第5話 死にぞこないの同窓会③

「あっ!何やってたのよ二人とも!こっちはもう大忙しなんだからね!」


 遅れてやってきた男二人に対し、いつもの制服を着たミスラが頬を膨らませていた。ギルドのブースはセラセレクタの街でも指折りの巨大な広場にずらりと並んでおり、競技は別の会場で行われることになっているらしい。


 開催宣言前にも関わらず既に多くのブースには人だかりができており、購入した料理を片手に見学して回る人々も散見される。


「あ!ジル様!見てください!もうこんなに売れましたよ!」


「お~。こりゃ凄いな」


 ミーナの店よりは若干広い程度の露店にずらりと並べられた酒と薬瓶の前で、セラが売り上げの入った袋を叩いて鳴らす。ずっしりとした袋を前にミスラは瞳を金貨の様に輝かせた。


「在庫は大丈夫なのかい?」


「大丈夫です!こんなこともあろうかと薬の材料はたっぷり持ってきましたから!フマ村からも追加のお酒が届く予定です!」


「なら良かった」


 セラ特製の薬も人気があったが、祭りという状況もあってかそれ以上にフマ村の果実酒の売れ行きが良かった。瓶よりもその場で樽から注ぎ飲む方が人気で、皆口にしては称賛を述べたり目を丸くして好意的な驚きを顕わにしていた。


 店番はククルとセラが行い、他の者は荷物の整理や商品を並べる作業に従事している。セラは満面の笑みと朗らかな口調で、ククルは淡々と無表情で接客するが、そのどちらも男性客からのウケは良いようだ。


 更に、『猫の手』の繁盛の理由にはもう一つ理由があった。


「見て見てママ!大きなトカゲさんがいるよ!」

「うわぁ!凄い!高い高い!」

「ねぇ~。次は僕の番だってばぁ」


 店の横から聞こえる明るい声。ジルが覗き込むと、そこでは木陰に座るベムドラゴンと戯れる子供達の姿があった。


「はいはい。順番です。順番は守るですよ」


 好奇心と冒険心を瞳に満たし集まってくる子供達をカリナが誘導する。まるでぬいぐるみの様に足を投げ出し座るナナに対し、子供達は尻尾に乗ったり背中によじ登ったり角にぶら下がったりして遊んでいる。


 保護者達はその様子に始めは戦々恐々としたり子供を制止したりしていたのだが、大人しいナナの姿とカリナのてきぱきとした先導を見ている内にいつの間にか我も我もとナナの身体を触るようになっていた。


 ちなみにナナの角と爪には誰かが当たって怪我をしないよう分厚い布が巻かれており、その点も保護者達の懐柔を助けた。


「カリナはまるでサーカスの猛獣使いだな」


「ふふん。ナナの事なら何でもおまかせなのです。ね、ナナ?」


 カリナに顎を撫でられ気持ちよさそうに目を細めるナナ。他の子供たちもそれに倣い我先にとドラゴンの顎を撫で始める。


 美人の店員、質の良い商品、そして客寄せドラゴン。その繁盛っぷりに余所のギルドのメンバーも何事かと様子を窺いに来ていた。


「ミスラさん。ちょっと問題が……」


「ん?何かあったの?」


 セラが店を抜け、客引きをしているミスラの下へ駆け寄る。一人で番を任されたククルは怒鳴りながらも何とか客を捌いていた。


「実は、薬の材料はあるのですが入れ物の瓶が足らなくて……」


「それはマズいわね……。でも、ここはセラセレクタだから、探せばきっと売ってるはずだわ。何なら作ってもらえるかもしれないわね。お~い。そこの暇そうなお二人さん?」


 美人と見れば手当たり次第に声を掛ける色男と、まるで置物の様に店の横で突っ立っている鎧の大男に声を掛ける。ジルはロバートの首根っこを掴みながら馳せ参じた。ミスラは事情を説明し、二人にそれぞれお金を持たせる。


「確かに探せばあるとは思うけど……。良いのか?多分高いぞ?」


「良いのよ。物が無くて悪い印象を抱かせた結果の損失を考えるなら、多少足が出てもお客さんを満足させた方が将来の利益に繋がるもの」


「成程ね……。しっかり商売人してるな」


「分かってもらえたなら手分けして探してきて!もしかしたら他のギルドも瓶の調達を考えてるかもしれないからなるべく急いでね!」


 了解!と、ギルドの主役二人が上官へ返事をする最中の事であった。


「ミスラ~。やっほ~」

「久しぶりね!ミスラ!」


 背後からの呼び声に振り向いたミスラの顔が驚きと喜びに満ちた。声を掛けてきたのはミスラと歳の近そうな二人の女性。一人はおっとりとした顔つきで紺色の制服と同色の帽子姿。もう一人は男物の冒険服に身を包み、尾のように長いポニーテールを揺らし力強い眼光を湛える背の高い女性。どちらも大変美人であり、麗しい三人の乙女の姿は周囲の視線を引いた。


「モカ!トリオーネ!アンタ達も来てたのね!」


「そう~。来てたよ~」


「当然よ!こんな楽しいお祭り、参加しないわけないじゃない!」


 ミスラは八重歯を見せながら二人に飛び付く。モカとトリオーネも喜んで彼女を受け入れた。二人は同じギルドに所属しており、おっとりしたモカは受付嬢、溌溂なトリオーネはメンバーを務めている。二人ともミスラとは旧知の仲だ。


「やだ~!本当に久しぶりね!元気してた~?」


「元気元気!毎日冒険しまくってるよ!」


「本当に~。トリオーネは元気過ぎるのよね~」


「何言ってんのよ!アンタがボケっとしてるからその分私が頑張ってるんじゃない!」


「そんなことないよ~。私も毎日しっかり働いてるよ~。お昼寝もしっかりしてるよ~」


「寝るな!働け!」


 相変わらず仲が良さそうな二人にミスラの顔も綻ぶ。


「それにしてもよく生きてたわね!」


「ミスラこそ~。また会えるなんて思ってもいなかったよ~」


 無事再会できた現実を噛みしめ手を合わせう淑女達。少しばかりの昔話に花を咲かせた後、トリオーネが訊ねた。


「そう言えば、聞いてるわよ?アンタのとこ、あの『レッドデビル』と『閃光』が加入してるって。アレ、本当なの!?」


「そうそう~。噂には聞いていたんだけど、信じられなくて~」


 二人の問いに、ミスラは誇らしげに胸を張った。たゆんと揺れる巨大な果実に、一瞬トリオーネの表情に影が差す。


「まごうこと無き事実よ!ホラ!現にここ……に……」


 振り返った先に、二人は居なかった。上官の命令に忠実に従い速やかに瓶の調達に向かった男達に、ミスラは心の中で毒を吐き捨てる。


「……ま、噂は事実よ。競技にも参加するから、よかったら応援してあげてね」


「うん〜。分かった〜。でも、私も競技に出るからその時は応援してね〜」


「あら!そうなの?何に出るの?」


「えへへ〜。美男美女コンテストに出るんだ

よ〜!」


照れくさそうに告げるモカの前で、ミスラは目を丸くする。


「えっ!そ、そうなんだ……。じ、実は、私も出るのよね……」


「えっ!うそっ!そうなんだ〜。お互いに頑張ろうね〜♪」


「えっ、えぇ……」


それから三人は二言程交わして別れた。思わぬ強敵の出現に、ミスラは明日着る予定の服をもう少し過激なものにせねばならぬだろうかと苦悩するのであった。


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