第2章

第1話 甦る悪夢

「報告します!」


 オズガルド第二帝国の城内。各組織の長が集い円卓を囲む厳かな定例会議の場に響く粗野な声。会議は一時的に中断され皆が一様に声の方、会議室の入口へと視線を注ぐ。


 円卓の一番奥の席に座していた第二帝国の皇子ヴァローダは、薄すらと労いの笑みを浮かべ火急の用を持ち込んできた兵士を招き入れる。伝達係の兵士は一度踵を合わせると速やかにヴァローダの下へと近寄り、小さな声で用件を伝えた。一瞬、ヴァローダの涼し気な表情に影が差したが、直ぐにいつもの柔らかな顔で首肯し兵士を下がらせた。


「……何か、有りましたかな?」


 自分の議題を遮られた軍の大隊長は自慢の顎髭を撫でながら訝し気に長(おさ)に問う。ヴァローダは小さな鼻息を漏らすと、心境を吐露するかのように眉を垂らし告げた。


「第十三支部がやられた。兵達は皆殺し。集めた奴隷は解放されていたらしい」


「……なんと……」


 ヴァローダの言葉に顔を見合わせ感情を共有する面々。それまで静謐に包まれていた円卓の空気は一気に沸騰した。


「つい先月も第七支部が襲撃を受けたばかりだというのに……。それに、第十三支部は奴隷収容施設の中でも堅固な衛を敷いていた筈ですぞ?一体何者が……」


「もしや、レッドデビルの仕業では……!?以前、第三帝国から受けた仕打ちを根に持って……」


 誰かが口にしたその憶測にどよめきが走る。が、その安易な憶測をヴァローダは一笑に伏した。


「それは無い。そんな事をして彼に何のメリットがある?彼はそこまで愚かではないよ。報告によれば、第十三支部を襲撃した犯人は『バラド』のようだね」


「な、なんと!?」


 その名を耳にした瞬間、先程以上の驚愕が彼らを襲う。


「あの『狂鬼』が!?」


「最近は大人しいと思っていたが……。遂に動き出したのか!?」


「冗談ではないぞ!あの男にゲリラ的に責められたのでは堪ったものではない!対策のしようが無いではないか!」


 突如として舞い込んだ凶報に今日一番の喧騒を見せる円卓。ヴァローダは各人の悲鳴にも似た意見を頭の片隅に留めながら苦い笑みを浮かべた。ヴァローダの口から告げられたその男の名は、帝国の大幹部達をここまで狼狽させるに足る名であった。


 バラド=サーナス。かつてのレギンドの大戦において最も帝国を苦しめた男の一人。いくつもの部隊や砦を単独で陥落せしめ、あの帝国軍最高戦力であるデアナイトを二人葬った戦歴を持つ。


 純粋な個としての戦力で見れば恐らくこの大陸の五指には入るであろう。大戦の中、あの怪物を仕留め損ねたのは帝国としてあまりにも大きな失態であった。


 反乱軍に所属していたことは周知であり、これまでにも幾度と無く小規模な衝突はあった。が、ここまで甚大かつ帝国に対し直接的な被害を及ぼされたケースは無かった為、ヴァローダにも、そして大幹部達にも緊張が走る。


「もしかしたら、トラナ公国の件が関与しているのでは?国王のトラナは連合国の時からバラドと昵懇でしたからな。その報復に出たのでは……」


「可能性はある。彼の行動の原因を探りつつ、各支部へ戦時と同じレベルの警戒態勢を敷かせ、直ちに兵の派遣及び魔兵器の輸送。何か異変が起き次第速やかに本国へ連絡するように通達。場合によってはデアナイトを出す」


 最高戦力の投入に異を唱える者は居なかった。寧ろ当然、いや、何なら全勢力を向けてもおかしくない事態である。それ程までに彼の存在は帝国にとって脅威であった。


「しかし、この問題が山積みの時に、随分と手間を取らせてくれますな、あの男は……」


 先程議題を遮られた軍の大隊長は半目を開き椅子に深く腰掛ける。至る所に影が落ちたその表情からは日々の激務が窺い知れた。


 最近、帝国に所属する町や村が魔獣に襲われているという事件が頻発しており、その対処に追われる毎日。本来、魔獣はテリトリーを侵したり何か危害を加えたりしない限り積極的に人間に牙を剥く事は少ない筈なのだが、何故かここ数か月間の内にそういった被害が激増しているのだ。


 他にも地域紛争や被災地域の復興に加えこの度のバラドの襲撃。実地担当の組織の長である彼の心労も察するところがある。


「魔獣襲撃の件に関しては村や町の警護に当てる兵士の増員の他、各地のギルドにも護衛の依頼を出そうかと考えております。その土地の事を良く知る人間の方が対処も容易いと思われますので」


「そうしよう。余程帝国に影響が出る町でない限りこちらの戦力を割くのは避けるように。メレッシ隊長は直ちにバラドに対する策を実行してくれ。事態は急を要する」


「は!承知しました!」


 会議は半ば強制的に終結し、各々が速やかに成すべき職務へと向かう。


 一人円卓に残ったヴァローダは手元の資料に冷めた視線を落としながら少しばかり思慮に耽った後、猟奇的な光を瞳に湛え、静かに席を立った。

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