第5話 悪魔と閃光➁

「まさかの事態だね」


 オズガルド第二帝国の長は薄ら笑みを浮かべながら戦場へと視線を向ける。屍と噎せ返るような朱が覆う草原の中、佇む二人の戦士に彼はどこか愉しそうに鼻息を漏らした。


「あの太刀筋、恐らくは『閃光』だよ。キミの軍に所属していたのかい?」


「オイ、どうなんだ」


 傍に居たマルドムに事の次第を訪ねるが、部下の口からは認識をしていなかったという旨の答えが。


「あんな大物が軍に潜り込んでいたことも気付かないなんて、管理が行き届いていないようだね」


「あんな虫けら一匹増えたところで何も変わらん。それにレッドデビルは確実に消耗している。最早魔兵器軍と魔導部隊で事は足りるだろう。こいつらを出すまでも無い」


 こいつら、と呼ばれたエルバンは瞬きもせず黙って眼下の戦場に視線を向けていた。


「キミらは彼らを過小評価し過ぎだ」


「していないさ。ただ、此方の方が戦力が上だというだけの事」


「……分かって無いな、キミは。悪いけど、ここは僕の部下を出させてもらうよ。キミの魔兵器軍団は邪魔だから下がらせてくれ」


「……」


 意外にもソリアはこれを拒否しなかった。彼はマルドムに視線で指示を出し、聡明な部下は小さく頭を下げると魔兵器軍団の下へ急ぐ。


 ソリアは椅子に深々と腰を下ろした。彼としてもデアナイトとレッドデビルの戦いには興味があった。帝国が誇る最高戦力であるデアナイト。悪魔と畏れられるレッドデビル。この好カードを見逃す手は無い。


「あのデアナイト、目にした記憶は無いな」


「新人でね。戦場という場に限定するのであれば今日が初陣だけど、その実力は他のデアナイトに勝るとも劣らない」


 誇らしい我が子を語るかのような兄の口ぶりに弟は辟易を嘲笑に乗せながら酒で唇を濡らす。


「もう戦争も無いというのに今更そんなモノを増やしてどうする」


「有事の際に力を蓄えておくことはとても大事な事だ。平和ボケは国を亡ぼす。それに、それを言うならキミのエルバンだってそうじゃないのかい?」


「こいつらは俺の趣味だ」


「悪趣味だね」


「お父上様程じゃないさ」


 ヴァローダは目を細め、虚空を仰ぎ見る。


「さぁ、お手並み拝見といこうじゃないか。ただし、レッドデビルは殺すなよ。奴にはこの後のお楽しみの最重要ゲストなんだからな」


「……。ルル、キミの出番だよ」


 眼下で佇む部下に優しく声を掛け、右手を上げるヴァローダ。それまで静止に徹していた巨大な白い鎧が呼応し、ゆっくりと『浮き上がった』。



 ――――――――――



 第二陣での大勢はほぼ決まっていた。レッドデビルの猛威に『閃光』が加わった事を理解した者達は迂闊に手が出せなくなっていた。既に戦意は削がれ、僅かに残った蛮勇のある者は悉く二人の前に沈んだ。


 決して傭兵や魔族が弱かったのではない。この二人が規格外に強過ぎたのだ。そして、潜って来た修羅場の数も圧倒的であった。


「どうやら腕は鈍ってないようだな」


「お前こそ。相変わらず無茶苦茶で安心したぜ」


 自分達に襲い来る者を粗方討ち果たした後、二人は遂に城壁を眼前に捉えた。第一、第二陣と共に踏破し遂に残るは魔兵器部隊と魔導部隊、そしてデアナイトが護りを固める第三陣のみである。見上げれば、そこには憎き愚王と愛しき従者が。


 ジルが城壁の上に視線を奪われている最中、ロバートはゆっくりと此方に近付いてくる白い鎧に気付く。隊列を為していた魔兵器部隊は城門の中に退き、魔導部隊も城壁の中に姿を消した。


 デアナイトに対する絶対的な信頼か、それとも巻き添えを喰う可能性があるからか。いずれにしても激戦は避けられないとロバートは苦笑を漏らす。


「遂にデアナイト様のお出ましみたいだな。さて、どうす……」


 巻き起こる風、巻き上がる土煙。ロバートの問いを待たずしてジルは跳んでいた。一直線に城壁の上目掛けて二度目の跳躍。


「セラ!」


 彼の視界には、弱きを表情を湛える従者の顔が。


 が、それを確認できたのはほんの一時であり、視界が白に覆われたかと思うと全身に強い衝撃が走り元居た場所に叩き付けられた。


 巻き上がる砂煙に咳込みながらロバートは近くで倒れている鎧を爪先で蹴る。


「お~い。死んだか?」


「……何が起きた?」


 身体に付いた土くずを払いながらのそりと立ち上がるジル。見上げれば、デアナイトを護る四つの巨大な盾の内の一つが彼の周りで浮遊していた。どうやらあの盾に叩き付けられたらしい。盾は再びデアナイトの身体を覆うように密着する。


