第5話 偽レッドデビル②
フマ村。
豊富な天然資源の輸出と農作で生活を営むこの村は大陸の中でも僻地に存在し、交通の便も悪く戦争に巻き込まれなかった小さな農村。山間部に存在するこの村の人口は百人にも満たず、男は出稼ぎに出ており殆どが老人と女子供である。
豊かで実りある自然。そして穏やかな気候と風土の為か柔らかな性格の村民が多く、争いや犯罪とは殆ど無縁の平和な村だが、そんなフマ村で今、ちょっとした事件が起きていた。
「おい!酒だ!まだあるんだろ!さっさと持ってこい!」
村に唯一存在する小さな酒場で飛ぶ怒声。穏やかな村に不似合いな大声に、物陰に隠れて外から様子を見ていた村人の身体が跳ねる。
酒場の店主でもあり村の長でもある初老の男性は裕福な腹を揺らしながら大急ぎでカウンターに向かい、果実酒が溢れんばかりに注がれた樽のジョッキを置く。
出された料理を手当たり次第に腹に送り込む鎧姿の大男は、奪い取るようにジョッキを手にすると一気に喉に流し込んだ。開放感溢れる下品な声と共に空のジョッキがカウンターに叩き付けられる。
――今、酒場に客は居ない。居るのは店主とその娘、及び従業員の少女が一人。そしてカウンターでタダ飯を食らい続ける輩。
毛根の死滅した頭部から彫りの深い強面を斜めに割く巨大な切り傷。威圧的な印象を受ける顔であるが、更に目立つのは男が着ている鎧であろう。
赤黒いその鎧。まるで、全身に返り血を浴びたようなその色合い。
彼の名はタンタロ。二日前にこの村にやって来た際、自らを『レッドデビル』と名乗り無銭飲食と金品の強奪を働いていた。無論、偽物である。
このようにレッドデビルの名を騙って悪事を働く輩は少なくない。レッドデビルという名こそ有名であるが容貌は明確に割れていない存在だからこそ可能ななりすましであり、特に田舎だとその成功率は高かった。
「オラァ!どうした!もっと料理持ってこいや!村を滅ぼされてぇのか!あぁ!?」
「は、はいい……」
店主は慌てて娘が料理を作っている調理場に戻る。エプロンを着たバイトの少女は盆で顔を隠し部屋の隅で
そんな恐怖で支配されていた空間に、一陣の風が吹き抜ける。
「……ここに、俺の偽物が居ると聞いたのだが……」
奔る戦慄。
酒場の戸を開けたのは、タンタロと同じような鎧姿の大男。暗に自らをレッドデビルと名乗ったその男の鎧はしかし黒かった。
バイトの少女の悲鳴に、何事かと調理場から顔を出す店主とその娘。
「あぁん!?何だテメェ!誰が偽物だっ……、てぇ……?」
タンタロは席を立つと、その黒い鎧を着た男へ脅しをかけようとする。が、しかし語勢は徐々に弱まった。突如として現れたその黒い鎧姿の男の背には、まるで鮮血を塗りたくったように真っ赤なメイスが提げられていたのだ。
(なっ……!バカな!メイスがあんなにも赤く……。ま、まさか、『レッドデビル』の『レッド』っていうのは鎧ではなく武器の事だったのか……!?ということは、もしやコイツが本物の……)
勢い良く踏み出した足を元に戻し、タンタロは身構える。まさかの本物のお出ましにさっきまでの威勢はどこへやら。その動きは完全に固まってしまった。
「れ、レッドデビルが!二人!?」
素っ頓狂な声を上げる店長の隣で、そばかすがチャームなウェイトレス姿の一人娘は訝しむように半目を浮かべていた。
「貴様か……。我の名を騙る不届き者は……」
黒い鎧の男は背に提げたメイスの柄を握り軽々と持ち上げると静かに構える。
「覚悟しろ。俺のメイスも貴様の血を吸いたくてウズウズしているぞ……」
「な、嘗めんじゃねぇ!俺は本物だ!テメェこそ自分が『レッドデビル』だなんて嘘、本物の俺を前にしてよくほざけたもんだな!えぇ!?ぶっ殺すぞ!」
タンタロは敢えて大声を出すことで自らを奮い立たせ、戦いへの覚悟を決めた。
(ちくしょう!俺だって昔は傭兵として激戦を潜り抜けてきた男だ。やってやる……、やってやるぞ!寧ろこれはチャンスだ!俺がここで本物の『レッドデビル』を倒せば、俺が本物として成り代われる……!いや、それ以上にこのタンタロ様の名が広まるってもんだ!)
徒手空拳のまま身をかがめ、何時でも懐に飛び込める体勢を取るタンタロ。
鎮まり返った酒場の中で、店主が唾を飲む音が響いた。
―――――
(『レッドデビル』って、そのまんまの意味だったのか……)
安物の塗料で塗りたくった赤いメイスを構え、心中で動揺を浮かべる黒い鎧の男。
男の名はボル。彼もまた、『レッドデビル』の名を騙る真っ赤な偽物であった。
ボルはレッドデビル退治の依頼書を見た時、この犯人は偽物のチンピラだろうとすぐ理解した。そしてこの偽物を退治することで、偽物を倒した真のレッドデビルとして名を上げてやろうと目論みこの村にやって来た。
だがしかし、実際に会ってみればこの巨躯に加え名を現すような赤い鎧。更に本物であると語る自分を見ても怯む気配の無いその姿勢。ボルには今、タンタロが本物のレッドデビルに見えてしまっていた。
(くそ……。なんてことだ!まさか本物だったとは……。さっき俺の姿を見て固まったのも、あまりに陳腐な変装に呆れてものが言えなかったのだろう……。だが!俺だって元はそれなりに大きなギルドでメンバーをしてたんだ!魔物のオークだって(数人がかりで)倒したことだってある!噂なんて当てにならねぇ。俺がここで倒してやる!)
ボルは自らを奮い立たせ、戦いへの覚悟を決める。二人はお互い睨み合いながら円を描くよう擦り足で様子を窺い合った。
どちらが真の『レッドデビル』か、ここで決まる。
そんな世にも奇妙な偽物同士の戦いが始まろうとしている最中。更に事件は起きた。
「ここに、俺の偽物が居るって聞いてきたんだ……けど……」
その場に居た全員が、酒場の入り口に視線を送る。
そこには、綿毛のような質感の赤い頭髪と頭の左右から伸びる牡牛のような角が特徴的な、安っぽい冒険者の姿をした男が立っていた。
瞬間、その場に居た全員の時間が止まった。
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