第4話 死にぞこないの同窓会②
轟く呼び声にジルとロバートが同時に振り向くと、二人を影が包み込んだ。何事かと顔を上げた先には、なんと筋肉まみれの巨大な男が爽やかな笑みを浮かべ大の字で飛び掛かって来ているではないか。
「うおおおおぉぉ~い!!!」
「……」「……」
絶叫と共に落下してくる巨大な肉体を二人は難無く躱した。ジルより二回りは巨躯のその男は重力に従って勢い良く全身を地面に叩き付ける。地面のレンガが男の身体の形に凹んだ。
「ははは!相変わらず冷たいな!友の抱擁をそんな邪険に扱わなくても良いじゃないか!」
砂と小石に塗れながら顔を上げ、満面の笑みを二人に振り撒く男。腹の底から出されたる爽やかな声色が周囲の視線を更に集める。彼の為に作られた特注の服の下からは岩石のように逞しい筋肉がくっきりと浮かび上がっていた。
ワイルドな跳ね方の短く硬質な黒髪に、黒真珠の様を呈した瞳。この大陸では珍しい組み合わせの色を有するその男は巨躯に似合わず流れるような所作で静かに立ち上がると、屈託の無い笑みを浮かべ二人の肩に手を置いてきた。
その男があまりにも巨大であるが故に、相対的にジルとロバートが子供のように見えてしまう。
「なぁ~にが抱擁だよ。圧殺されるかと思ったぞ……」
「大丈夫だ!ちゃんと加減はしていたからな!」
地面を凹ませる勢いで飛び掛かられても、とロバートは苦笑を浮かべ自身の肩に伸びる腕を力強く叩いて応えた。広大な草原を吹き抜ける風のように涼やかな顔つきをしていながらオーク顔負けの巨躯を誇るその男に周囲は呆気に取られる。
デカい。兎に角デカい。本当に人間なのかと疑ってしまう程デカい。しかし顔つきは薄く、爽やかな好青年という印象が強い。
彼の名は『カミタカ』。彼もまたレギンドの大戦を共に戦った戦友であるが、アゼッタと違い大戦終盤のむせ返るような地獄を共にした男である。その実力は桁違いであり単純な力勝負であればジルに勝ち目は無い。戦時中でも数多くの魔族を素手で絶命させてきた。
様子を見ていた大衆の中からも『カミタカだ……』と呟く声が聞こえる。ジルとロバートに匹敵するぐらいには彼も界隈にて有名人である。
「よお、カミタカ。お前も生きてたか。身体はもう大丈夫なのか?」
「ああ!御覧の通りさ!」
ジルの言葉に、カミタカは前屈みになると両手を下腹部の前で力強く合わせる。彼の逞しい胸筋が頷くように揺れた。
「もしかしてお前も参加するのか!?」
「という事は、キミ達もなんだね!?」
いちいちポーズを決めながら喋る男に対し、溢れんばかりの郷愁と共に苦笑を浮かべる二人の友。この男は昔からこうだ。自分の肉体に絶対の自信と美意識を持っている。戦闘中ですら隙を突いてはポーズを取ったりしていたものだからよく仲間に鬱陶しがられていた。が、しっかりと戦果は上げていたので雇い主からの評価は高かった。
「俺とジルは『猫の手』ってギルドに所属してるんだ。そこから出場する予定だぜ」
「相変わらず二人は仲良しなんだね!」
「よせよ。ただの腐れ縁だ。なぁ?ジル」
「あぁ、腐り切ってるな。で、カミタカ。お前の所属するギルドは?」
その問いに、カミタカは掲げた両腕を下ろし、胸筋を前面に押し出す。
「僕が所属しているギルドは『ゴゴリア』ってところさ!!キミ達も名前ぐらいは知って居るだろう!?」
「……あぁ……」
妙に納得したような表情で半目を浮かべるロバート。
『ゴゴリア』といえば大陸のギルドの中で唯一『武器使用の禁止』が定められたギルドである。魔法の使用は許されてはいるが、殆どが肉体強化の魔法である。己が肉体に対し信仰と呼べるまでの情熱を抱く者が集まるギルドであり、大陸一暑苦しいギルドとして有名である。
「なんつーか、お前にぴったりのギルドだな」
「だろう!?一応、コーチとしても活躍しててね!何ならキミ達も鍛えてあげようか?戦争が終わって鈍ってるんじゃないかい?」
「い、いや。俺は遠慮しとくよ」「俺も……」
引き攣った笑みを浮かべるロバート。両手のひらを弱々しく翳し首を左右に振るジル。
「そうか!それは残念だ!でも、久しぶりにキミ達の顔を見ることが出来て本当に良かったよ!!ギルド対抗戦ではお互いに頑張ろう!僕の活躍と肉体を是非見て行ってくれたまえ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
カミタカは二人と熱い握手を交わすと、雑踏の中へと紛れて行った。アゼッタの時とは違い、しばらくの間彼を見失う事は無かった。時折発作の様にポーズを決めては人が避けていた。
「変わってねぇなぁ。アイツも」
「だな。それよりも、ジル。湿布薬か何か持ってないか?」
「……お前もか」
握手を交わしたロバートの手は真っ赤に張れていた。ジルも同じく、鎧の下の手には鈍い痛みが植え付けられていたのであった……。
その後、ギルドのブースに辿り着く間で同じような『同窓会』が何度も行われた。ロバートが多くの者に声を掛け、また、ロバートも声を掛けられた。再会を果たした者全てを彼は覚えており昔話に花を咲かせていたが、ジルはその殆どを覚えておらず、声を掛けられた時に無難な相槌を打つぐらいであった。
「お前、よく覚えてるよな」
「記憶力は良い方でね。一週間前の夕飯でも思い出せるぜ。というか、お前が覚えてなさすぎなんだよ」
「……かもな」
どうせみんな死ぬ。弱い奴の事を覚えていても仕方ない。その思考から人との関わりを極力避けていた傭兵時代のジルとは対照的に、誰とでも気楽に接し、交流を温めていたロバートは友人も多く、何かと慕われることも多々あった。
「さ、早いとこ俺達のブースに行こうぜ。遅刻したらミスラちゃんに怒られちまうからな」
それもまた良いんだけどね。と宣うロバートの後ろでジルは鎧の下で静かに微笑んだ。どこかで花火の上がる音が鳴り響く。道行く人々からは歓声が上がりより強大な熱気が噴き出すが、ジルの纏う雰囲気はどこかもの暗かった。
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