第7話 偽レッドデビル④
「我が名はボドヌス。かつて傭兵として名を馳せた者だ。レッドデビルとの一騎打ちを所望する!」
魔族の男は人の背ほどもある大剣を軽々と片手で持ち上げ、目の前にいる三人へ順に切っ先を向けていく。
どうやらこの男はレッドデビルを倒すことで名を上げようと目論んでいるらしい。レッドデビルのなりすましも多いが、このように名声を得る為に勝負を挑む者も少なくなかった。
「さぁ!誰だ!誰が本物のレッドデビルだ!いざ尋常に勝負!」
この魔族の男もレッドデビルの詳細を知らないらしく、苛立たしそうに声を張り上げる。この男が偽物三人の実力を遥かに凌いでいることは、ここに居る誰もが肌で感じ取っていた。
穏やかな村の中、まるでそこだけ刳り貫かれたような異質な存在を前に偽物達の反応はというと……。
「「「こいつらのどちらかが本物です!!!」」」
全員が別の偽物を指差し憐れみを誘う声でそう叫んでいた。口をだらしなく開く村長。額を抑えるマーレ。ボドヌスは憤怒で剣を震わせていた。
「もしや……。全員偽物だと……?こんな田舎くんだりまで出向いたというのに……。クソが!」
憤怒に任せた大剣が地面に叩き付けられる。轟音と共に巻き上がる砂煙、剣の形に抉れる路面。偽物の三人は恐怖のあまり設定を忘れて抱き合った。
「くだらん……。貴様らなど、殺すに値せん」
「え?あ、あのぅ……。ちょ、ちょっと……」
マーレの制止も間に合わず、剣を収めその場を立ち去ろうとするボドヌスを村長が呼び止める。
「あ、あのぅ……。あの人達を捕らえて行ってもらえませんか?」
「……何だ貴様。なぜ私がそのような事をしなければならないのだ」
「え?いや、でも……」
縋るように詰め寄ろうとする父の手をマーレが引いた。魔族の男の手が剣の柄に届く前にかろうじて間に合った。
「すいません!何でもないです!」
「……フン……」
ボドヌスは一瞥もくれずその場を後にした。様子を眺めていた村人も、抱き合う偽物三人も、圧倒的な威圧感からの解放に皆地面にへたり込む。
少し経ち、微かに吹いた風が皆の身体を撫で意識を取り戻させると、村長が血色を変え偽物三人を指差す。
「お前ら!全員偽物だったのか!ふざけおって……!」
まぁそうだろうな。そんな様相で呆れたように肩を落とすマーレ。
怒声を浴びせられた偽物三人はお互い顔を見合わせると、示し合わせたように醜悪な笑みを浮かべた。
「偽物って分かったんなら……どうだってんだぁ?」
タンタロが指を鳴らし、その巨躯で村長に詰め寄る。
「逮捕でもしてみるか?あぁ!?」
ボルも追随し、右手を村長に突き出した。
「お前ら!金と食料を持ってこい!村にある分全部だ!」
ゾーイが周囲の村人達を追い回し脅しをかける。村長は奥歯を噛みしめ無念の表情を浮かべながら固く瞼を閉じた。確かにこの男達は全員偽物であった。しかし、偽物とは言え屈強な男達である。男手の無いこの村で彼らの横暴を止められる者は居なかったのだ。
「オラオラ!さっさとしねぇか!さもないと全員ぶっ殺すぞ!あるもん全部持って……?」
ふと、激しい衝突音がどこからともなく鳴り響き、空気を揺らした。その音がした方角へ首を回すと、少ししてタンタロの視界に一つの影。その影は徐々に大きくなり、ある程度の距離でその影が黒い鎧を着た人間だということが解った。
背中には等身大の黒く巨大なメイスを提げており、そんな重装備に関わらずまるで下着姿で歩いているような足取りの軽さからは熟練の戦士を思わせた。
――緊張が走る。
先ほどのボドヌスのような者か、はたまた自分達を捕えに来た帝国の遣いか。
生唾を呑むタンタロ。その場に居る誰よりも背の高い黒き鎧姿の何者かは広場に足を踏み入れ、あどけなく周囲を窺った後、告げる。
「ここに、俺の偽物が居るって話を聞いたんだが……」
一瞬呆けた表情の後、偽物三人は一斉に吹き出した。
「いやいやいや!何だよオイ!お前もかよ~!」
タンタロはまるで旧知の友に会ったかのようなノリで新たに現れた自称『レッドデビル』の肩を叩く。
「もういいから!そういうの!もうそのくだりは終わってっから!」
「お前なぁ。『レッドデビル』を名乗るぐらいならせめて何か赤い要素を身に着けとけよな~?全身真っ黒って……。おまっ、そりゃいくら何でも無理があるっつーの!」
ボルもゾーイも集まり、偽物同盟は和気藹々とした空気に包まれていた。なし崩しに迎え入れられそうになった新顔は、甲冑の上から頬を掻く。
「……もしかして、お前達が偽物か……?」
「お前達『も』!『も』だろ!まぁいいや。取り分は減るが、お前も仲間に入れてやるよ!ホラ、さっさとこいつら脅してもらうもんもらおうぜ!」
「……」
――その後。
三人の偽物は、後からやって来た『本物』にこれでもかとお仕置きされるのであった……。
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