第2話 魔獣博士②

 さっきからなんなんだコイツ等は。


 アンバランスな四肢を器用に稼働させながら、トトリオンは苛立ちを胸に秘める。


 美味そうな匂いがもうすぐそこだというのに、さっきから鬱陶しい奴らが邪魔をする。


 さっきの変な黒い壁は中々に美味かった。アレをもう一度喰いたい。他の奴等も喰いたい。だから俺の邪魔をするな。


 鬱陶しい。鬱陶しい。焦燥を露にする古代の魔獣。


 しかし、その顔に愉快が浮かんでいる事は、自分ですら気付いていなかった。


 捕食者として蹂躙の限りを尽くしてきた。敵など居なかった。


 ――だから、退屈していた。


「……」


 いや、確か、居た。もうどれだけ前の事かは思い出せないが、一度だけ、全力を出し切った上で敗北を喫した者が居た。


 もうその者の事は思い出せない。遥かな年月が経過している為最早寿命でこの世には居ないだろう。


 今、眼下に居る者達は、うっすらとだが、長き眠りについていた魔獣にその者の事を思い出させた。


「……」


 また、私を楽しませてくれるのだろうか。私の退屈を紛らわせてくれるのだろうか。


 そんな魔獣の独り善がりな願望を、達は知る由も無かった。



 ―――



「奴の弱点は、間違いなくアソコだ!」


 勇ましく突き出された聖剣エクレルの先へ、ジルとカミタカが同時に視線を送る。


 指し示されたのは、トトリオンの扁平な頭部にぽっかりと不気味に浮かぶ二つの紅い球であった。


「魔獣博士の俺からすると、奴の弱点はあの赤い球だ。見た瞬間にピーンときたぜ」


「そりゃあ……。大体の生き物は目が弱点だろ」


「そうそう。子供でも分かる事だよ?」


 馬鹿にするような細い視線に対し、ロバートは呆れたように肩を竦める。


「分かってねぇなぁ。アレを目だと言っている時点でもうお前らはそこまでなのよ。アレは目じゃねぇ。アレはいわゆるコアってやつだな。恐らくだが、あの核から放出された魔力があのバケモノを作り出しているんだろう。そう、丁度お前のその鎧のようにな」


 ロバートがジルの黒い鎧をしたり顔で指差す。


「つまり、俺達が今目にしているあのバカでかい姿はただの魔力の塊で、本体はあの赤い球ってわけよ」


 筋肉バカの二人は顔を見合わせ、嘆声を上げた。


「はぁ~!成程なぁ!それは思いつかなかったわ!」


「流石は魔獣博士!!ロバート、やはりキミってやつは頼りになる男だよ!!」


「おいおい、こんなの初歩の初歩だぜ?」


 惜しみない拍手を贈る二人に、鼻の下を指で擦りながら胸を反らすロバート。


 そして、振り下ろされるトトリオンの巨大な両手の平。


 舞い上がる粉塵の中、飛び出したジルとカミタカが左右それぞれの腕に飛び乗り一気に駆け上がる。


 トトリオンは察知こそできたが身体の反応は間に合わない。


「オラァ!!!」

「ふんぬっ!!!」


 ジルの振り絞ったメイスが、カミタカの握り固めた拳が、まるで眼のように見せかけられた紅い球体へと叩き込まれる。


 響く快音。が、トトリオンは少しよろめいただけであり、弱点と聞かされた紅い球にも傷一つ付かない。それどころか……。


 同じような球が、一気に剥き出しなった。


 それも、顔を覆い尽くすほど大量に。


「げぇ!?」「気持ち悪っ!」


 各々が嫌悪に満ちたリアクションを取ると同時に、振り降ろされたトトリオンの額が二人を直撃した。


 頭突きの直撃を喰らった二人は地上で待機していたロバートを挟むように地面に急降下。地面を大きく抉り転がる。


「おい!どうなってんだアレ!ブッ叩いたら増えたぞ!」


「全く効いてないどころか、寧ろ余計興奮させたように見えるんだけど!?」


 興奮気味に何度も何度も手を地面に叩き付けているトトリオンを横目に、二人がロバートに詰め寄る。


「フフ……。成程な。この俺にもまだまだ知らない事があるなんてね。魔獣の世界はやはり奥が深いな」


「オイ。もうコイツを武器にして戦おうぜ」


「頭悪い癖に都合だけは良いんだから~」


 まぁまぁ。と猛獣二人を宥めすかしているロバートの背後より、様子を眺めていた民衆から悲鳴にも似た声が上がる。


 何事かとトトリオンの方へ視線を向けた三人の瞳に映ったのは、なんと、背中からもう一対の腕を生やし始めた魔獣の姿であった。


「……オイオイ」


「そんなのアリかよ……」


「アハハ。冗談キツイね~」


 頭部に備わっていた紅い球は蜘蛛の眼球の如く増殖し、多関節の長い腕はその全てが自在に動いている。


 気付けばその古代の魔獣は、災害と呼ぶに相応しい姿へと変貌していた。


「……さて。どうするかな」


 正真正銘の殺し合いになる事を察したカミタカは、静かな笑みを浮かべたまま、静かに問いを零す。


「決まってるだろ。今、俺達に出来る最高の事をするまでだ」


 ロバートが自信満々に答える。


「だな。それじゃあ……取り敢えず、殴りまくってみるか」


 ジルの言葉に、残りの二人が頷いた。


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