第6話 集いしバケモノ達②
「メイス!メイスは!?俺のメイスはどこ!?」
『猫の手』のブースに戻って来たジルは鼻息を荒くしながらブースに居たメンバー達に問う。いつの間にかセラ達も戻っていたが、現場から遠いかつ一応信頼できる仲間も居る為、ここに避難するようにとジルが指示した結果である。
何かあった時の為にと一応メイスを持って来てはいたのだが、物騒なのでブースの片隅に置いていたのだ。が、置いた場所に無かった為、ジルは慌てていた。
そんなジルの前にミスラがひょっこりと顔を出す。
「あ、ジルさんのメイスなら、ジャンダルさんが馬車の留め具に使ってたわよ」
「なんてことを!!!!!」
急いで停留所に向け駆け出そうとしたジルであったが、一旦足を止め、その場に居るメンバーに問うた。
「お前らも行くか?」
「行くわけねーだろ……」
カリナ親衛隊の男が正気を疑うような目を向けてくる。
「勿体ないな。名を上げるチャンスなのに。なぁ?ミスラ」
「いや、いくら私でもアレを倒して来いなんて言えないわね……。というか、ジルさん、それ以上名を上げる気なの?もう十分過ぎる程名は売れてると思うけど……」
「ん~……。俺の場合はちょっと違うかな?」
『良い所を見せるチャンスだぞ』。つい先程、屋根の上でロバートに言われた言葉が脳裏を過る。
ロバート曰く、セラ達にカッコいい所を見せ、かつ大観衆の前でレッドデビルの悪名を払拭するまたとない機会とのこと。悪名に関してはもう半ば諦めているが、セラ達に良いところを見せられるという点に関してはグッとそそられた。
思えば、ここ最近のジルはセラ達の前で割と無様を晒していた(と本人は思っている)。ソリアとは決着が付かず、バラドには明確な敗北を喫し、先程のコンテストではアルテレスに全てを持って行かれた。
このままでは主としての沽券にも関わりかねない。そう思ったジルはこの度の参戦を決意したのである。
「どうせ暴れたいだけだろ~」
リザードマンのジャンダルがけらけらと笑いながら便所から帰って来た。
「まぁ、そんなとこだ。ってかお前よくも俺のメイスを」
「悪い悪い。あまりにも丁度良いストッパーだったもんでな。ま、お嬢様方は俺らに任せて、お前はせいぜい暴れてきなよ」
「そうさせてもらうよ。じゃ、セラ。ちょっと行って来るから。俺のカッコいいところしっかり見ておくんだぞ!」
「はい!頑張ってください!」
メイド服に着替えたセラが朗らかな笑みを浮かべ静かに手を振り送り出す。まるで仕事に行く夫を見送る妻のようであるが、彼の行き先は未知の大怪獣である。
ジルはほんのりと鼻の下を伸ばしながら停留所へと駆けて行った。街の外から聞こえてくる激闘の音に足の動きも速まった。
「……行かせて良かったのか?」
主人の背に手を振るカリナより少し背の低いククルが、腕を組みながらまともな疑問を投げかけた。
セラとカリナは顔を見合わせ、小さく微笑む。
「多分、大丈夫だと思いますよ?」
「見るからにとんでもない相手だぞ」
「むむ?師匠、ジル様が心配……?」
あら~。とにやける二人にククルの左右の眉がくっつきそうになる。
知らねぇからな。と悪態をつきながら、ククルは残った果実酒を呷るのであった。
―――
『あ、アレは……。間違いない!トトリオンじゃあ!!』
来賓席に居た一人の老人が急に立ち上がり、叫ぶ。その声を傍に居たミリナナの拡声器がしっかりと拾っていた。
『と、トトリオン、ですか!?』
ミリナナは狼狽しながらも、その顎髭の立派な学者に拡声器の杖を近付ける。来賓の学者は傍に置いてあったコップの水を一気に飲み干すと、唾を撒き散らしながら叫ぶ。
『左様!あの闇夜のような黒き巨体!血を塗りたくった果実の如き赤く巨大な瞳!そしてアルテレス様の魔法を食い破った謎の能力!間違い無い!アレは古くから伝わる伝説の魔獣、トトリオンじゃぁ!!!』
悍ましい魔獣を目の当たりにしてしまった恐怖か。それとも考古の欲を刺激されたからか。学者の握った手は小刻みに震えていた。
『な、なるほど!アレはそんなとんでもない魔獣なんですね!?し、しかし、何故そのような魔獣がこんな場所に!?』
『ど、どこからやって来たのかは分からぬが……。あの魔獣は、古文書に寄れば命の賑わいのある場所に現れるとある!つまり、この魂礼祭という巨大な催しが彼奴めを呼び寄せたのであろう!』
そこだけ聞くとお祭り騒ぎが好きな大きな魔獣という、少し可愛げのある存在に聞こえてしまう。しかし、そんな弛緩した空気を察したか、学者は声を荒げる。
『アレは、アレはとんでもなく恐ろしい魔獣なのだ!彼は魔力を喰らう!そして肉を喰らう!彼に襲われた村や町は全ての命を蹂躙されてしまうのだ!!!最早意志を持った災害と言っても良いだろう!』
『えええええ!?』
ミリナナの絶叫を合図に、民衆達の大混乱が巻き起こる。
『し、しかし。本当に何故こんなところに……。もう数百年も行方知れずだったはずだが……』
ブツブツと呟く学者の言葉はもう殆どの者に届かない。
彼がそれ以上余計な事を言わないよう、アルテレスの指示を受けたテーラが馳せ参じたのはそれからすぐの事であった……。
―――
「……だ、そうだ」
「ふふ、古代の魔獣か。相手にとって不足は無いね!」
目の前の魔獣が何なのか。ご丁寧な説明を聞いたロバートとカミタカは嬉しそうに臨戦態勢へと入る。ロバートの愛剣エクレルの白銀の刀身が陽の光を帯び、カミタカの人知を遥かに凌駕した領域まで練り上げられた身体は熱と共に膨張する。
今日、この祭りに参加した人々の大半は、本当に不運であった。災害と何ら変わらぬ魔獣に襲われることとなったのだから。
しかし、それ以上に、このトトリオンという魔獣は不運であった。
目覚めてすぐの狩場が、よりにもよって彼に負けず劣らずのバケモノが揃う魔境であったのだから。
「うおおおおお!今行くぞおぉぉぉぉ!!!」
悪魔の足音が、近付いていた……。
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