。




 翌日、家を出ると庭先で待っている女の子がいた。地面に転がっている石を蹴って遊んでいる。

 少し茶髪が混じった髪をしてぱっちりとした目とすらっと通った鼻筋。風が吹いたことで髪の間から覗く白いうなじが見えた。夏のせいか、少し汗ばんでいる。そんな些細な事にもドキッとする。

 そこに居たのは俺の幼馴染の冬月花音だ。

 

「おはよう、花音」

「あ! おはよう!」


 効果音をつけるならにぱっと言った感じだろうか。かわいげのあるその笑顔はもう見慣れたものだがいつになっても愛おしいと感じる。

 花音の横まで行って同じ方向に歩き始める。保育園のころからこんなふうに一緒に行き帰りしている。昨日は先輩の件があったため先に帰って貰ったがいつもは帰りも一緒だ。

 会話は特にない。それでも退屈だとは感じることはなく、一緒に居て安心する。花音は生活に無くてはならないもの。例えるなら酸素や水と同じだ。居なくては生きていくことすらも難しいだろう。

 隣を歩く花音は鼻歌を歌いながら少しスキップのように跳ねながら歩いている。



 15分ほど歩くと学校に着いた。花音とはクラスが違うため今日は一緒に帰ることを伝えて、階段を境に左右に別れた。

 クラスに着いて、扉を開けると少しざわざわとし始める。ある程度何が原因かは分かっているため、何も言わずに席に着く。

 

「なあ、会長振ったってほんとか?」


 そう聞いてくるのは男子の中で一番仲がいい広瀬一紀だ。


「ほんとだよ」

「かぁ~! 何で振るかね! 成績優秀、眉目秀麗! まさにお前にぴったりの人物だぜ?」

「・・そうかもな」

「俺はうらやましいよ。なんでモテモテなのに彼女作んねえの?」

「前にも言っただろ。好きなやつがいるんだよ」

「花音ちゃんか」

「もういいから、からかうなよ」


 椅子に横向きに座っている一紀の肩を押して前を向かせる。それと同時に担任の尾崎が入ってきた。


「う~い。おはよう~」


 だるそうに出席簿を教卓の上に置く。尾崎は英語教師なのに白衣を着ているおかしな教師だ。理由はなんかかっこいいから、らしい。教員の中でも不真面目な方らしく、よく教頭になにか言われているのを見かける。


「じゃあ、夏休み前の最後のHR始めるぞ~。夏休みの注意事項だが三つだけだな。避妊はしろ。死ぬな。俺の仕事を増やすな。以上だ」


 明日から夏休みのため尾崎は注意事項を伝える。

 この後は終業式を終えればもう帰っていいと言うことになる。


「ああ、それと、八城の所に誰かプリント届けてくれ。夏休み明けたら学校にくるようにも言っておいてくれ」


 八城真澄。俺の後の席の生徒だ。確か一ヶ月ほど前から不登校の生徒だ。何でも父親と二人で住んでいるらしく、加えて父親は海外にいるらしい。つまり実質一人暮らしだ。

 なぜ不登校になったかは分かっていない。うわさではいじめがあったんじゃ無いか、なんて言われているが事実は分からない。

 そんな風に八城真澄のことを考えていると尾崎がとんでも無いことを言い出した。


「じゃ、加々見。お前が行け。前の席だから話したこともあんだろ」

「えっ。ちょ、ちょっと待ってください」

「異論は認めん。お前は部活にも入ってないし、大丈夫だろ。それとも何か予定があるのか?」

「いや、ないですけど・・」

「なら決定だ」


 結局行くことになってしまった。




 放課後。といってもまだ昼前だが俺は花音と一緒に下校していた。


「まったく、なんで俺がこんなこと・・」


 確かに俺は帰宅部で予定は特にないがわざわざ大して仲良くない子の家になんか行きたくない。

 すると隣に居た花音がうれしそうに笑う。


「拓也はやっぱり優しいね! 嫌そうにしてても行くんだから」

「・・そ、そうか?」

「うん! ご褒美に帰りにクレープおごってあげる!」


 花音に少し褒められただけで舞い上がってしまう。自分でもチョロいやつだと思うが初恋の相手で10年間好きなのだから仕方が無いと言えるだろう。

 

