ある少年の決意

「なぁ、本当に辞めちまうのか?」


 そう訊ねてきた先輩に、頼りなさげな癖毛の後輩は力強く頷く。ズレた眼鏡を掛け直し、最低限の生活用品と金銭を詰め込んだ皮袋を担いだ。


 ここは、オズガルド第三帝国に聳え立つ巨大な城……の影に隠れた場所に存在する小さな部隊。今となってはたった二人となってしまったその部隊の内の一人が、小さな身体に大きな決意を背負い、国から支給された鎧を脱ぎ捨て剣を置く。


「勿体ねぇなぁ。あのレッドデビルのお陰で人も少なくなって、のし上がるチャンスだってのに」


 能天気極まりない発言に後輩は浅い笑みを浮かべると、かつての先輩へ別れを告げ幾重にも連なる帝国の門を抜けた。


 空には薄い雲がまばらに浮かび、突き抜けるような青さの空は彼の旅路を祝福しているかのよう。


「よぉ~し……。やるぞぉ!」


 弱虫で非力な少年の瞳は溢れんばかりの決意と希望で輝いていた。


 レッドデビルの襲来から一週間後の朝、帝国兵士の地位を捨て流浪の冒険者になる道を選んでいた青年の名は、ジメド。レッドデビルと帝国との戦い。そして憧れの的だった『閃光』のロバートの戦いは、ジメドの中で燻っていた情熱を呼び覚ましていた。


 自分も彼のように強くありたい。そんな勇敢な想いが決別を決意させ、歩を進ませていた。


 と言っても、現実はそんな決意を呆気なく呑み込む。今の時代、帝国を自ら離れて生きるという事はあらゆる庇護からの放棄すら意味する。


 痩せた土地に裸で放り投げられた種のように、これから彼は途方も無い苦労と理不尽を味わい何度も挫折しながらも自分の追い求める男になるべく邁進することになるのだが、それはまた別の話。


 今はただ、一人の小さな男の大きな背中を優しく見送ることにしよう。


 いつか芽吹くその時を信じて。






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