第7話 聖女大興奮~開催宣言を添えて~

 不慣れな喧騒に多くの者が戸惑いながらも漸く準備が終わる。開催時刻はまだ少し先であったが頃合いを見計らい、主催であるマリステルダ聖団は開催宣言を行う事とした。


『あ~。テステス。大丈夫なんですかねこれ?ここまで大規模なやつは初めて使うんですけど』


 セラセレクタの南側にある一番大きな広場に用意されたステージの上にて。音を拡散する魔石が埋め込まれた杖の前に立つ一人の女性が音声のテストを行っていた。


 彼女の名はミリナナ。今回の催しに際して呼ばれたアナウンサーであり、それなりに名の知れた女性である。宝石を埋め込んだように黄色く大きな瞳に不安を浮かばせながらああでもないこうでもないと桃色のツインテールを振る。


『広場にお集まりのみなさ~ん。その他のみなさ~ん。私の声は届いておりますでしょうか~?聞こえているようでしたら手を上げて下さ~い』


 桃色を基調としたミニスカートと、腰に巨大なリボンが巻かれた可愛らしい衣服に身を包んだ壇上のミリナナが、飛び跳ねながら大きく手を挙げる。大きく開いた胸元からたわわな膨らみが今にも零れ落ちそうになるが、決して露出されないよう作られた特注の服である。


 彼女の声に反応し多くの者が手を挙げた。ミリナナは満足そうに頷くと、ステージの上にある特別観覧席に座する主催団体の長に視線を送る。了承の確認が取れるとミリナナは腰のリボンを直し、拡声器に向かって大きく口を開いた。


『みなさ~ん!おはようございま~す!今日は遠路遥々、若しくは多忙の中、若しくはお暇な中お越しいただき誠にありがとうございま~す!ただいまより、第一回メルキド魂礼祭開催式を執り行いたいと思います!どうか皆様、一旦ご静粛にしていただけると幸いでございます!』


 街中に飛ばしている鳥に括りつけた魔石から聞こえてくる朗らかな声に、手が空いているものは皆その声のする方へ注意を向けた。


『唯一気になるのはお天気でございましたが、御覧の通り絶好のお祭り日和となりました!申し遅れましたがワタクシ、この度の魂礼祭にて司会進行を務めさせていただきますミリナナと申します!どうぞよろしく!!』


 疎らな拍手と口笛が、壇上で頭を下げるミリナナに送られる。彼女は感謝の言葉を述べつつ、場内がそれなりに鎮まるのを待ってからまずは来賓の紹介から始めた。メルキド大陸でも指折りの大貴族や学者等、誰もが一度は名を見聞きしたことはあるような有名人が来賓席に名を連ねている。


 彼らの紹介を終えた後、いよいよ主役の御登場となった。


『それでは、この度の催しの主催者であり、マリステルダ聖団団長であられますアルテレス・リーデロッテ様の開催のご挨拶でございます!リーデロッテ様!宜しくお願いします!』


 ひと際大きな歓声が上がる中、普段と変わらぬ黒づくめのアルテレスは静かに立ち上がり、柔らかな微笑みを称えつつ小さく手を振る。特別観覧席へ杖を持ってこようとするミリナナを制止すると、アルテレスはまるで風に舞う羽毛の如くふわりと壇上へと降り立った。


 天女のようなその出で立ちに、観衆からは深い吐息が漏れ、中には失神する者さえ居た。


『皆様、今日はお越し頂き誠にありがとうございます』


 その一言だけで大歓声と拍手の渦が巻き起こる。



『この第一回メルキド魂礼祭は、この地に眠る英霊達への手向けとして執り行われます。一日目は『食』を。二日目は『美』をテーマとしております。この二日間、皆様には立場や身分を忘れ、笑い、騒ぎ、享楽に耽っていただければと思っております』


 気付けばあれ程騒がしかった広場が水を打ったように静まり返っていた。乾いた体に水か染み入るような、心地良い感覚が人々を満たす。その後、締めの挨拶を終えたアルテレスは皆の前で深々と頭を下げ、再び観覧席へと戻って行った。


「お疲れ様です。いやぁ、相変わらずの御人望ですな。貴女はまさに救国の聖女だ」


 空気を震わす大喝采の中、来賓席に座る貴族からのおべっかに聖女は屈託の無い笑みで応えた。


『あ!』


 そんな中、我に返ったミリナナがとあることに気付き慌てて拡声器に口を近づける。


『申し訳ありません!リーデロッテ様!開催宣言をお忘れです……!』


 あ!と目を丸くするアルテレス。慌てて壇上へと戻る聖女のお茶目な姿に会場からは暖かい笑声が送られた。


『んん……。こほん。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。どうやら私もこの催しに随分と興奮してしまっているようです』


 再び会場が笑顔に包まれる中、アルテレスは高らかに宣言する。


『それでは、第一回メルキド魂霊祭の開催を今ここに宣言致します!皆様どうぞ心行くまでお楽しみください!』


 彼女の宣言と同時に花火が打ち上がり、脇で待機していた楽団の大演奏が鳴り響く。それと同時に街の熱気は爆発し、大地を震わす大歓声となってセラセレクタを覆った。


『あ~。それでは皆さん、くれぐれもお怪我の無いように、ご安全に大騒ぎしちゃってくださいね~!あと、ギルド対抗戦の開催は一時間後を予定しております!第一回戦は大食い対決になりますので、出場される選手の方は……』


 沸騰した場の中でミリナナが精一杯必要事項を伝える中、再度観覧席に戻ったアルテレスは温めの水を一口だけ喉に流し込み一息つく。


「……!!」


 暫くは流れゆく人々を眺めていた彼女であったが、ふと、視界の端に何かを捉えた。人間や魔族が入り乱れ、年齢大小服装様々な者が入り混じった中でも彼女はそのを一目で見つけることが出来た。


 静謐を絵に描いたような彼女の顔に赤みが走る。絵画の様な品格を湛えた彼女の口元がだらしなく緩む。アルテレスは慌てて表情を取り繕うが、幸いにもその姿を誰かに見られることは無かった。


(ンフフフフフフ……。見つけたわよ……!)


 民に名を呼ばれ手を振り返す。聖女として振舞う彼女の頭の中では泥土の如き淫靡な妄想が繰り広げられていた。


(まさかこんなにも早く会えるなんて……!でも、どうやって近付くかしらね。私がいきなり接近しては周囲も訝しむだろうから……。嗚呼!何か良い手立てはないものかしら……!)


 心の中でもう一人のアルテレスが悶える。前屈みになり、広げた両指をうねうねと動かし、目を血走らせ涎を垂らすその姿は決して表に出すわけにはいかない禁忌。


 どうしたものかと悩んでいる間にも、黒き鎧は人ごみの中を進んでいく。別に今この場で会いに行かずともまた機会を窺えば良いのだろうが、先程の開催宣言の何十倍も興奮してしまっている今の彼女に『待て』などできる筈も無かった。


(ええい、理由など後からいくらでも用意できるわ!今は兎に角彼と接触することが最優、せん……?)


 ふと、視線の先の鎧が歩みを止めた。見れば、冒険者風の男達三人に囲まれ因縁を付けられている様子。


 楽しくあるべき祭りの会場での、不穏な空気。


 理由が、見付かった。

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