「じゃあ、チョコバナナのやつがいいな」

「分かった! チョコバナナね!」


 どのクレープを食べるかを話しながら歩いて行く。

 ああ、このまま時間が止まればいいのに。このまま世界が停滞してしまえばいいのに。

 そんなことを考えながら花音と話していると案外すぐに着いた。尾崎に渡された雑な地図を見て確認する。コンビニの隣で目の前は公園。白い壁に灰色の屋根の2階建。

 書かれている情報と目の前にある情報は一致する。


「ここだ」

「うん、そうだね」


 なんとなく発した独り言に花音が返してきた言葉はまるでここを知っているような口調だった。花音は交友関係がそれなりに広いので知っていても不思議では無いが、その時の俺はなんとなく気になって聞いてみた。


「知ってるのか?」

「え? あ、うん。一回だけ一緒に帰ったことがあるから・・」

「仲、いいのか?」

「う~ん。会ったら少し話すくらい?」

「ふ~ん」


 自分でもなんで気になったのか分からないが彼女がそう言うならそうなのだろう。

 とりあえずインターホンを鳴らしてみる。

 ピンポーンと言うありきたりな音が響くも、返事も、中から誰か出てくる気配もない。

 

「出ないな」

「寝てる・・とかじゃないかなっ!」

「ん~。ま、そんな所だろうな」


 尾崎には一言、言ってくれと言われたが居ないのなら仕方が無い。

 俺は扉の横に置かれている小さな郵便受けに尾崎に渡された書類の入った封筒を入れる。

 その時だった。


 ドンッ。ドンッ。ドンッ。


 床を叩くような音が鳴る。

 

「何だ?」

「多分何か落としたとかこけたとかだよっ! とりあえずクレープ食べに行こうよ!」

「・・・・そうか? ・・まあいいか」


 少し心配だが、特に仲良くも無い女子の家で物音がしたから入ろうと言う気が起きることは無い。頭の中に「大丈夫かな?」くらいのことが浮かんでくるだけだ。

 そんなことより花音とのクレープの方が俺に取っては重要だ。

 

 その場を去り、クレープ屋に向かった。

 クレープ屋は俺と花音の登下校の道から少し外れたところにある商店街の中に位置している。クレープ屋の前には少し狭めの公園があり、俺達はそこのべンチに座ってクレープを食べていた。

 俺は宣言通りチョコバナナのクレープで花音はイチゴチョコのクレープだった。


「おいしいねぇ!」

「そうだな。うまい」

「ねね! 一口ちょうだい!」

「・・ああ、いいぞ」


 花音は口を開けて待っている。間接キスとかは花音は全く気にしない性格だ。というか小さい頃からやってきた事なので未だに意識している俺の方が少しおかしいのかもしれない。

 花音の口にクレープを運ぶと彼女はぱくんと食べた。


「俺もちょうだい」

「もちろん!」


 次は俺の番だと口を開けて待っていると花音は手に持つクレープを俺の口に運ぶ。心臓がバクバクと音を立てる。花音との間接キスはいつまで経っても俺の心臓を壊れるくらい動かす。

 クレープをかじり、もぐもぐと口を動かす。


「うまいな。イチゴチョコ」

「チョコバナナもおいしかったよ!」

「それならよかった」


 何が良かったのか。自分でもよく分からないが今は少し緊張しているので仕方ない。

 すると突然、花音の指がこちらに伸びてきて俺の口の端を拭った。

 そしてすくい上げたクリームを自分の口に運んだ。


「んふふ。ついてたよ」


 彼女はそう言って幸せそうに笑う。少し頬を赤く染めてはにかんだように笑う。


「好きだ」


 思わず俺の口から漏れたその言葉は自分でも予想だにしていないものだった。咄嗟に花音から目を逸らす。自分の言葉を理解したとき、先ほどより激しく心臓がバクバクと音を立てる。血管が切れてしまうんじゃないかと思えるほど激しく。顔が熱くなっていくのが分かる。きっと俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。


