第12章
第1話 魔獣博士①
街中で大騒ぎが起きている中、ロバートとカミタカはひたすらにトトリオンへの攻撃を敢行していた。
「ぬううん!!!」
大木のように巨大なカミタカの腕が唸りを上げる。鋼鉄と化した拳がトトリオンの拳とぶつかり合い、お互いの身体が大きくよろめいた。走り抜ける轟音を置き去りに、ロバートがバランスを崩した魔獣の身体を駆け上がる。
「あらよっ」
気の抜けた声と共にエクレルの刀身が煌めいた。遠目に遠眼鏡で見ていた者達は彼が一度しか剣を振っていないように見えたが、しかしその斬撃の音は複数回に渡り轟く。
目にも止まらぬ早業でトトリオンの喉笛に切っ先を叩き込んだロバートであったが、旋風巻き起こる先に映る魔獣の外皮は全くの無傷。これには閃光と呼ばれし男も負け惜しみに苦笑を飛ばす他なかった。
トトリオンのもう片方の手が宙に漂うロバートに唸りを上げて襲い掛かるが、彼はこれを羽毛の如く軽やかに交わすとしなる腕を蹴り飛ばしカミタカの隣へと着地する。
「コイツ、どういう身体してるんだよ。割と本気で叩き込んだのに傷一つ付いてないぞ。傷付いちゃうねぇ」
やれやれと服の埃を叩く『閃光』にカミタカは爽やかな笑声を上げた。
「腕が落ちたんじゃないの?って、嫌味を言ってやりたいとこだけど……。確かにちょっと、ヤバい相手かもね~」
トトリオンの拳を真っ向から迎え撃ったカミタカであったが、彼の右手は真っ赤に充血しており、仄かに皮膚も裂けている。
傍から見れば、あれだけ巨大な魔獣の一撃を生身で迎え撃ちあまつさえ弾き返しただけでも十分な結果なのだが、しかしロバートからすればカミタカの拳にダメージが生じている事の方が衝撃であった。
「何回か切ってみたけどよ、あんなに固い物は切ったことがないぜ。岩どころか鉄。いや、それ以上だ。本当に生物を相手にしてるのか不安になってくるぞ」
「斬撃よりも打撃の方が効果的かもしれないね」
「だとしたら、適任者が居るんだが……。アイツ、どこで油を売ってるんだ?」
会話の最中、トトリオンの両腕が風を切る。まるで鞭のようなしなりを見せ何度も何度も二人に向け叩き付けられる様子は、まるで無邪気に虫を殺す子供のように見えた。
巻き上がる砂利や砂の中、トトリオンの猛攻を躱す二人であったが、衝撃で砕けた地面の隙間にカミタカの右足が捉えられてしまう。
「おっと」
その隙を待ってくれる程の人間性はこの魔獣に備わっていなかった。無慈悲に振り下ろされる巨大な手を眼前に、カミタカは細い目を開き両手を頭上で交差させる。
しかし、それを食い止めたのは一つの快音であった。
まるで弩弓の如く放たれた黒きメイスがトトリオンの側頭部へ叩き込まれる。
大きくぐらつく不安定な巨躯。
そこに目掛けて跳ぶ影が一つ。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
邪悪の権化のようなおどろおどろしい黒き鎧が大地を蹴り飛ばす。怒涛の咆哮を張り上げながら現れたその男は、弾き返ったメイスを宙で握ると、体制の崩れた魔獣の顔面に容赦無く叩き込んだ。
金属の激しくぶつかり合うような轟音が街中に響く。その衝撃波は家屋の上で戦いを眺めている者達の身体を叩いた。
トトリオンは地面に後頭部から強かに激突し、土砂を巻き上げる。
『レッドデビルだ!レッドデビルも戦いに参戦したぞ!』
何処からともなく聞こえてきたその声に、群衆からは歓声が上がった。
「かぁ~っ!何だコイツ!めちゃくちゃ硬いな!?」
「丁度、僕達もその話をしてたところなんだよ」
魔法を発動させ身体が白く染まったカミタカを、のんびりと歩いて来た鎧姿のジルが手を取り引っ張り上げる。
「ありがとう。助かったよ」
「どうせ無傷だった相手に助かったと感謝されてもなぁ」
笑い合う両雄にロバートも駆け付ける。
「よぉ~!随分とカッコいい登場の仕方じゃねぇか!ギャラリーも大盛り上がりだぜぇ?」
ロバートがジルの肩を剣の切っ先で茶化すように小突く。鎧の男は照れくさそうに後頭部を掻いた。凶悪な魔獣を前に井戸端会議でもしているかのような、あまりにも余裕でほのぼのとした彼らのやり取りに遠くで様子を眺めていた聖騎士団も眉を顰める。
「さぁて。どうやって攻略していくかね」
無傷で起き上がってくる未知の魔獣を前にほくそ笑む三人のバケモノ達。
「とにかくひたすら殴り続けてみるか?いつかは体力も底を突くだろ」
「そうだねぇ。それが一番手っ取り早いかもねぇ」
自分達の体力が魔獣を上回る前提の作戦であった。
そんな野蛮人二人を前に、ロバートは歪な髪型を爽やかに撫でる。
「待て待てお前ら。全く、これだから筋肉バカ共は困る。こういう時はな、知恵を働かせるんだよ。ここは魔獣博士の俺に任せろって」
「「魔獣博士!!!」」
何て頼もしい男なんだ!流石はロバートだ!と、脳が筋肉で満たされた二人は博士を拍手で出迎える。
ロバートは、まぁまぁ、と両手で彼らを制しながら剣の切っ先をトトリオンのある箇所へと向け、叫んだ。
「奴の弱点は、間違いなくアソコだ!」
と。
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