第8話 本物だったら良いのに

「え~っと。依頼者は誰だ?」


 のレッドデビルは軽い運動を終え手を叩きながら周囲を見渡す。先ほどまで威勢の良い恐喝を働いていた偽物三人は全員地面に転がっていた。村人達が怯えて物陰に隠れる中、一人の少女が引き攣った浅い笑みを浮かべすり足で砂利を鳴らしながら近付いて来る。


「あの~。アタシ……ですけど……」


 仕事用の白いモブキャップを外し落ち着いたレンガ色の頭髪を披露したそばかすの娘は、簡単な自己紹介を済ませる。


「やぁ。キミか。すまないね、俺の偽物が随分と迷惑をかけてしまったようで」


「いえいえ~……」


「偽物はコイツらで全部かな?」


「あ、ハイ。多分……」


「?」


 歯切れの悪いマーレの返事に首を傾げるジル。何か納得いかないことがあるのかと問えば、彼に対する猜疑が返って来た。


「アナタが本物……。ってことで良いのかしら?いや、そいつらをとっ捕まえてくれたのはありがたいんだけど、実はアナタも偽物だったりしない?」


 その疑いは成程致し方ないことであるとジルも納得を見せた。三人も偽物が居ては四人目も五人目も疑われて当然の事だろう。陰で様子を見ていた父親が彼女の言い様を小声で咎めるが、しかし目の前の鎧の大男は静かに腕を組み、軽い声で唸る。


「キミ達にとっては俺が本物かどうかよりも、この偽物達を退治してもらう方が大事だろう?別にこいつらを退治する奴が本物だろうが偽物だろうが、そもそも誰だろうがどうでも良いことだと思うのだが……」


「あぁうん、ごめんなさいね。ちょっと興味本位で聞いてみただけ。私もレッドデビルの噂は何度か耳にしたことがあるから、実際に本物がどんな感じなのか気になったの。気を悪くしないでもらえると嬉しいな」


「噂……ねぇ……」


 鎧の下でジルの表情が引き攣る。自分も偽物ということにしておいた方が無駄に心を傷付けずに済みそうな気がしていた。


「取り敢えずこの依頼はこれで達成ということで良いだろうか?」


「あ、うん、そうね。本当にありがとう。依頼料は……。ええと……」


 バツが悪そうに頬を掻き、マーレは路傍の石のように地面に転がる偽物三人を指差した。ジルはすぐにその意を解し、マーレに向けるのとはまるで違う乱暴な声色を偽物共に吐き掛ける。


「オイお前ら。盗った物全部出せ」


「「「……」」」


「死んだフリしてんのは分かってんだぞ。最後まで起きなかった奴をぶっ殺……」


 ほぼ同時に全員が起き上がり並んで正座する。ジルは握りかけたメイスの柄から手を放した。三人の中で唯一の実行犯であるタンタロは鎧の隙間から小さな皮袋を取り出し、手の平の上に置く。


「動くなよ。死ぬぞ」


 黒い鎧の大男が皮袋を受け取った瞬間、三人は逃走すべく一斉に脚に力を籠めるが、それを見透かしていたような言葉に全員が起こしかけた体を平伏させた。この男の前では無様を恥じる余裕すら無かった。


「一応、私達がギリギリ用意できる謝礼なんだけど……。足りない……?」


 腰に手を当てあざとく首を倒し顔を覗き込んでくるマーレに対し、ジルは首を縦に振る。


「これだと、路銀分って感じだな……」


「あ~……。だよね……」


 皮袋の中には十数枚の銅貨と数枚の銀貨が入っていた。貨幣価値に疎い今までのジルならこれでも納得して持って帰ったかもしれないが、セラの勉強会で知識を得ている今、この額を見過ごすわけにはいかなかった。


「依頼書に書いていた額と随分違うようだが……」


「ご、ごめんなさい……。今、男達が出払ってて、お金を稼げる人が居なくて……」


 依頼料の詐称には重い罰が定められている。しかし、今回のこの村のように緊急性が高く放っておいたら大惨事を招くような事態に直面した場合、その罰と現状を天秤にかけやむ無く詐称してでも救いを求める者も少なくない。


 また、依頼者が若者であるならばその身を売ることで立て替える事も少なくなかった。そしてマーレもそれを理解した上で依頼を出していた。田舎っぽさは抜けないがエプロンの舌から覗くふくらみとバランスの良いプロポーションは間違いなく需要があるだろう。


「別に俺は良いんだよ。気になって来ただけだから。ただ、これだとギルドの顔が立たないんだよな……」


「あ、あのさ。依頼を出したのは私だから、罰は私に……」


 身を投げ出さんとする娘の言葉に父親が地面を転がりながら駆け付け、ジルの足に縋り付く。


「そ、村長は私です!私が依頼を出すように指示を出したのです!ですから罰はこの私に……!」


「パパ……」


 美しい親子愛がそこにあった。様子を窺っていた村人達も涙ぐむ。


 ……が、ジルは鬱陶しそうに父親を優しく振り払い、告げる。


「いや、別にアンタらをどうこうするつもりは無くてだな……。取り敢えず俺はギルドへの言い訳が欲しいんだよ。別にお金じゃなくても良いから、何か手土産になるようなものは無いか?例えば、特産品とか……」


