第5話 集いしバケモノ達①

『……ッ!』


 声にならぬ苦悶を漏らしながら黒巨体が大きく傾く。堅い頭部を貫いた衝撃はトトリオンの重心をずらし、地面に尻を突かせるに至った。


 足元に在った農作物が土砂と共に見るも無残に押し潰される。


「いやぁ!凄く堅いね!こんなに硬いものを殴ったのは初めてかもしれないな!」


 カミタカは爽やかな笑みを崩す事無く、仄かに赤く滲んだ右の拳に軽く息を吹きかける。ただ一発殴っただけで怪物の巨体を弾き飛ばした男の登場に群衆は沸き立ち、それに応えるかの如く彼は誰の物とも知らぬ家屋の上でポーズを決めた。


 少し離れた場所では、警備の者が住民達と共に負傷したボンロイを街の中へと引き摺っている。どうやら随分と慕われているらしい。彼を鼓舞する声があちこちから上がっていた。


「ようよう!ド派手な登場してくれるじゃないの!」


 ロバートが、それに続いてガーワインがカミタカの居る屋根へと飛び乗って来た。家の住人は財産を抱え慌てて逃げだしている。


 カミタカは『えへへ』と指で鼻を掻きながら自慢の大胸筋を反らした。


「で、やるのか?」


「うん。どうやら本当に緊急事態みたいだしね~。流石に血が流れるのは見逃せないよ。それに、ここで良い所を見せておけばギルドの宣伝にもなるしね!」


「とか言いながら、単に暴れたいだけなんじゃねぇの?」


「あ、分かる?」


 カミタカの無邪気な破顔に対し、ロバートの背後で苦笑を漏らすガーワイン。周囲を見渡し、見慣れた顔の一つが無い事に気付く。


「ジルはどうしたの……?やっぱり見学?」


「いや、メイスを取りに行ってるぞ。直ぐに戻るってさ」


「おお、やる気なんだね……」


「アイツはあんまり乗り気じゃなかったみたいなんだけどな。『レッドデビルの悪い評判を塗り替えるチャンスだぜ』って言ったら鼻の穴を大きくしながらメイス取りに行ったよ」


「相変わらず、分かり易いね~」


 三人が同時に笑声を漏らす。


「へへ。かつての連合軍精鋭部隊の復活だな」


足りないけどね~。ガーワインはどうするの?」


「僕は街の人達に危害が及ばないよう努めるよ。みんなは存分に暴れてね」


 三人は屋根から飛び降りると、散歩でもするかのような足取りで街の外へと向かう。


 郷愁を孕んだ会話をする彼らの前方では、尻もちを突いた怪獣がもぞもぞと起き上がり始めていた。


 カミタカの強烈な拳骨を受け転びこそしたが、まるでダメージは無いように見受けられる。殴られた箇所も傷一つ無い。


「貴方達!何をしているのですか!ここは私達に任せて下がっていてください!」


 並び立つ三人の傍に馳せ参じた聖騎士団の一人が怒声を上げる。白い制服を砂と泥に塗れさせたその女性を前に、三人は困ったように顔を見合わせた。


「悪いけど……。キミ達がどうこうできるような相手とは思えない……」


「ここは僕達に任せて!大丈夫!これでも僕達、結構強いんだから!」


「ま、そういうこった。レディはお茶でもしながら俺達の戦いをのんびりと眺めて楽しんでおくれ」


 ロバートがポケットから差し出した純白のハンカチーフを聖騎士は平手で弾く。


「我ら聖騎士団を愚弄するか!あの程度の魔獣、敵ではな……」


 言葉が止まり、暴風が彼女の全身を叩く。魔獣が鞭のようにしならせた手が彼女の眼前で止まっていた。彼女の眼前には、真っ赤に爆ぜる鉄の如く熱を放つ男の背が。


「ぬううん!!!」


 カミタカの頭髪が逆立つ。身体中の血管は生々しく隆起し、筋肉は暴力の行き場を求め膨張する。彼は受け止めた魔獣の右手首に腕を回すと、そのまま投げ飛ばそうと全身で腕を引っ張った。


 魔獣は伸び切った腕に引きずられ、アンバランスな巨躯をこれでもかと地面に擦り付ける。巨体が僅かに宙に浮き、情けなく転がった。


「いやぁ!重いね!もっとカッコよく投げ飛ばすつもりだったんだけどさ!大丈夫?怪我は無い?」


「…………」


 聖騎士団員はだらしなく口を開いたまま小刻みに頷く。その後、彼女は他の聖騎士団を招集し遠くへと離れて行った。どうやら民衆の保護に回るらしい。ガーワインも他愛無い鼓舞の言葉を残しそれに付いて行った。


「やれやれ。これで邪魔者は居なくなったね!」


「だな!で、結局コイツは何者はワケよ」


 若干不機嫌そうに赤い瞳を細めながら立ち上がろうとする黒き魔獣を前に、ロバートが腕を組みながら見上げる。


「デカイな……。ギガースよりデカイんじゃないか?」


「それに、雰囲気もちょっとヤバい感じがするね。何だろう。生気を感じない気がするよ」


 そんな時であった。


『あ、アレは……。間違いない!じゃあ!!』


 街の中から、しわがれた巨大な声が轟いた。

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