第4話 偽レッドデビル①

 ククルが屋敷に来て六日目。ジルは久々のクエストに出向いていた。


 ククルが自分に並々ならぬ不信感と嫌悪感を抱いていることは分かっていたので、ならば一旦彼女から離れ、女性陣だけで過ごしてもらおうという算段だ。以前にも自分が居ない内にいつの間にかセラとカリナが親密になっていた事もあり、淡い期待程度は抱いていた。


 それと、毎日のように襲い来るククルの催淫から一時撤退したかった、という理由もある。


「おい!ジル!見てみろよ!ポクルだぜ!」


 ジルのシクルフラワー狩りに同行していたロバートが興奮気味に声を上げる。彼の指差す先には雑草の新芽をむ丸っこい小動物が居た。


 少し伸びた鼻に細長い尻尾。ぱっと見は小さな鼠だが手足は綿毛のような白い体毛に埋もれる程短く、毛糸玉のように丸い。


「わぁ!かわいい!!」


「このまんまるな姿、マジで癒されるなぁ」


 うふふ、あはは、と大の大人が地べたに這い、小動物を愛でる。ポクルは警戒心の薄い生き物であり、初めて会った人間でも体に触れる事を許してくれる。その警戒心の無さ故に他の動物に容易く捕食されたり人間に捕まりペットとして飼われることも少なくない。


 ただ、爆発的な繁殖力の為絶滅には至っていない。


「ホラ、こっちのほうが美味しいよ」


「ぷにぷにで可愛いねぇ」


 ロバートが適当に引っこ抜いた草をポクルの口に運び、ジルは手の部分だけ鎧を透過させ柔らかな身体をつつく。


 男どもの微笑みが柔らかな日差しに包まれていた。



 ―――――



「あ、お帰りなさ……って、何食べてんの?」


 クエスト完了の報告をしに受付に来た二人を出迎えるミスラであったが、ロバートの口が何かを咀嚼するように動いていた。見れば、口元から細長く肌色な『何か』がはみ出ている。