「え?あ、ええと……。それなら、果実酒が……。し、少々お待ちください」


 砂まみれになったズボンを叩きながら村長は小走りで酒場に飛び込むと、静かな寝息を立てている従業員を尻目に果実酒の瓶が詰められた箱を両手で抱えて戻って来た。


「おお、あるのか。じゃあこれをいただくよ。この金とそれを以て今回の依頼料ということにしておこう」


「え?し、しかしそのお酒はそこまで高価な物では……」


 父の言葉を娘が止めた。父は少しして、この男の厚意に気付く。


「それはそれとして、この果実酒は結構な荷物だ。これではそこに居る三人を捕えて連れ帰るのはかなり骨が折れるだろう。そこでだ」


 ジルは未だに平伏を続ける三人の前に屈み込み、顔を上げるように告げる。タンタロ、ボル、ゾーイの三人は身体を震わせ、重みを失っていく自分の命に必死にしがみついていた。


「お前ら、しばらくこの村で働け。もちろん無償でだ。それで今回の件は無かったことにしてやろう。……このまま逮捕されて帝国の厳しい拷問を受けるのと、どっちが良い?」


『……』


 三人の答えは一致していた。念の為、また悪事を働けばすぐにでも自分が駆け付けると脅しておいたが、彼らの真に怯えた様子から見てその心配も無いだろう。どのみちこの男達は寄る辺無い身であり好都合かもしれない。


「……と、いうわけだ。貴重な男手、好きに使ってやれ。何なら小さいギルドでも作ってみたらどうだ?アンタなら、良い長になると思うぞ」


「はは……。考えてみるよ」


 偽物三人が早速村人達に頭を下げ謝り出した中。ジルは果実酒の瓶を頑丈な革袋に詰めていく。それを手伝いながら、マーレは楽しそうに微笑みながら呟いた。


「やっぱりアナタも偽物だね。レッドデビルがこんな善い人なわけないだろうしさ。本物なら女を寄越せとか言い出しそうだし」


「……ま、確かにな」


「でも正直、本当にアナタが本物だったら良いなとは思うけどね」


「それは残念だったな」


 荷物が纏まり出立するジル。結局素顔を晒す事の無かった黒い鎧の大男は村人に感謝されつつ村を出た。


「……」


 しばらく男の背を見送った後、マーレは両手で頬を張ると偽物三人を呼び付けまずは酒場の仕事に従事させた。


 その日の暮れ。薪を取りに村の外に出た村人の一人が地面にめり込み気絶した魔族のオークを見つけるのであった。




 ―――――




「えぇ~!?こ、これが報酬ですかぁ!?」


 驚愕のあまり声が大きくなるミスラを前に頷く。周囲の視線を集める中、ミスラは果実酒の入った瓶を握り悲哀の籠った鳴き声を漏らす。


「報酬と仲介料が現場手渡しだったから変だなとは思ったんですよおぉ~……。ジルさんが受注者だから大丈夫だとは思ったんですけど……」


「まぁまぁ。ここは俺の顔に免じてさ。またクエスト頑張るから勘弁してあげてよ。ホラ、キミの分もあるからさ」


「ジルさんがそう言うなら、別に咎めはしませんけど……」


 唇を尖らせながら果実酒を受け取るミスラ。


「うぅ~……。うがあああ~!!」


 ジルが去った後に今回の件をどう処理するか悩む最中、勢いで果実酒の栓を抜き勢い良く呷る。新鮮な果実の爽やかな甘味に続き深く濃い芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。若干しつこい、しかしクセになる人工的な甘さの後、それを全て洗い流すような喉越しにミスラの目が開いた。


「あら……。結構美味しいわね……」


 その後、この果実酒が『猫の手』の酒場に並ぶことになるのだが、それはもう少し先のお話……。



 ―――――



「……っていう事があってね」


「へぇ~……。ジル様の偽物ですか。何でそんなすぐバレる嘘をつくんですかね?」


 その日の晩。ジルはクエストの内容を食卓にて語っていた。セラは彼の話を楽しそうに拝聴し、ナナとカリナは川で釣れた魚のソテーに舌鼓を打っていた。


 それなりに埋まるようになった長く大きなテーブルの燭台の灯が、五つの影を映し出す。


「意外とバレないらしいんだよ。レッドデビルとしてのハッキリとした見た目ってあまり伝わってないらしくてね。今度新聞にでも載せてもらおうかなぁ……」


「あ!でしたら前に『ホワンダ』さんへ買い物に行った時の服装にしましょうよ!」


 よほど気に入っているのか瞳を輝かせるセラの隣でカリナも料理を頬張りながら賛成の意を口にした。当の本人の渋面から察するにおそらくそれは叶わぬ願いとなるだろう。


 その後もジルはその日に起きた出来事を土産話として面白おかしく話すのであった。


 ――そんな明るい雰囲気の中、沈黙を貫いていた一人の少女が呟いた言葉。


「……レッド、デビル……」


 あまりにか細いその呟きは誰の耳に入ることも無く、談笑の中に消えていった。




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