第6話 先輩との再会
ギルド『猫の手』の到着とほぼ時を同じくして。『カロット』のメンバーも祭りの地に降り立っていた。
「うひゃあ!凄い人の数ですね……」
「ボーっとしてんな!迷子になっちまうぞ!」
街の入り口で人々の熱気を全身に浴び、呆然と立ち尽くすジメドの背をガドワルドの巨大な手が叩く。大量の荷物を両肩にぶら下げたジメドは落ちかけた眼鏡を慌てて直しガドワルドの背を追った。
「セラセレクタは同じような構造と景色がいくつもある街ですぐ迷っちまうからな。遊びに行くならまず拠点をしっかりと確認してからだ。はぐれるんじゃないぞ」
「り、了解です!……ガドさんは来たことがあるんでしたっけ?」
「ああ、傭兵の頃に何回かな。ま、あの頃に比べて更に大きくなってるみたいだから案内役としては役に立たねぇぞ?下手したら俺も迷子になりかねないな!」
頼り無い事を頼もし気に言い放つガドワルドの脇を二つの影が通り抜ける。一人は禿げ頭。一人はドワーフ。
「おお!デインガムの丸焼きがあるぞ!」
「こっちはイプテマノスの生肝だ!酒!酒はどこだ!?」
初めての大都会に興奮を隠し切れず飛び出す先輩二人。ガドワルドが止める間も無く二人の両手には酒と食べ物が握られていた。
「うむ!これは旨い!酒が止まらんわい!」
「たまんねぇな!お祭り最高だぜ!オイ!ガドもジメドも早く来いよ!どれも絶品だぜ!?」
喧騒に紛れ無邪気にはしゃぐ二人に年配のオークは落胆を吐息に籠め手で顔を覆った。ジメドは羨まし気な視線を送りながらも迷子になることを恐れ動こうとはしない。
引率者としてガツンと言ってやらねばとガドワルドが意気込むが、その前に聞こえた声に彼の歩みは止まった。
「あっ!先輩じゃないっすか!お~い!ジメドせんぱ~い!」
「えっ?あっ!?」
前方の人混みから現れた姿にジメドは自然と声を上げていた。爽やかな破顔を振り撒き軽やかな足取りで駆けてくるその金髪の男に、ジメドはいやに見覚えがあった。
「ろ、ロバートさん!?」
目を丸くするのはジメドだけではない。ガドワルドもマイルもトンボルも、周りの人々数人もあの『閃光』の登場に驚愕を顕わにした。マイルはつい手にしていた串焼きを地面に落としてしまい、慌てて拾い息を吹きかけ砂を飛ばす。
『閃光』のロバートは背後に巨大な黒き鎧を引き連れ何とも嬉しそうな微笑みを称えジメドの肩を叩くのである。
「ちょっと振りですね先輩!元気そうで何よりっす!」
「え?あ、うん。はい?」
「風の噂で先輩が帝国軍を辞めたって聞いてから心配してたんすよ~!もしかして、どっかギルドに入ったんすか!?」
「そ、そうで、だすね?」
「凄いじゃないっすか!ってことは、今日は競技に出るんすか?」
「あ、いや……。僕は、出ません、だよ??」
ロバートとして接するべきかスワンとして接するべきか混乱するジメドに、お構いなく距離を詰めてくる『閃光』。彼に着いて来た鎧は少し離れたところで静かに佇んでいる。
周囲の視線を気にせずかつての先輩との再会を喜ぶロバート。幾度か一方的な質問をしている最中、様子を見ていたガドワルドが堪らず声を掛けた。
「なぁ……。『閃光』のロバートだよな?」
「ん?おお~!そう言うアンタはガドワルドじゃないか!?まさか『テメット橋の英雄』にこんなところで会えるとは何たる幸運!アンタの武功は俺も耳にしてるよ!」
「い、いや……。アンタ程じゃないさ」
躊躇いなく握手を求められおずおずと応じるガドワルド。普段は誰よりも大きく頼もしい彼の背が、今はやけに小さく見えた。
「もしかして、あの後ろに居るのは……」
「ああ!その通り!あの天下に名高い『レッドデビル』さ!」
わざと周囲に聞かせるような大袈裟な紹介に、ジルはロバートを諫めるも時既に遅く、観衆からは決して好意的でないどよめきが上がる。
「……なるほどな。アンタがあのレッドデビルか。お目に掛かれて光栄だ」
「……」
魔族のオークから握手を求められ素直に応じるジル。かつてレッドデビルの戦いを目の当たりにしたジメドはその静かなる威圧感に腰が抜けそうになっていた。
が、ジルはただ人見知りが発動していただけである。
「ガドワルドが居るという事は、先輩が今居るギルドは『カロット』っすね!?」
「は、はい。そうですが……。ロバートさんは、『猫の手』でしたよね……?」
「そうっすけど……敬語は勘弁して下さいよ!前みたいにタメ口で良いっすよ!何なら、スワンって呼んでくれても良いっすよ?」
何の事やらと訝しむ周囲の反応を前に、ジメドは恐れ多いと言わんばかりに手と首を大きく左右に振った。少し寂しそうに眉を垂らすロバートだったが、諦めて続ける。
「『カロット』ってことは……。ギルド長はポタロさんすよね?今日はお見えになってるんすか?」
「あ、ええと、ポタロさんは今日の午後に到着する予定だ、です」
「なぁんだ。ならまた挨拶に来るんで、その時またゆっくり話しましょ!それじゃ!」
両手をぴたりと腰に着け、躊躇無く頭を下げてくる『閃光』にジメドは気持ちの悪い悲鳴を漏らしながら相手以上に深く頭を下げ返した。自身が憧れて止まない男が決して嫌味ではなく好意的に自分を先輩と慕って来るその珍妙な関係性に、ジメドの頭の中はパンク寸前であった。
去り際、ロバートはガドワルドに呟く。
「あの人、ああ見えて根性あるから。大事に育ててやってくれよな」
「……知ってるさ。充分にな」
あらそう?と目を丸くするロバート。嫉妬しちゃうね、と捨て台詞を残し、『閃光』は黒き鎧を引き連れてその場から立ち去った。ジメドは今まで水中に居たかのように大きく息を吐き出すと、膝に手を着き何度も深い呼吸をする。
ビッグゲストの姿が見えなくなったところを見計らってマイルとトンボルが慌てて駆け寄って来た。
「おいおい!お前さん!あの『閃光』とどういう関係なんだ!?」
「先輩って言われてたよな!?どういう事なんだよ!説明しろよ!」
「え、ええと……」
肉と酒の匂いに鼻の穴を広げながら、救いを求める視線を後方のオークに向けるも、彼もまたその問いの答えを待っている様子。
「と、取り敢えず、歩きながら話しましょっか……」
ジメドは仕方なく、今まで語る事の無かった帝国兵士時代の話を掻い摘まむ事にした。いつの間にか、ガドワルドの手にも酒が握られていた。
―――――
「なぁ、さっきのもじゃもじゃ頭の眼鏡、誰だ?」
「ああ、帝国兵だった頃の先輩だよ。なんつーか、俺のお気に入り。生きててくれて本当に良かったよ」
「ふ~ん……。あと、お前さっき『ポタロ』って言ってたけど、ポタロって、まさかあのポタロか?」
「そ、あのポタロだよ。『不遇の剣聖』と呼ばれる、あのポタロさ」
「……本物なのか?」
「それを会って確かめてみたかったんだけどさ~。時間がある時にでもまた挨拶に行くよ。お前も来るか?」
「いや、遠慮しとく。それよりも、さっさと瓶を調達に行くぞ」
「あいよ」
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