「ポクルの尻尾だよ。味は殆ど無いけど弾力があって噛み応えがあるんだ。戦場ではよく食ってたよ。なぁ?」


 何かを口に含んだままの声で肯定するジル。どうやら彼も鎧の下で同じものを噛んでいるようだ。


「噛んでも噛んでも無くならないから腹減ってるときに重宝するんだよね。ミスラちゃんも食べる?」


「いや……。遠慮しとくわ……」


 ロバートがポケットから掴み出した数本の尾をミスラに差し出すも、彼女は両手を振り頭を振った。


「ちなみに毛に火を着けて丸焼きにすると旨いんだよ。量は少ないけど、木の実や草を食べてるから味はかなりのもんだな」


「へ、へ~……」


 無邪気に補足するジル。笑顔が引き攣るミスラ。そんな話をしている最中にもロバートは新たな尻尾を口に運び、それを見ていた別のメンバーが俺にもくれよと催促していた。


「あ、そうそう。今回の成果、コレね」


 シクルフラワーの核が詰め込まれた巨大な革袋をカウンターに置く。今回も大漁のようだ。


「いつもありがとう。最近凄く多くて困ってるのよね~」


「夏になるとどうしてもな」


 野菜と同じで植物系の魔物は暖かい季節に活発になる為、この時期はその駆除に追われるギルドも少なくない。


「にしても、こう草むしりばかりだと体が鈍っていけねぇな。なんかこう、もっと面白くてやりがいのあるクエストとか無いの?」


「あら、そんなロバートさんにおススメの仕事があるわよ?」


 差し出された依頼書に記された帝国の紋章を見た瞬間、ロバートは嘲笑と共に手を振った。


「また村の護衛か……。最近こればっかりだね」


 手渡された分厚い依頼書の束を捲るジル。それは全て帝国絡みのものであった。


「そうなのよ~。別にウチは帝国の依頼をこなす義務は無いんだけど、やっぱり他のギルドと付き合いがある以上私達も少しは協力しないとなのよね」


「こんなカスみたいな依頼のどこが俺向きなのよ」


「あら?人の為になるやりがいのある仕事でしょ?」


 それ本気で言ってんのかよ。と言いたげな渋面のロバート。


「ウチからもそれなりの人員を派遣しないと顔が立たないのよね~。だからロバートさんにお願いしたいわけ。ダメ?」


「一回毎に一泊二日のデートなら考えてもいいよ」


 ミスラの否定的な半目に満面の笑みを浮かべる色男。相も変わらず重みの無い言葉を吐く旧友にジルはほんのりと羨望を抱いていた。


「それにしても凄い依頼量だな。この辺一帯の村分あるぞ」


「魔獣に襲われてる村が増えてるらしいのよね。一応、魔族じゃなくて魔物獣らしいけど」


 立場や土地にも因るが、基本的には野生に生息している個体を魔獣、人の生活に溶け込んでいる個体を魔族と呼称することが多い。どちらにせよ人間を凌ぐ身体能力を有しているため面倒な相手であることには変わりないのだが。


「はぁ~!有害植物は大量発生するわ、帝国の依頼はわんさか入ってくるわ、抜き打ちの調査があるわでほんっとロクな事無いわ!イライラして食べ過ぎちゃって最近少し太ったのよね……」


 悲哀に満ちた声で愚痴を漏らしながら(ジル達から見れば)細い腹を叩くミスラ。その度に制服から零れ落ちそうになるたわわに実った果実が野郎二人の目を引いた。


「抜き打ち……。おっと、失礼」


 後ろで順番待ちしていた他のメンバーに場を譲った後、再びミスラと会話を続ける。


「抜き打ち調査って、何かあったのか?」


「それがね~。反乱軍のスカウトが居るかもしれないからって、なんの報せも無く帝国の兵士が調べに来るのよ。ギルドのメンバーを狙った勧誘が最近多いらしくて、その対策の為らしいけど……」


「あぁ、そういや居たな。そんな奴」


「え!?ウソ!?居たの!?」


 何気ないロバートの言葉に、ジルもミスラも勢い良く首が動く。


「え、うん、居たよ?ホラ、サキュバスの商館に行く前に俺がナンパしてた子居たじゃん。あの子」


 ミスラは理解できなかったようだが、ジルは「ああ、あの時の」と手のひらを拳で打った。見知った顔ではなかったので容姿までは鮮明に思い出せなかったが確かに居た。


「な、何でそれが分かったの?」


「寝た時に聞いた」


「あ……そう……」


 重大事件の筈なのに、どうもこの男が絡むと緊張感が抜けてしまう。呆れるミスラを余所にジルはその詳細を事細かく聞いてみたいという性的な好奇心を抑えていた。


「ここにはもう来ないようにとは伝えておいたよ。俺もやっと見つけた安住の地を荒らされたくないしね」


「それで済めばいいんだけどね……」


 帝国軍と反乱軍の対立はまだしばらく続きそうな様相を呈している分、それに巻き込まれる者達の心労は想像に難くない。次見つけるようなことがあればすぐに報告するようにと釘を刺された色男は軽い返事と共に酒場へと向かう。その手にはポクルの尻尾と、そして帝国からの依頼書が握られていた。


「……悪い人じゃないんだけどね。あの軽薄さはどうにかならないものかしら……」


 重い溜息を吐きながら複雑な笑みを浮かべる受付嬢。実際、ロバートの働きぶりは目を見張るものがあり、ジルが居ない時には彼が難易度の高いクエストをこなしていた。常駐してくれている分、件数も多くなりギルドも潤った。


 ただ、女癖が悪くそれに関してのトラブルに頭を抱える事も少なくなかった。


「確かに面倒かもしれないけど、あの軽薄さに救われることもあるんだよ。戦場でも、あの性格に何度も助けられた」


「……ま、それは否定しないわ」


 思い出されるのは、帝国とレッドデビルの戦い。あの後、罪悪感に苦しんでいた彼女をロバートの明るい性格が和らげてくれていたこともまた事実であった。


「あ、そうそう。やりがいはあるかは分からないけど、面白いクエストなら入ってきてるわよ?『レッドデビル』さん、良かったら受けてみない?」


「ん?それならロバートにやらせてやれば良いのでは?」


「いやいや。このクエストは、『レッドデビル』さんがやってこそだと思うのよね~♪」


 何やら含みのある言い方に首を傾けながら、悪戯な笑みを浮かべる受付嬢から手渡された依頼書に目を落とす。


 そして、ジルは言葉を失った。


『レッドデビル退治』。


 その依頼書には、確かにそう書かれていた……。





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