「ミノムシみたいな奴だな。もしかしてだけど、あの盾全部が同時に可動とか言わないよな?」


「言うだろうねぇ。それぐらいはやってくるだろうねぇ。何はともあれ、アレを何とかしないと城壁へは辿り着けそうにないな。で、どうするよ?」


「ぶっ叩く!」


 メイスの柄を握り締め、デアナイトへ肉薄する。


 本体目掛けて振り下ろされたメイス。轟音が衝撃波となり平原を駆け抜ける。渾身の一撃だったがしかしその攻撃は重なった二枚の盾に防がれてしまっていた。デアナイトは指一つ動かす事無く三枚目の盾を円盤のように操りジルの横腹に叩き付ける。


 くぐもった声を漏らし地面を転がる友を横目にロバートが仕掛けた。四枚目の盾が巨大な手の平のように頭上から覆い被さろうとするがそれを難無く躱し、剣の切っ先を鎧に突き立てるべくデアナイトの懐に潜り込む。


「!?」


 しかし、剣を握る彼の手が止まる。何かに気付いたように目を見開くが一瞬の硬直は致命的な隙となり、彼もジル同様吹き飛ばされた。堅く重い一撃に涼しい彼の表情が歪む。そして四枚の盾は再びデアナイトを優しく包み込んだ。


「厄介な盾だな。相当堅いぞ」


「……」


 それまで誰にも止めようがなかったメイスが呆気無く防がれた光景に周囲はどよめき立つ。彼等が大きく動き回っているのに対し白い盾と鎧に覆われたデアナイトはその場で静かに浮いたまま微動だにしていなかった。


 仕掛け軽くあしらわれ苛立ちを露にするジルに対し、ロバートは訝しげな表情で顎に手を当てる。


「どうした?」


「いや、ちょっと気になることがあってな……。確証が欲しい。ジル、あの盾を何とかできるか?」


「……」


 出来ない、とは言わなかった。ロバートが何かを掴みかけているのであればそれを手助けするのが自分の役目。ジルは堅く目を閉じ、全身へ意識を張り巡らせる。身体の中に眠る莫大な量の魔力を少しだけ解き放ち、更なる力を呼び起こした。


 黒き鎧から陽炎のように魔力が立ち昇り、揺らめく紅い目が鉄仮面の下から浮かび上がる。悪魔の身体から湧き出る全身を突き刺すような強烈な魔力に見る者は底知れぬ畏怖を刻み込まれた。


「巻き込まれるなよ」


「助かる」


 咆哮が轟く。ジルの動きはより獣的になり、深く腰を沈めた体勢から雑に飛び上がるとデアナイト目掛け出鱈目にメイスを振り下ろす。先程のように二枚の盾で防ごうとしたデアナイトであったが咄嗟に盾を三枚にし、かつ両手を前に突き出した。メイスの直撃と同時に二人の足下が大きく捲れ返る。衝突音は脳を揺らし衝撃波は周囲の人間を吹き飛ばした。


 デアナイトが構えた腕が小刻みに揺れる。想像以上の一撃に彼は堪らず四枚目の盾を重ねた盾に勢い良くぶつけると、その衝撃でジルは吹き飛ばされた。


 その瞬間を待っていたロバートが一気に距離を詰めると名剣エクレルの刀身を鎧に叩き込む。甲高い音と共に鎧に僅かな切れ込みが入るも、その鎧の下の身体にはかすり傷すら負わせることが出来ず再び盾は彼の周りに集結してしまった。


 ロバートもジルも三度(みたび)並んで白い鎧に対峙する。


「ダメだったか」


 尚も魔力を噴出し続けるジルの横でしかしロバートは笑みを浮かべた。


「いや、成果はあった。やはり俺の思った通りだ」


 自信に満ちた言葉に希望の光が仄見える。鉄壁のように感じられるデアナイトの盾と鎧ではあるが、この男は何か弱点か若しくは攻略法でも発見したのだろう。そう期待を寄せるジル。


 閃光の名は伊達ではないなと心の中で膝を打つ彼の横で頼りになる戦友、ロバートは声を上げた。


「間違いない!あのデアナイト、女だ!!!」


 ……と。

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