「・・うれしい」

「・・・・え?」

「私も、拓也のこと・・ずっと好きだったから・・」


 隣から聞こえてくる声は信じられないものだった。これは幻聴か? それとも夢か? 俺は自分の頬をつねってみるがしっかりと痛みは感じる。ならば明晰夢? 確か明晰夢は自分の思い通りにできる。俺はクレープよジャガイモになれ! と祈るも全く変化はなくクレープのままだった。


「ふふっ。どうしたの? 拓也」


 慈しむような優しい声で花音は俺に聞いてくる。


「いや、夢なんじゃ無いかと・・」

「夢じゃないよ。拓也、私と・・」

「待ってくれ! 俺から言うから!」


 俺がずっと伝えたかった言葉。なりたかった関係。ベンチから立ち上がってそれを彼女に告げる。


「小さな頃からずっと好きでした。俺と付き合ってください!」

「もちろん」


 彼女もベンチから立ち上がり、抱きついてくる。そしてキスをした。

 夏休みの前日。俺と花音は恋人関係になった。



 家に帰るとうれしくて踊り出しそうだった。あの後、花音を家に送り届けてから帰ってきた。

 10年間の想いが叶った。花音も好きだと言ってくれた。その事がうれしくてうれしくて仕方がなかった。

 ああ、これからの夏休みは、これからの日々はきっと素晴らしいものになる。







***




 うれしい! 好きだと言ってくれた! あの拓也が私に! これからどうなっちゃうんだろう! 

 高校生の夏休み。恋人関係。その二つが頭に浮かぶと同時に私の頭に浮かんでくるのは幸せなものだった。もちろん、そういうことをするかもしれない。しっかりと避妊はしないとね!

 

「なにかいいことでもあったの?」


 リビングのソファでニヤニヤしているとお母さんが話しかけてくる。お母さんは専業主婦なので日中も家にいる。


「拓也と付き合うことになったの!」

「まあ! やっとなのね!」


 お母さんは私が拓也のことを好きだと言うことを知っているので素直に喜んでくれた。洗濯物をたたみながら今日はお赤飯炊かなくちゃ、なんて言っている。

 

「お母さん。私ちょっと出てくるね!」

「あら、拓也君と早速デートかしら」

「ち、違うよ!! 別の! 別の用事!」

「ホントかしら~」


 意地の悪そうな顔でニヤニヤと笑ってくる。

 その意地悪なお母さんから逃げるように私は家を出た。もう一人、このことを報告しなくちゃいけない人がいるから。あと、少し怒らなくちゃいけないこともあるから。

 外にでると夕日によって空は茜色に染まっていた。



 その人物がいる家までやってきた。家から走ってやってきたので10分くらいで着いた。

 特にインターホンをならしたりすることも無く、玄関から入る。

 階段を上がり、廊下の突き当たりにある部屋を開ける。

 その人物はこの前、私が見たときよりやつれていた。昼の事が堪えたのだろうか。

 座り込んでいる”彼女”の前に座り込む。


「こんにちは。もう六時だからこんばんは、かな?」

「んー!!!! んー!」

「今から君に言わなきゃいけないことがあるの」

「んー!!」

「一つ目は人が来たからって床を叩いちゃだめでしょ?」

「んー!! んんー!!!!」

「二つ目は私、拓也くんと付き合うことになったの」


 私がそう言った途端、先ほどまで私に向けていた怒りの形相を引っ込め、彼女は涙を流し始める。


「私が言いたかったのはそれだけ」


 さて、もう言いたいことは言ったし、家に帰ろうかな。ご飯前にお風呂にも入りたいし。今日のご飯は豪華なものになるだろうな~。


「じゃあね。又来るかもしれないし来ないかもっ! 来なかったら運が悪かったと思ってね! ばいばい! 











冬月花音ちゃん!




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染との偽物の恋 @anaguramu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